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「美少女の魔の手が迫っている」と友人に伝えられたが、全くそんな気配はないです〜さっきから「ご主人様」を連呼している美少女は、背後にいるが〜

作者: 夜亜

「見つけた……桜のご主人様ぁ……♡」


文化祭という非日常で盛り上がる喧騒の中に、うっとりとした笑みを浮かべる美少女の姿。


その造形は、精巧につくりこまれたかのような愛らしい人形のようだった。

普段は無表情なことが多いこの娘だが、今はどこにもそんな面影はない。


僅かな狂気を孕んだ、愛を乞う少女。

それでいて、目の前の獲物を逃すまいと、ギラッと目の奥が光っているのだ。


彼女が視線で捉える先は、ただ一人の男。

2ヶ月ほど前に、彼女の兄が自宅に友人を招いた時に、彼もいたのだ。


その時、直感で悟った。


ついに見つけた、と。


彼こそが、自分のご主人様に相応しい相手であると。


あの硬派そうな見た目も、滅多に変わらない淡々とした表情も。

冷たい視線も、慈悲のひとかけらもこもってなさそうなあの声も。

理想のご主人様。


兄は、自分の友人に手を出すなと憤慨していたが、知ったことではない。

間違いなく、彼は自分の最高のご主人様になってくれるだろう。

ああ、踏みしだかれたい。あの目で蔑んで、自分を激しく罵って欲しい。まるで自分の所有物みたいに、横暴されてみたい。


そういえば、兄がおかしなことを言っていた。


ーーーー『1つ言っておくが。駿はノーマルだからな?冷たそうに見えるが、優しい奴だぞ。まったく、お前の大好物のサドじゃないからな?勘違いするなよ?』


まさか。

彼は間違いなく、素質がある。

もし駄目ならば、ちょっと自分が改造してあげればいいだけ。


「ふふ、待っててねご主人様。そもそも、蒼(にい)の妨害くらいで私を止められるはずがないんだよ……♡ふふ、蒼兄はせいぜい頑張って頂戴……。はあ、駿様ぁ、今、桜が迎えに行ーーーー」


「君、大丈夫か?ちょっと、2人で抜け出そう。俺がいいところに連れてってやる」

「………え?」


背後からこっそりヤろうとしたのだが、流石ご主人様、気付いてしまったらしい。

しかも、しかも……


大胆に自分から誘ってくれてる!!!




******


文化祭の何日か前。


友人の神宮蒼から、おかしな電話があった。

やれ美少女に気をつけろだの、やれ相手の意識を奪う方法を身に付けろだの、いまいち要領の得ない電話だった。


しかも、今日は防犯ブザーまで待たされていた。


俺は小学生なのか?


夕方になっても相変わらず盛況のカルチャーステージ会場内。

カルチャーステージとは、有志の生徒がバンドや漫才を披露する文化祭の目玉企画の1つだ。


生徒会の一員として、その警備をしながら、守部駿は、考え事をしていた。


もちろん、友人に警告された、美少女の魔の手の話である。


友人の神宮蒼は決して嘘をつく男ではない。


じゃあ本当に、美少女の魔の手が自分に迫っているということ……。


しかし、まったく心当たりがない。


「ううん……にわかに信じがたいが……」


そういえばさっきから自分の背後に立っている美少女は、一体何なのか。


ぶつぶつと「ご主人様」「待っててね」という声が聞こえてくるのだが、彼女はどこか裕福な家でお仕えでもしてるんだろうか?



