あいつ
若い男だった。170センチ強ほどの身長に中性的な顔と華奢な体、そして短髪にしては少し長い髪を揺らしてそいつはやってきた。説明だけでは儚さすら感じるが、この男に儚さというのは微塵も無かった。それはそいつの目のせいだろう。絶望を内に秘めたような黒く、暗い瞳とは裏腹に目を大きく見開いている。そいつは僕たちの近くへ来るなりその目を細め、口からはギザギザとした歯を覗かせてにっこりと、いやギシギシと笑った。
この男の名前はたしか矢羽伊人。前任の施工管理技師の代わりに任命された新人の施工管理技師だ。前任は職人と依頼主からのパワハラですぐに辞めてしまった。職人たちは結託し、施工管理技師を詰めるのを楽しんでいるようだった。
白状しよう。僕はこの男にビビってしまった。近づいて笑顔を見せるまでのこの短い間にだ。それは子鹿が初めて捕食者と出会った時のように本能的にその男を拒絶していた。
クラクラするくらいの恐怖の中僕は周りを見渡した。ギシギシと首の骨が軋む音が響く。いじめっ子集団のような職人たちは捕食者を前にただ足を震わせることしかできないようだった。
アイツはただ悪魔のように笑っていた。