表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

ステップ1 たぶんこれがフォーリン・ラブ

――ああ、この人は『狼』だ。

 煌々とした月光の下、漆黒の闇を裂いて疾走する、孤高の一匹狼――。


 高校の、入学式の日。

 澄み渡る青空を背景に、ハラハラと、薄桃色の花びらが舞い落ちる桜並木の下で、初めて彼に出会ったとき、私は、そんな映像が頭に浮かんだ。

 色めき立つ新入生たちの群れの中にあって、異様なまでの落ち着きを纏った、ずば抜けて背の高い彼が、私の中の『狼』のイメージとぴったりと重なっていた。

 そして、鋭い眼差しと視線がかち合った、その瞬間、私は息をのんだ。

 友達のはしゃぐ声やざわめきが遠のき、ドキドキと早まる自分の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた。

 妥協や甘えを許さないような、強くて厳しい真っ直ぐな双眸――。

 心の奥まで見透かされてしまいそうで、正直、怖かった。なのに、目が離せない。そんな、長いようで、たぶんほんの短い時間。永遠の中の一瞬。確かに、私の中の時間は止まった。

あんずーっ! 入学式始まっちゃうよ!」

 その黒い瞳に吸い寄せられて、身動きできずに固まっていた私は、親友のあけちゃんが呼ぶ声に、ハッと我に返った。

 少し強い春の風が、真新しい制服のプリーツスカートの裾をパタパタと揺らして、私の背中を押すように吹き抜けていく。

 うわぁ、初めて会った人の顔にマジマジと見入っちゃった!

 怒ってはいないみたいだけど、変な子だと思われたかもっ。

 自分の行動に恥じ入って、思わず頬がカッと熱くなる。

「杏ーっ!」

「あ、うん、今行くよー!」

 ペコリ! っと、目の前の背高のっぽさんに会釈をして、体育館の前で手を振る明ちゃんの所へ駆け出そうとしたその時。

 ズルッ! っと、靴底が滑る感覚と共に、私の世界は回った。

 背筋がすうっと冷たくなるような浮遊感。

 青い空に、薄桃色の桜の花びらが舞う。

 転ぶっ!!

 地面に激突して流血!?

 ああ、私って、なんでこうもソコツ者!?

 脳内を、幼い日の痛い記憶が走馬燈のように駆け抜け、思わず両目を閉じて身を強ばらせた。

 でも。

 その後私を包んだのは、地面の固い感触じゃなかった。

 私を抱き留める、がっしりとした逞しい腕と、大きな手のひらの感触。

 おずおずと目を開けると、そこにあったのは、ビックリするくらい近くにある、彼の顔。

 無駄な贅肉なんて1グラムも付いていそうにない、シャープな頬のライン。

 少し薄めの唇。

 すうっと通った鼻筋。

 少し硬そうな黒髪の間に覗くのは、男らしい凛々しい眉。

 その下にある、少しつり加減の鋭さを感じさせる涼しげな黒い瞳は、間近で見ると驚くくらいに澄んでいて、再び私の視線は捕らわれたまま、ピクリとも動けない。

 息をすることも忘れて、私はただ体を強ばらせたまま、彼の瞳を見ていた。

 苦しい。

 息を止めているからじゃなく、

 胸の奥が、切ないくらいに苦しい――。

 思わず、足下からへなへなと崩れ落ちそうになったその時。 厳しい色あいをたたえていたその瞳が、ふうぅっと優しい色に変化した。怖いと感じた瞳が、柔和そうに細められる。

 わ、笑ったぁっ――!

 その日だまりのような笑顔を見た瞬間。

 心の奥で、何かが大きく弾けた。

「花びらで滑りやすくなっているから、気を付けた方がいい」

 頭上から降ってくる低音の声に、もう脳みそはオーバーヒート。

 まるで、体全部が心臓になったみたいに、苦しいくらいに胸が高鳴り、熱かった頬が、ますます熱を帯びる。

「あ、は、はい! 気を付けます! ありがとうございますっ!」

 私は、ワタワタと体勢を立ち直し、何度も何度も頭を下げた。


――たぶん、あれがそう。

 あまり動かない表情の下に隠されていた、日だまりのような笑顔を見た、あの時。

 あれが、

 私が、恋に落ちた瞬間――。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