なぜか伝説の杖になった、ルーシィの失敗作
これは、リセリとルーシィが帝都の格式ある魔道具屋で見つけた一本の杖から始まる物語。
煌びやかな装飾の扉をくぐると、そこは宝物庫のように光り輝いていた。
リセリは目を輝かせながら、展示棚に並ぶ杖や指輪を次々と覗きこんでいく。
その視線の先――ケースの中に一本の杖が立てかけられていた。
白木に銀の装飾が施され、先端には淡い光を宿す水晶。
札には「帝都工房製・唯一無二の逸品 伝説の深淵の杖」と書かれ、値札には常人では到底手が出せない金額が記されている。
ルーシィは眉をひそめ、小さくつぶやいた。
「……ちょっと待って。これ……」
リセリが不思議そうに覗き込む。
「どうしたの、ルーシィ? わぁ……! すごくきれいな杖だね!」
「これ……昔、私が魔導母と一緒に……試しで作って、失敗したから捨てた杖にそっくり……いや、同じじゃない?」
苦笑まじりに答えながらも、ルーシィの目の奥には微かな怒りと呆れが浮かんでいた。
「捨てたはずなのに……誰かが拾って、こんな値段で売ってるなんて……」
リセリは目をまん丸にして杖とルーシィを見比べる。
「え、えぇぇぇ!? あのゴミって言ってたやつ!? これが!? こんなに!?」
ルーシィは腕を組み、しばらく杖を見つめていた。
苦い笑みを浮かべてはいるが、その眼差しには確かに作り手としての誇りも滲んでいた。
♢ ♦ ♢
――さかのぼること、一五〇〇年前。
ルーシィがまだ魔導母のもとで、魔道具作りの手伝いをしていた頃のこと。
魔導母が一本の木の枝を持ってきた。
その長さは一七〇センチほどで、杖としては申し分のない長さと太さ。
形さえ加工して整えれば、立派な杖になる。
「ルーシィ……これで杖を作れるか試してほしいんだが」
差し出された枝を受け取った瞬間、ルーシィは目を見開いた。
「ちょっと! これ……生命の木の枝じゃない!」
「さすがだね、その通り。まぁ、お前なら作れるだろうよ」
「……絶対、面倒だからって私に回してきたでしょ」
魔導母はギクッと肩をすくめ、へらへらと笑いながら手を振って部屋を出ていった。
「まったく……でもまぁ、こんな機会も滅多にないだろうし、作ってみようかしら」
生命の木は極めて希少で、まず市場には出回らない。
うまくいけば、国宝級の杖が生まれるかもしれない。
ルーシィは早速作業に取り掛かった。
「うーん……この杖に合いそうな核は何がいいかな」
素材の箱をがさごそ漁り、水晶、魔鉱石、果ては妖精の羽根まで取り出して並べていく。
「水の魔力を増幅させる? それとも……あ、雷も相性良さそう!」
「いやいや、せっかくだから多属性を試して……」
生命の木はかなりの魔力が保持できると、前に本で読んだことを思い出し、目を輝かせながら次々と材料を組み合わせていくルーシィ。
気がつけば、杖の核には三つも四つも異なる魔鉱石が詰め込まれていた。
「ふふん、完璧! これで歴代最高傑作の杖が――」
次の瞬間。
――バチバチバチッ!
杖全体が青白い火花を散らし、木目の奥から何かがうなり声を上げた。
「えっ、ちょっと待って!? なんで鳴ってるの!? やばっ――!」
ドガァァァンッ!