そのうち、彼女が「ご主人様ご主人様ご主人様好き好き好き」と連呼し出して、守部駿はこれはいよいよマズいぞと眉をひそめた。


可哀想に。




……迷子になってしまったんだな。


きっと、ご主人様とこの文化祭に一緒に来ていたのに、はぐれてしまったのだろう。


それで、彼女はパニックになってしまっているのだ。


よし、彼女を運営本部に連れて行ってあげよう。

確か、迷子はそこで受け入れている筈だ。



ーーーーよって、彼は、全く気付いていなかった。


今はすっかり変装している彼女こそが、友人の神宮蒼が警告していた、美少女の魔の手だということに。


蒼の妹、神宮桜が、自分をご主人様候補として、仕留めに来ていることなど。


守部駿は、振り返った。

可哀想な迷子の美少女の肩に、ぽん、と手を置いた。


「君、大丈夫か?ちょっと、2人で抜け出そう。俺がいいところ(=迷子センター)に連れてってやる」

「…………え?そ、そんな、ご主人様の方から、誘いに来てくれるなんてぇ…?う、嬉しい……嬉しいよぉ!!こんなにすぐに受け入れてもらえるなんて!もう、ノーマルだなんて、お兄ちゃん嘘ついたのね!こんなに早くご主人様の方から、来てくれるなんて…♡」

「……?ご主人様には、自分から会いに行くんだぞ(これから迷子センターで)。俺はちょっと君を連れて行ってやりたい場所があるんだ(=迷子センター)。怖がらなくていい」

「えへへへ、まさか、怖がったりしないよ♡大丈夫ぅ…♡ご主人様の与えてくれる痛みなら全部嬉しいよ…♡」

「え?!!な、何を言ってるんだ君!!君、ちゃんとまともなお屋敷で働いてるのか??ちょっと、早く君のご主人様に会わなくては!!労働基準法って、知ってるか?」

「……………………?????何言ってるの?ご主人様は、もうここに居るよ??」


美少女はキョトンとした顔をした。

ああ!と守部駿は、頭を押さえた。


「分かった。もう何も言わなくていい。黙って俺について来てくれ」

「うん……っ♡」


うっとりとした顔を浮かべる美少女。

彼女の手を引きながら、守部駿は思った。


これは重症だと。


ご主人様とはぐれて迷子になってしまったせいで、彼女はこの場にご主人様がいる幻覚まで見えてしまっているらしい。


一刻も早く、本部の迷子センターに行って、彼女とご主人様を会わせてあげなくてはならない。


あと、保健医も呼ぼう。


繰り返すが、彼女は重症だ。


******


駿に手を引かれながら、桜は考えていた。

果たして、どこへ行っているのかと。


てっきり暗がりか、適当な空き教室にでも連れ込まれると思っていたのに、駿はどんどん人の多い中心へと向かっていた。


そしてーーーー

着いたのは、『運営本部』と書かれてあるテントの下。


「あ、この子迷子です。保護してやってください」


「迷子じゃないですけど?!!」


「おい、守部。迷子じゃないらしいぞ」


教師らしき男が、桜のフォローに入る。

それはそうだ。桜は、中学3年生。スタイルが良いので、高校生、いや、大学生と見間違えられることもあるレディだ。

教師も流石に彼女を迷子と判断するわけがなかった。


駿はちょっと首を傾げて、淡々と続けた。


「いや、迷子です。ご主人様とはぐれて、ちょっとパニックになってるみたいで。多分、自分が迷子だって分かってません」


「だから、迷子じゃないんですけど?!ご主人様、貴方だし!!」


「守部も普段から抜けてるが、君もどうしたの?一体何を言ってるんだ?」


教師がツッコミに入る。

駿は、聞いてるんだか聞いてないんだか分からない表情を浮かべている。

あ、と小さく発した。


「俺。カルチャーステージの警備戻らないと。では、お願いします」


「「え、この状況で戻るの???」」


「あ、駄目な感じですか?」


「「駄目でしょ(だろ)」」


「はあ……え、俺はどうしたらいいんだ?」


桜は、恐れ慄いた。

まさか、この人……何も分かっていない、ただの天然?


