第2話 デレデレな義妹と朝
――ピピピピッ。ピピピピッ。
けたたましいアラームの鳴き声が俺の耳を穿つ。
「うぅ……うるっさい……」
寝ぼけ眼でスマホのアラームを消そうと手を右往左往させていたが、突然音が消えた。
なんだ? スマホに「アラーム消えろ」という意思が伝わったのか?
そんなバカげた考察ができるのも朝の特権。そんなことを考えているうちに脳が冴え始めた。
……おかしい。
アラームだけではない。夏はまだもう少し先だというのに、なんだかめちゃくちゃ暑い。
「あっ、起きたんだ。えへへ、お兄ちゃんおはよ~~♡」
「おは、よう……? ん? は? ケイ⁉⁉」
これは夢か? 夢に決まっている。
だってあのケイが俺に抱き着きながら「おはよう」って声を掛けて辛辣な言葉を吐いていないなんて! 夢以外なにがあるんだ!
「い、いふぁい」
「お兄ちゃん、これで夢じゃないってわかってくれた?」
「ふ、ふぁい……」
ぐいーっとほっぺたをケイに抓まれる。
なんてことだ。夢じゃないなんて……。
「ど、どうしたんだケイ⁉ 変なキノコ食べたのか! あれほど落ちているのもは食べちゃダメと……ッ‼」
「違います~~。毎日ママの健康的な食事しか食べてないもんっ」
「じゃあなおさらなぜ⁉ あんなにもツンケンしてた辛辣義妹の面影が皆無だぞ!」
「……うん。それなんだけどね。う、うぅううう……っ! 今までごめんねお兄ちゃぁん‼」
今度はケイが泣き出してしまっただと⁉ わ、わからん……。わからんが、妹を泣かせるとは万死に値するぞ、俺氏よ。腹切って死ね俺。
とりあえず昔やっていたように、恐る恐る頭をよしよししてあげた。
「ほんとはお兄ちゃんのこと大大大好きだったんだけどね、これ以上好きになったらヤバいかもって思っていつも強く当たってたの……」
「そうだったのか……。じ、じゃあ、俺は嫌われてないんだな?」
「当たり前だよっ!」
「そ、っか。そっかぁ。よ、よかったぁ~~‼」
ここ数年俺に対して辛辣だったから、このまま一生この関係になってしまうんじゃないかって思っていたから、本当によかった。
心の底から安堵し、思わず口が綻ぶのが自分でもわかった。
「お兄ちゃんは、その……私のこと嫌いになってない……?」
「妹を嫌う兄なんて兄じゃない。もちろん大好きだぞ!」
「~~っ! おにーーちゃーーんっ‼♡♡♡」
「うおわっ⁉」
刹那、びっくり箱のようにケイが飛び込んでくる。
そのまま腕を背中に回し、顔をぐりぐりと俺の胸に擦り付けてきていた。
「んへへへ♡ お兄ちゃん、だいしゅきぃ……♡」
まさかこんなにも慕われていたなんて。兄冥利に尽きるというもので鼻が高い。なんか照れてきたな。
……あれ、でもなんで――
「――なんで急にそんなデレデレになったんだ? 段階吹っ飛ばされた?」
「今までずっと心の奥底に隠してたんだけどさ、昨日《《お兄ちゃんに抱かれたから》》裏返ったんだよ~」
「な~んだそうだったのか。アッハッハ! …………今、ナンテ……?」
あれぇ? 耳クソが詰まり散らかしてたのかな?