部屋いっぱいに光が弾け、ルーシィは防御魔法で爆発から身を守った。
杖は――形を保っていたが、先端の水晶は虹色にゆらめき、異様な気配を放っている。
「……やっちゃったわね、これ」
彼女は額に手を当て、深いため息をついた。
今の爆発音で魔導母が駆けつけてくるかもしれない――。
そう思ったルーシィは反射的に杖を転移魔法で隠し、吹き飛んだ素材や道具を大急ぎで片づけ始めた。
「……水晶の共鳴が原因? いや、妖精の羽との干渉? あの魔鉱石の配列が……」
ぶつぶつと考え込みながら破片を拾っていると――
「ルーシィ! 今の爆発は何だい!」
勢いよく扉を開け、魔導母が飛び込んできた。
だが部屋には爆発で吹き飛んだ物を片付けるルーシィの姿しかなく、杖の影はどこにも見当たらない。
「おばあ様、杖は失敗して……爆発とともに塵になっちゃったわ」
魔導母は一瞬目を細め、そして深くため息を吐いた。
「……お前でもダメだったか。まぁ、また手に入ったら次も頼むよ」
それだけ言い残し、彼女は肩を落としながら部屋を後にした。
「次も持ってくるつもり……? もう嫌なんだけど」
ルーシィは魔導母の背中が消えるのを確認し、転移魔法で隠していた杖をそっと呼び戻した。
虹色に輝く水晶、脈動するような杖身。
「……どう見ても、ただの失敗作には見えないのよね」
彼女はしばらく杖を観察しながら首をかしげた。
「妖精の羽が干渉して……水晶が虹色に? それとも、あの配置がまずかった?」
考え込んだ末、この部屋で再び爆発すればさすがに魔導母に勘づかれると思い、ルーシィは転移魔法で海辺へと移動した。
「ここなら爆発しても問題ないでしょ」
あらかじめ強力な防御結界を張り、彼女は再び杖の実験に取り掛かる。
魔鉱石やユニコーンの角を杖に触れさせ、一つ一つ反応を確かめていく。
「……どれも問題なさそう。じゃあ、あの時は何が原因だったの?」
ふと杖を覗き込むと、はめ込んだはずの三つの魔鉱石のうち、一つがなくなっていることに気づいた。
「ここにはめたのって確か……」
ハッと記憶をたどる。
「炎の魔鉱石三つのはずが……一つ、間違えて竜の魔石を入れてた!?」
自分の凡ミスに頭を抱えたルーシィだったが、同時に合点がいった。
「だから暴走して爆発したわけね……」
改めて炎の魔鉱石をはめ直した瞬間――
杖全体が眩い七色の光を放ち、波紋のように魔力が広がっていった。
「……うそでしょ、これ……」
ルーシィは思わず後ずさる。
だがその杖は、もはやただの道具ではなく、何か意志を持つかのように静かに脈動していた。
ここは海の上。近くに島もない。
ルーシィはしばらく杖を見つめ――そして大きく振りかぶり、思い切り海へと投げ込んだ。
虹色に輝くその杖は、弧を描いて空を飛び、深い青へと沈んでいく。
「……ここなら、だれにも見つからないでしょう。手に持ったところで、ちょっと魔力を流せば爆ぜる代物だし。……きっとこのまま、誰の手にも渡らないわよね」
そうつぶやいたルーシィの声には、ほんの少しだけ未練が滲んでいた。
けれど彼女は、もう一度小さく笑って背を向けた。
「……深い海の中で、安らかに眠りなさい」
♢ ♦ ♢
それから長い年月が流れた。
杖は海流に攫われ、深淵を漂い、あるいは嵐でどこかの島に流れ着いたのかもしれない。
やがて好奇心旺盛な冒険者の手に拾われ、いくつもの旅と所有者を巡り巡って――今、この帝都ヴァルディールの格式ある魔道具店に並ぶこととなった。
遠い昔を思い出し、ルーシィは小さく「くすっ」と笑った。
そんな失敗作の杖を、リセリは目を輝かせて見つめている。
「すごいや、すごいや!」と何度も繰り返すその姿に、ルーシィは肩をすくめながらも微笑んだ。
「……何か新しいものを作ることがあったら、一番最初に見せてあげる」
その言葉にリセリの目はさらに輝きを増し、声を弾ませた。
「ほんと!? 絶対だよ!」
買い物を終え、店を後にした二人は帝都の大通りを並んで歩いていく。
リセリの弾むような足取りと、ルーシィのくすくす笑い。
陽光にきらめく街並みの中、二人の声は楽しげに響いていた。