「困った。迷子センターを拒否するとは……」


「守部。言っておくがここは迷子センターじゃない」


「仕方ない。一緒にご主人様を探してあげよう」


「守部。お願いだから、読めない思考展開をやめてくれ」


「よし、君行こうか。俺はここの生徒なので、案内してあげられるぞ」


「守部、先生の話、全く聞いてないな?たまに発生するこの天然空間は何なんだ。あー、誰か、神宮か、風早を連れて来てくれ〜……話の通じる奴〜…」


「よし、行こう行こう。君を急ぎ正気に戻さなくては」


大丈夫かな、この人?と桜。


しかし、駿が再び桜の手を引いて歩き出したので、そんな不安は吹き飛んだ。

校内をずんずんと2人で歩く。


「君、ご主人様はどんな特徴をしているんだ?」

「ええと、黒髪で〜、目が冷たくて〜、手が大きい人〜みたい、な♡」

「分からん。君のご主人、もっと分かりやすい特徴ないのか?」

「やだ〜、ご、ご主人だなんて、気が早いよぉ♡まあ、でも確かに、パパとママみたいなの、憧れってゆうか〜」

「…マズいな、重症だ」


駿は何か勘違いしているようだが、桜のご主人様は駿自身。

それを分からせてあげなくては。

どこか適当な空き教室にでも一緒に入って(拉致して)、ちょっとお話(洗脳)しなくちゃいけない。


大丈夫、そのための道具はバッチリ準備しているからね…♡

ふふふふふふ……


その時、おーい!と駿を遠くで呼ぶ声がした。


「あ、副会長ぉー!もー、どこ行ってたんすか!探したんですよ!今日の文化祭終了後の生徒の動きの件で連絡があって…」

「そうか、手間をかけさせたな。…ちょいと、君。ここで待っててくれ。すぐに戻ってくる」

「あ、は、はい…っ」


駿はそう言い残して、彼と一緒に廊下の奥に消えてしまった。


ぽつん、と1人残された桜は、俯いた。


廊下を行き交う大勢の生徒や、外部の人間の声が、桜の鼓膜を震わす。

桜は、肩を縮こませるように、足元に視線を、きゅっと落としていた。


苦手、苦手。

こういう場所、苦手。


華やかな兄たちと違って、こんな場所、一人でなんて居たくない。


「何で桜を置いて行ったの、駿様……」


しかも、最悪なことが起きた。


「あれー、神宮じゃーん。きっぐうーっ、こーんなところで何してんの?」

「な、那須さん……」


桜の学年でリーダー格の女子、那須。

桜は目立つ容姿のせいか、彼女に何かと目をつけられていた。

いつもなら頼もしい友人たちがいるが、今日は桜は1人だ。それに対して、那須はグループの女子を引き連れていた。


変装してるのに、見破られちゃったか。


皆、ニヤニヤと嘲笑うように、桜を見る。


「え、てかやば。1人?」

「まさかー!そんなん、惨めすぎるってー!」

「え、神宮ならあり得るくね?コイツ、めっちゃ暗いもん。いつも何も喋んないしさあ」

「は、お人形気取りかよ」


ーーーああ嫌な感じ。

汚くて、陰湿で、惨めにさせられる空間。


だから、桜は欲しがった。

自分だけを守ってくれる、ご主人様と自分だけの世界。

とびきり意地悪されて、だけどそれが愛ゆえだと証明してくれる相手。

ただ、こんな風に意地悪されてるんじゃないって。

愛だから、虐めるんだって。

愛されてるんだって。

家族以外で、自分を愛してくれる人がいるって。


「あ、これは君の知り合いか?」

「え…」


いつの間にか、駿が戻って来ていた。

相変わらず何も分かってなさそうな顔。

少なくともこの修羅場には、似つかわしくない、呑気さを纏っている。


「君たち、実は彼女、迷子みたいでな」

「は?」

「俺は、ご主人様を探してるんだ」

「????」


彼女たちは、ぽかんとしている。

いきなり年上の高校生が現れたと思ったら、訳のわからないことを言い出した…ともなれば、当たり前だった。


「え、何この人、マゾなの?」

「能面すぎるでしょ、やだ怖い」

「ちょ、もういいよ、行こう」


那須たちが退散すると思ったら、駿が先回りした。


「いや、待ちたまえ、君たち。何かこの子のこと、知ってるか?ヒントくれ」

「え何ですか怖い怖い」

「怪しい者じゃないぞ?この腕章に、生徒会って書いてあるだろ。俺は副会長をしている。あ、君たち、この学校受験する予定あるか?どうだ、生徒会」

「意味分からなすぎる!」

「……そういえば、さっき思ったんだ。高校の文化祭に迷子センターって要るだろうか。どう思う?」

「いや、何言ってんの…この人?」

「俺は、アンケート回答精神って大事にして欲しい」

「だから、意味分かんねー!!」

「ああ、よく言われるかもしれない」


那須たちの顔は、呆れていた。いや、疲れている?