ダラダラと冷や汗が流れ、象牙のように血色のない顔になっていることだろう。
「だから~、昨日お兄ちゃんに抱かれたの~」
「そう、か。よ~~し! いっちょ屋上からダイブしてくるわ‼」
「わーー! うそうそ! 抱き枕にされただけだから死なないでおにーちゃん‼」
「どっちにしろ昨日の俺は何しちゃってんだーーッ!?」
精彩を欠いたが、なんとか落ち着きを取り戻す。
詳細をケイに聞くと、どうやら深夜に俺の部屋に来たケイのことを抱き枕だと思い、そのまま抱いて寝たとのこと。
「確かに、俺のポチコロワン田が床に転がってるな。それで間違えちゃったのか」
「お兄ちゃんのネーミングセンスは昔っから逆にセンスあるよね。まあ好きだけど♡」
「逆にとはどういうことだ妹よ。普通にある方だろがい。……へへっ、よせやい照れるべ」
「お兄ちゃんの情緒どーなってんの?」
そんなことをしていると、部屋の外から「朝ごはん出来てるわよー」という母さんの声が響いてきた。
いつまでも余韻に浸っていたかったが、仕方ない。下に行こう。
ベッドから立ち上がって母さんが待っている下の階に行こうとする。
「……あの、ケイ? なんで腕に抱き着いてきているんだ?」
「学校行きたくないから辛うじての抵抗~。どお? 一緒にサボってイイコトしちゃわない?」
艶めかしい声色で、舌先で唇をねぶりながら。さらに自分の服を人差し指でぐいっと下げ、小さいながらも確かに〝ある〟ものちらっと見せながらそんなことを言う。
一瞬、心臓が跳ねて邪な妄想が脳に蔓延るが、すぐに取っ払った。
「ッ……⁉ あのなぁ、学校はちゃんと行かないとだし、俺たちは兄妹だから――」
「義兄妹だから無問題でしょ!」
「ぐっ……ダメダメ! 兄妹でそんなの絶対ダメだ!」
「ぶーぶー! じゃあちゅっちゅしよ! ちゅっちゅちゅっちゅ‼」
「ちゅっちゅちゅっちゅ言うんじゃありませんっ‼」
こうは言ったが、まあ嫌な気はしない。何ならまんざらでもない。あのケイがここまででれっでれになるなんて……。
シスコンガチ勢になりそうだが、兄妹でイケナイ関係になるつもりはない。ない……ぞ?
そんなことを考えながら階段を降り、母さんに挨拶をする。
「母さんおはよ」
「ママおっはよ~~!」
「二人とも遅かったわね――……って、あら? あらあらあら? 今朝はなんだか仲良しね~?」
しまった! いきなり性格が豹変したケイについて説明しなければ! 誤解が生じぬように!
「昨晩お兄ちゃんに熱々に抱かれてお兄ちゃんしゅきしゅきモードに目覚めたー! ぴーすぴーす」
「ケイーー! 誤解ッ! 誤解が生まれる! 母さんこれは違うくて……」
「あらあら……」
「母さん⁉ あらあら言いながらスマホで誰に電話しようとしてんの⁉」
「もしもし? はい、実は兄妹が……。はい、今から赤飯百合炊くのでもち米と小豆を山ほど家に送ってください~♪」
「父さんとか警察より面倒なもんを取り寄せるな母さん‼ もう昔みたいに金持ちじゃないんだし‼」
その後、なんとか誤解を解くことに成功したが、朝から消費していいカロリーではないだろう。
なんで朝っぱらからこんなに大変なんだ……。
「つ、つかれた……」
「ほらほらお兄ちゃん、朝ご飯冷めちゃうよ? はいっ、あ~ん♡」
「ちょっと待てィ! そういうのは彼氏彼女か看病の時にしか……ってか時間ない! 口にかきこめ! ブルドーザーが如く‼」
「うわーん! せっかくの朝ご飯あーんイベントが~~‼」
このままでは遅刻してしまう時間帯だ。イベントなんぞ知ったことかと言わんばかりに朝ご飯口に詰め込み、自分の部屋で制服に着替える。
ふぅ、急いだ甲斐あって普通に間に合いそうだな。
「お兄ちゃん、一緒に学校行こっ」
「おう、もちろん。そんでもって、髪型とか恰好いつもと違うんだな?」
「うん、変えてみた! どお? 似合ってる?」
「最高の妹だ」
「うぇへへへへへ♡♡」
いつもはケイはハーフアップだが、これからはポニーテールになるのだろうか。
どちらも似合っているから、ただただ可愛いと言っておこう。
しかも、いつもよりスカートの丈が短かったり、腰にカーディガンを巻くと言ったギャルっぽい感じになっている。
お兄ちゃんとして少し心配だが、心機一転なんだろう。気の向くままにさせてあげよう。良き兄とは寛容であり、線引きをしっかりする存在だ。
「「行ってきまーす」」
まさか、妹とまた一緒に登校できる日がくるなんて思いもしなかった。あれ? おかしいな。前が滲んで見えないな……。
(……ちょっと待て。だけどこれ、ケイちゃんファンクラブに殺されね?)
「えっへへ~。お兄ちゃんの腕に抱き着くの好き~~♡♡」
俺の気持ちは、天国から地獄へのジェットコースターのように急降下した。