第1話 ツンケンな義妹とデレデレな義妹
「ふわぁあぁあぁ……。ゲームやりすぎてねむ……」
枷でもついていそうな重い足取りで階段を降り、大きな欠伸をした。そのまま洗面所まで向かい、顔を洗い、鏡に映った自分の姿を見る。
黒髪黒目、そこそこの顔面偏差値……。う~ん、至極平均的な男子高校生だ。
そんな平均的な俺こと星光流斗にも、一つ大きな悩み事がある。それはというと……。
「兄さん邪魔。どいて。邪魔」
「いてッ⁉ っつーか邪魔って二回も言わなくていいって!」
ゲシッと俺の脛に蹴りを決め込むこの美少女。
絹のように滑らかなの銀色のハーフアップにサファイアのように煌めく青い双眸。処女雪を彷彿させるシミ一つない肌と、標高が少しばかり低い胸……。
通り魔のように男子をハートを射抜くこいつは、俺の義理の妹――星光彗だ。
昔は「お兄ちゃん大好き! 将来結婚する!」と懐いていたが、今では次のような有様だ。
「兄さん、雄鶏のようなバカげた寝ぐせが付いてますよ。そんなんだからモテないし彼女もいないんです。はぁ……こんな兄を持つ私の身にもなってください」
「うっ……そこまで言わなくてもいいじゃんか……」
……うむ、とても辛辣だ。しかも敬語まで使ってくる始末。
反抗期、つまりこれも妹が成長している証。だから喜んで受け入れる……なんてことが出来たらどれだけよかったか。
お兄ちゃんのこと大好きな義妹なんて夢だろう⁉ 前のケイに戻ってほしいよ‼
だが、それはやはり難しいだろう。
仮にケイが俺に甘えてきたとしよう。すると、学校でいつの間にか作られていた〝ケイちゃんファンクラブ〟という、頭の可笑しい軍団に殺される未来が見えるわ見える。
彼女の運動神経は終わっているが、成績優秀でテストでは堂々たる一位であり、美的センスもある。対して俺はドが付くほどの平均マン。釣り合ってないったらありゃしない。
「ケイと義兄妹になれた時点で運は使い果たしたから、今の関係になったのかな……」
鼻で笑ってしまうような仮説を呟きながら、俺は朝ご飯を食べる。
当てにならないニュースの占いを横目に学校へ出かける準備をした。どうやらケイは既に登校しているらしい。
(あれ。でもケイ、なんでわざわざさっきは俺のところまで来たんだ? ……ああ、辛辣な意見を言ってストレス発散でもしてたのかなぁ……)
飲んだばかりの牛乳が目から零れ落ちそうになったが、それを押し込んだ。
「さて、俺も行きますか。行ってきまーす」
リビングにいる母さんに向かってそう言い、玄関の扉をガチャリと開ける。
空は快晴、されど俺の心は曇っている。学校に行きたくない身体。その理由は……まあ、到着すればすぐにわかることだ。
――数分後。
学校に到着した。いつも通りの登校で、いつも通りの地獄が今から始まろうとしていた。
「――ねぇ、君」
はい、早速地獄がお迎えに上がりました。
俺の目の前に立ちはだかったのは、金髪でキラキラとした目が眩みそうなイケメンの男子生徒だ。
「これ、ハニーに渡しておいてくれ。ラブレター」
「ハチミツにラブレター渡すとか変わってるっすね」
「……はぁ。いい加減にしろよ星光流斗。お前みたいな凡人陰キャにこうして話すことすら嫌でならないんだ。わかったなら、お前に死ぬほど似合わない妹に渡しておくんだな」
そう言葉を吐き捨てて、男子生徒はラブレターを押し付けて踵を返し、この場を立ち去った。
俺は〝妹にラブレターを渡す係〟としてこき使われているのだ。
当のケイはラブレターを受け取らないし見ようともしないので、俺に白羽の矢が立ち選ばれたというわけだ。
ま、俺が渡したところで嫌悪感マックスの表情をされるので、ひっそりと捨てているが。
(すまないな、名前も知らないイケメン。ゴミ箱の餌にしておくから)
その後も、教室にたどり着くまでに何度もラブレター(全て妹当て)を貰い、両手が塞がった。
既に満身創痍のまま自分の教室に入り、自席に腰を下ろして溜息を吐く。すると、隣から一人の女子が声をかけてきた。
「よっ、おっはよ! 今日もたくさんラブレター貰えてよかったね!」
こいつは幼馴染の篠野芽瑠だ。
昔から仲の良い幼馴染だが、最近は彼氏自慢がうざったい。その彼氏とは俺も友人関係だからまあいいが。
「あぁ、めっちゃもらった。この中から好きなラブレターを一つ選ぶんじゃぞ!」
「いらなーい。しかもそれ彗ちゃんのでしょ」
「いや、妹も読まずに捨てるから。処分すんの手伝ってくれ」
「めんど~~。アイス奢れよなー?」
「仕方ない。必要経費だな」
処分するのは面倒だ。もしバレたら締め上げられるのは俺だし。
なぜこんなにもハードモードな高校生活になってしまったのだろう? 「その答えはコレ!」と言わんばかりにケイが姿ばかりが浮かんでくる。
このまま妄想の世界に逃げ込みたい。
そんなことを考えつつ、俺は一日頑張るのであった。
# # #
ラブレター処分は難なく進み、何事もなく自宅に帰還することができた。
寄り道する気力もなく、真っすぐ。電車が同じルートをたどるように帰った。
「ただいまー」
「うわっ……。兄さん、さっさと手を洗ってください。あたり一帯が雑菌まみれになります」
「手ぇめっちゃ洗っても雑菌扱いする癖に……」
「何か、言いましたか」
「い、いいえ……何も……」
帰宅早々、妹に雑菌扱いされた。しかも開口一番「うわっ」って……。
お兄ちゃん泣いちゃうよ? ってかほぼ毎日のように枕を濡らしてるからね?
