奥様とステラ 新しいロボットメイドのベニ
奥様とステラ 新しいロボットメイドのベニ
奥様。子供って不思議ですね。
ねえ、知ってる。私ね。ずっと、ずっと、君に憧れていたんだよ。君が変わり始めた、あの日からずっとね。
人は変化をしていきます。
子供から大人になるように、一人一人が毎日、ゆっくりと変化をします。
まったく違う人になるように。(あるいは、夢を見るように)
変わっていきます。
よいほうにも。
わるいほうにも。
変わっていきます。
でもあんまり変わらない人もいます。それはなにもしない人です。
なにもしない人は、あまり変わりません。
なぜなら変化とは、自分以外の人と触れ合うことで、起こること(奇跡)だからです。
ステラはそんな奥様の言葉をぼんやりと思い出していた。
じーと新しくお屋敷にやってきたロボットメイドのベニが壁の後ろから、こっそりと隠れて、そこから顔を半分だけ出して、ステラのことを猫みたいに見つめていた。(まるで本物のいたずら好きの猫みたいだった)
「ベニ。なにしているの? ほらこっちにいらっしゃい。オレンジのお菓子もあるよ」
とステラは手招きをしながら笑顔でベニにそう言った。
「い、いません! ここには誰もいません!!」と壁の後ろに半分だけ出していた顔を隠して、ベニは言った。
赤毛のツインテールの髪型の『女の子のロボットメイド』のベニ。
ベニは本当に、まるで本物の人間の子供の女の子みたいなロボットだった。
子供のロボットの需要はたくさんあった。子供とふれあうことで心が癒される人はたくさんいたからだった。
しかも、ベニは永遠の子供ではないのだ。
最新型のロボットであるベニはなんと本当に大きくなるのだ。
成長して、子供から大人になる。
それがベニの(ベニと同じ最新型の子供ロボットの)一番の特徴であり、最近開発された最先端のロボット技術だった。
でも、もちろんいいことだけではなくて、問題もたくさんあった。とっても(本当にとっても、見たり聞いたりできないくらいに)ひどいことになってしまった子供のロボットもいっぱい、いっぱいいたし、そのことはずっとロボット問題の一つとして頭のいい人たちの間で、議論され続けていた。(とっても悲しいことだけど)
ベニもそんな『とってもひどい目にあった』子供のロボットの一人だった。
奥様のお屋敷にくる前は、ずっとずっと、(壊れてしまって、保護されるまでの間)前のご主人様にとってもひどいことをされてきたみたいだった。
だからなのかもしれないけど、ベニはずっと私になついてはくれなかった。
そんなベニが私にお手紙をくれたのは、ベニがお屋敷にやってきたから、一年後のことだった。
ベニのお手紙
ステラと一緒にいると、なんだかとってもいっぱいの勇気が湧いてくるの。ずっと、ずっと怖いと思っていた毎日を楽しく過ごせるくらい、勇気が湧いてくるんです。
私、気がついたんです。
ある日、見つけたんです。
私の中に熱があります。
とても熱い熱です。
それは風邪をひいているわけではありません。
生きている熱です。
私の体の芯にある熱です。
生きている、生きようとしている熱。なにかをしたいと思っている熱。
私を変化させる熱です。
心は変化をします。
体も変化をします。
生きかたによって。
生活によって。
変化をします。
本当にです。
全然別の私になります。
でも、本当の本当の私は変わらずに不思議とちゃんといるんです。
まるで木の年輪みたいにして、あるいは野菜や果物の芯のところみたいにして、一番奥にずっと隠れているんです
あのころのままの私のままで。
なにも変わらないで。
今もずっと、夢を見ているんです。
未来にあるはずの自分。
今ここにいるありのままの自分。
……、過去の自分。
未来に向かって、自分のことをボールを投げるようにして、想像してみることはとても大切なことだと思います。(私もよく幸せなことばかり想像していました)
でも、そこに思い描いている自分は、あくまでも空想の自分です。どこにもいないんです。
だから今の自分をきちんと受け入れてあげることが大切なんだと今は思います。(だって私自身なのですから)
私は奥様が大好きです。
メイドのみんなのことも大好き。
それから。ステラ。
あなたのことも、大好きです。
こんな風に、大好きな人が見つかるって、自分が大好きな人が(抱きしめられるくらい)すぐそばにいてくれるってことは、とっても幸せなことなんですよね。
あのね、ステラ。
……、思い出したんです。
ずっと忘れていました。
でも、思い出せました。
ちゃんと私の中にあったんです。
とても大切なことです。
それは『私が私のことを大好き』だって言うことです。
強がりじゃなくて、本当にですよ。
私、まだ頑張れそうなんです。
だから、ステラ。
私のこと。
……、応援してくださいね。
あの、ほんの少しで、かまいませんから。
それから十年が過ぎて、本当にベニは子供から大人になった。
大人というにはまだ少し若いかもしれないけど、美しい少女になった。(髪型は子供っぽいツインテールのままだったけど)
「どうかしたんですか? ステラ。私の顔をじっと見て」
とベニが笑いながら言った。
「実はね、お部屋のお掃除をしていて、こんな宝物を見つけてしまったの」
と言ってステラは古いお手紙をメイド服のスカートのポケットの中から取り出して、それをベニに見せた。
大好きなステラへ。
と書かれたそのお手紙は、子供のころのベニがステラにくれたものだった。
そのお手紙を見て、ベニはその美しい顔を真っ赤に染めた。
「ベニ。私のこと、好き?」
とにやにやしながらステラは言った。
「す、好きじゃありません!! ばか!!!」
と真っ赤な色のまま怒った顔で、(手に持っていた箒をステラを向かって構えて)ベニはとっても大きな声でそう言った。
君のこと、今も大好き。
本当に好き。
奥様とステラ 新しいロボットメイドのベニ 終わり