「…っんと、神宮、アンタ男の趣味悪いわ!」

那須たちは、そう吐き捨てて、急いで去って行った。


駿は彼女たちの後ろ姿を見送って、しみじみ、

「最近の中学生は、元気だな」。


ーーーー出てくる感想が、それって。


「……ぷ、あははは……っ!」


桜は思わず笑ってしまった。


もう、めちゃくちゃだ。

なのに、本人は、一切表情が変わってないんだからすごい。

那須たちの方は、あんなに振り回されっ放しだったのに。


「あははは…ふふ…ふふん…おかしい、ほんとおかしい…」

「やっと、笑ったな、君」

「……え?」


驚いて見上げると、ちょっと優しそうな駿の顔。

さっきあんなに無表情だったのに、こんなの。


ーーーーー反則……。


「君が笑うだけで、多分世界は幸せになると思う」


「へぇ……っ?!!な、な、何を……?!!」


「少なくとも、俺の世界は幸せになった。どうも貴重なものをありがとう。ここ最近、生徒会が忙しくて疲れてたんだ。どうもどうも」


「なななな……っ!!」


「あ、こんなこと言ったのは、君が初めてだ。友人たちと違って、俺にはこういうのは、向いてないと思ってたが、意外と素直に言えるものだな。おめでとう、俺の第一号。まあ、こんなの、全然嬉しくないか。すまんな」


「いやっ、全然嬉し…あ、あの、へ、へぇ…ふぇ……」


「そうだ、そうそう。俺はやっと気付いたんだ。君のご主人様の正体……」


「え、え、わ、分かった、わ、分かってくれちゃいました……?」


「正直、名推理だと思う。ああ。ご主人様ってのは、暗喩なんだ。つまり、そう、君は彼氏を探してるんだ。相手はうちの生徒か?すごいな、中学生」


「ああ………」


最後まで期待を裏切らない、天然っぷり。

しかも、ちょっと得意気な顔をしているのだ。


でも、それを見るのが、聞くのが、今はたまらなく嬉しい。


この人に、大切にされてみたいーーーー


そう、自然と思った。


******


「おい、駿、無事か!?」


友人の神宮蒼と、謎のイケメンが現れて、駿は首を傾げた。


「ん?ああ」

「反応、薄っ。え、あ、あの…何も無かったか…?拉致られたり、記憶が飛んでたりしてないか?」

「何を言ってるんだ?」


蒼は不思議そうな顔をした。

「え、?じゃあ、あれ、うちのバカ妹はどこに…」

「あれ?お兄ちゃんたち…何か用?」


ひょっこりと、顔を出した桜。

手にはクレープが握られている。無事、文化祭を楽しんでるらしい。


え、兄……

この子、蒼の妹だったのか。

あれ、こんな雰囲気だったか?

?もしかして変装してる?


「何か用?じゃないんだよ!おい、俺の友人に変なことしてないだろうな?!」

「してないよー、翠兄じゃあるまいし!」

「え、僕に飛んでくるの、その流れ弾」


「とにかくっ、私、駿さんのこと、好きになっちゃったから。あ、ご主人様じゃなくて、普通に彼氏になって欲しいなって。沢山甘やかしてください…」


「え?え?え?嘘だろ、あのマゾ妹が……駿、一体何をしたんだ?どうやって懐柔したんだ…?」


「…いや、待ってくれ。桜…は、ん?今何て…?」


「これは、兄として見過ごせないなあ。そもそも桜に彼氏が出来るのは早いって話……」


「翠兄は黙ってて!」「今それどころじゃない兄貴」






「え…………?」

守部駿は、ただポカンとしていた。





















この話の続きは、

『学園1の美少女にフラれた男は、諦めない。〜無自覚ハイスペは"一日頂戴の化け物"〜』にて、連載しております。

そちらも、お楽しみ頂けると幸いです。


高評価よろしくお願いします。

作者がとっても嬉しくなれる魔法です。

清き一票。

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