涙をこらえつつ、俺は手洗いうがいをして自分の部屋へと戻った。
一日の疲れを全てスポンジのように吸収してくれ。そう願いながら俺はベッドに倒れみ、ポチコロワン田(※猫の抱き枕の名前)に抱きついた。
余談だが、俺は抱き枕がないと眠れない体質である。
「はぁあああ疲れた……。……ん? なんか、ベッドから良い匂いがするような気が……」
布団は最近干していないし、消臭スプレーもかけていないはず。なんでだ?
……まあ、学校行ってる間に母さんがなんかしたんだろう。
そう結論付け、俺はベッドのゴロンと転がって仰向けになり、妹のことについて独り言を発し始めた。
「はぁ、なんであんなツンケンな妹になっちゃったかな~……昔は愛嬌があったのに。……いや、俺が悪いよな。こんな頼りない兄だし。……ぐすん」
溜息は幸福を逃がすと言うが、もう逃げるほどの幸福すら残っていないだろう。
ネガティブ思考になりつつ、忘れるために宿題をして時間を潰した。
太陽も沈みんだ頃、夜ご飯を食べ終え、風呂に入る。
特にすることなく、そのまま就寝することとなった。アラームをセットし、抱き枕を抱き、いざ就寝。
(休日はまだ来ないのか。は~~、朝起きたらケイが優しくなってくれないもんかなー)
そんな淡い、泡沫のようにすぐ消えそうな願いを最後に、俺は意識を手放した。
# # #
――三時間後、深夜二時頃。
流斗が眠っている部屋の扉が、ギィイと音を立てながらゆっくりと開いた。
「……兄さん、起きてますか」
「ぐがー……ぐがー……」
「……ちゃんと寝てますね」
カーテンの隙間から漏れ込む月明かりに照らされる銀髪を揺らすのは、彼の義妹であるケイだった。
彼女はゆっくりと、流斗が眠るベッドの傍らまで移動し、しゃがんだかと思えば。スマホを取り出す。
――パシャパシャパシャパシャ。
次の瞬間、そのスマホで流斗の寝顔を撮影し始めた。
「ふ、ふふふ……やった♪」
その写真を見て、日中では一切見せなかった笑みを浮かべる。
そう、実は彼女――隠れブラコンだったのだ!
とある理由から兄のことを避けて生活をしているのだが、その深層心理にある欲望を押さえつけるのは厳しい。
なのでこのように写真を撮ったり、まだ兄が帰宅しないのをいいことにベッドでくんかくんかしちゃうブラコンである。
「今日はこれくらいでいいですかね。おやすみなさい、兄さん」
聞かれていないだろうと愉悦に浸りながら、彼の耳元でそう囁く。
少し寂しそうな表情をし、立ち去ろうとした次の瞬間――
「う~~~ん……」
「へっ――きゃっ⁉」
流斗がケイに抱きついたのだ。
彼が愛用している抱き枕はベッドの下に落ちており、それを探して抱き寄せようとしたのだが、結果ケイを抱き枕と間違えてしまった。
まるで獲物を巣穴に引き込むように、ケイをベッドへと誘う。
「あ、あっ、ぁ……に、いさん、だ、ダメです……ぅ!」
「んん……けいー……すきだぞー……」
「っ……⁉ ぁ、ぁぅ……」
今まで感じれなかった分を取り戻すかのように、無意識にケイをこれでもかと強く抱きしめる。
ゼロ距離で彼の温もりを、心臓の鼓動を、匂いを。全てを無理やりケイの体の中へと流し込まれていた。
普通ならばそれはゆっくり、時間をかけて注がれるものだ。短時間で一気に摂取するのは、彼女にとっては劇薬そのものだった。
当然、正気でいられるはずがなく……。
「う、うぅぅ……! 私は、兄さんのことなんか、兄さんなんか――‼」
刹那、
――ぐるんっ。
何かが反転する音が響いた。それは現実に存在しない音。
兄が嫌いだという表のケイと、それをひた隠し続けて蓄積しまくった裏の誰か。それが、裏返ってしまった。
「あぁ……ふ。え、えへへ。えへへへっ♡ ――お兄ちゃん大好きぃ……♡♡」