好きになった女の子のタイプと、自分との相性に関する考察 改定版
少年時代に好きになった女の子のタイプと、自分との相性について考察、分析した結果の反省文ということになりますでしょうか。
以前書いた投稿済文章の改定版です。
可愛い、優しい、いつも笑顔でニコニコしている。
というのが、少年時代の私が、好きになる女の子のタイプだったようです。
ビジュアル的には、目がパッチリ大きくて、というのも付け加わっていたかなと思います。
そしてそのタイプの女の子には、私は、恋愛対象としては見てもらえないタイプの男の子なんだな、ということも後年、感じるようになりました。
この種の、様々なタイプの女の子に対して、私がどのような感情を持つか、というのは、自分にとっては興味深いテーマだったので、さらに分析してみました。
可愛くて優しくて、いつもニコニコと笑顔で、親しみやすさを感じる女の子。
その対立軸として、まあどういうタイプの女の子でも構わないのですが、仮に大人っぽい美人系で、物静かな雰囲気の女の子という存在を仮定して比較してみた場合、通常は前者のタイプの親しみやすさを感じる女の子のほうが話しやすいと思うのですが、私の場合、この種のタイプの女の子は接していて緊張するのです。本来の自分ではない部分で対応してしまっていたように感じます。
それは、幼少時代はたしかにこのタイプの女の子が好みのタイプだったので、気に入られたくてついつい必要以上に頑張ってしまっていたのかな、と思います。
さらには、その気持ちをドラマチックに考えてしまって、自分だけの自己完結の物語の主人公であるかのような心持ちになってしまっていたと思います。
後者のタイプの女の子については、接していてあまり緊張することはなく、本来の自分で接することができて、少なくとも自分は、交流する機会があればその時間を楽しめていたと思います。
まあ、この種の分析をしてしまう男の子というのは、女の子は、あまり付き合いたいとは思わないでしょうね。
投稿済の小説「君が夢に出てきたから」に登場する女の子は、典型的な前者のタイプ、可愛くて、優しくて、いつも笑顔の女の子だったわけですが、
別途投稿済の小説「紫陽花」に登場する女の子も、そのタイプの女の子でした。
もうひとつ投稿している「横断歩道」に登場する女の子は、物静かな雰囲気ではありましたが、ビジュアル的にはとても可愛らしくて、なおかつ綺麗。そして目がパッチリと大きい。
少年時代に私が憧れていたタイプのビジュアルで、一緒にいるときは、やはり緊張しました。
「君が夢に出てきたから」に登場する女の子は、そこに書いているように、学園レベルのアイドルだったようですが、
「紫陽花」に登場する女の子も、その後、同窓会などで話題に出ると、とても人気があって、彼女のことを好きだった男の子はたくさんいたようです。
タイプがどうこう、というより以前に、私にとっては、ふたりとも高嶺の花だったのかな、と思います。
ただ、高嶺の花であったのなら、そういう女の子を好きになり、自分としてはできるだけのことはした。気持ちは伝えたし、それぞれ一回、二回だけとはいえ、ふたりで会ってももらえたので、後悔はしていない。若い頃はそう思っていました。
が、年齢を重ねると、それは自己満足。一種の変形した自己陶酔だったのかな、とも思うようになりました。
後年、前述したような自己分析をした結果、そう感じるようになったということだと思います。
少年時代の恋というのは、人生の中でも特別なものです。
失恋に終わった、ささやかな物語でも、自分の心の中では少しでも美しいものにしたい。
そんな気持ちで、前記したような私小説を書いてしまいました。
でも私が、前述したようなタイプの女の子に対して、特別な気持ちを持たない男の子だったら。
少年時代に憧れていた女の子を、いつまでも忘れることができないという性格ではなく、駄目なものは駄目とあっさり諦めることのできるタイプの男の子だったら。
そして、緊張せずに自然に接することのできる女の子という存在を、さらにはそのとき感じた気持ちをもっと大切にしていたら。
私はどういう青春を送ることができただろう。
年齢を重ねてからは、むしろそういうことを思うようになりました。
特定の女の子を、ずっと思い続ける気持ちというのは、多くの文学作品のモチーフとなっています。
平凡な人生であっても、それはその人の人生の中での大切な、貴重な宝物でしょう。
その人を想う激情。希望。烈しい落胆、やがて訪れる諦念。
そして、そのあと。
特定の女の子を想っていた少年時代、学生時代。
その時代とその時の自分を、時に愛おしく思い返す大人になってからの日々。
では他にどういう選択肢があったのか。
心にレッテルを貼らず、心の深奥に漂うものをただ感受する。
穏やかな気持ち、心地よい時間、自分にそういう思いをもたらすものを大切にする。
それは、激情がもたらすよりも、もっと広くて豊かな青春の時間をその人にもたらすのではないか。
もしもう一度、あらためて青春時代を送れるとするならば、激情は回避、制御し、ほのかなときめき、ほのかな恋愛感情を持つことのできる何人かの女の子と友人関係を持つ。特定の女の子とさらに親しさが深まっていくかどうかは、その時の自然な感情に任せる(それは、私自身の感情以上に、相手の感情に委ねる部分が大きくなるのではないか、という気はします)。
そんな青春を送ってみたいな、と思います。
もしそういう青春であったのなら、私は大人になってどういう気持ちでその日々を思い起こすのか。
多くの人にとっては既知のことが私にとっては未知のことなので、
それを知りたいな、という気持ちはあります。
いずれにしても、若き日々、黄金の時間は、私には、もう遥か遠くに過ぎ去りました。
今は、自分の青春時代に対するいささか残念な思いを胸に抱きつつも、残された時間を大切に、穏やかな思いを込めて日々を過ごしていきたい、そう思っております。
(追記1)
私は、人生において初めて付き合った女性は今の家内でした。家内は私が好きになった中で初めて私に好意を持ってくれた女性だった、ということになります。
自分の失恋話は、家内にも話しておりました。
ある時、家内に
「俺、振られてばかりで全然もてなかったなあ」
とぼやいたことがありました。
そのとき家内は、
「あなたが好きだったタイプの女の子にはそうだったみたいね。でも美人さんにはもてていたみたいじゃない」
と言ってくれました。
失恋話だけでは悔しいので、別の日に、多分自分に好意を持ってくれていたのではないか、と感じていた女性の話も2件ほどしたこともあったのです(その2件の相手の女性は、おふた方とも家内が顔を見知っている女性でした)。
そう言われてみて、あらためて
「恋愛にも相性というものがあるのだろうな。好きになる相手を間違えていたみたいだなあ」
と思いました。
私の女性の好みのタイプがある時期から変わってしまったのは、その後悔も大きな原因になっているのだろうな、と思います。
(追記2)
「家内」という言い方はすべきではない、と若い人に指摘されたことがあり、今は「妻」というべきなのかもしれませんが、昔から「家内」と言っていましたし、家内もその呼ばれ方を嫌がってはいません。
家内は外の人に対しては、私のことを「主人」と言っております。
言葉の本来の意味がどうかということよりも、配偶者と私の日常的な関係性がどうなのかが本質的なことなのではないか、と思います。
呼びなれている表現を、時代に合わせて無理に変えることもないだろう、と感じております。
本文中に記載している私小説「君が夢に出てきたから」「紫陽花」「横断歩道」は、今は「非表示」にしております。




