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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

父の謎

作者: あらまき


 俺は、父親が嫌いだった。

 無口で、不愛想で、仕事以外何も出来ない男。

 それが、俺の持つ父親への印象。


 育ててくれた事は感謝している。

 片親ではあったが、苦労した事はなかった。

 食事という意味だけでなく、生活面や趣味でも。

 父親になったからこそわかる。

 それは本当に凄い事であると。


 だけど……いつも怒った様な顔で見つめる父が怖くて仕方がなかった。

 殴られた事はない。

 怒鳴られた事は多いしいつも睨まれていて、どうして母は出て行く時自分を連れていってくれなかったのかとずっと考えていた。

 だから、親である事は事実でも、それでもやはり父は嫌いだった。


 こんな日にでも、涙が出ない位に……。


 父の葬儀は質素な物だった。

 いや、質素でかつ簡易的な物にした。

 恨みの為ではなく、単純にそれが父の望みであったからだ。

 エンディングノートという訳ではないが、父はそういう準備をしておいてくれていた。


「……君は……まさか正人君か!?」

 葬儀の待ち時間、挨拶やら準備やらで緊張と忙しさに苦しむ中呼び出され、俺はそちらに目を向ける。

 見た事のない爺さんがそこにいた。


 外見で言えば、信楽焼の狸が近いだろう。

「えっと。失礼ですが貴方は……」

「ああ、すまない。私は〇〇商事の取締役社長で……」

「父の会社……。良くお越し下さいました。父も喜んでいます」

「いやいや。彼の為ならえんやこらと。……本当、君のお父さんにはお世話になってねぇ。彼程の人は滅多にいなかったよ」

 俺は愛想笑いで誤魔化しておいた。

 何も言わない。 

 自分の意見なんていらない。

 ただ、疑問は残るが。


「ああ。本当……惜しい人を失くした」

「仕事一辺倒の人でしたからね」

「そんな事はないとも。彼は人柄も社交性も抜群だった。むしろサポート常時だった位さ。本当の意味での潤滑油? みたいな」

 楽しそうに嬉しそうに、だけど寂しそうに社長はそう伝える。


 そう、これだ。


 葬儀となって色々な人の話を聞くが、その語る印象が自分の印象とあまりにも違い過ぎる。

 悪人ではない。

 だが、家庭を顧みない仕事一筋タイプであった。

 だから母にも捨てられたし、俺も成人したら帰らなくなった。

 子供が生まれた事さえ、父には言っていない。

 俺みたいな目に逢わせたくなかったから……。


「ありがとうございます」

「いいや。良いさ。何か困った事はないかい? 仕事でも何でも紹介するよ? 彼の息子であるのなら、我々の息子も同然だ」

「いえ、大丈夫です。どちらも揃ってますから」

「そうなのかい? だったら子供は……いや、失礼した。何でもないよ」

「あ、既に一人、男の子が」

「うん。知ってる。思い出したよ。数年前に彼から聞いていたよ。孫が生まれたってね」

 一瞬、表情が隠せず目を丸くしてしまった。

 すぐに取り繕ったからバレていないと思うが。


 ――なんで知ってるんだ?


 背筋が、冷たくなるのを感じた。

 連絡なんて取っていない。

 当然知らせてもいない。

 結婚したのだって子供だって県外での話だぞ?


「あの……困ったという訳ではないのですが……」

「ん? 何かね?」

「父の事を、教えて頂けないでしょうか? 正直……お、私のイメージと皆様のイメージが一致しなくて」

「――ああ、良いとも!」

 じいさんはどんと自分の胸を叩き、まるで自分の息子の様に、俺の親父の事を話しだした。




 親父はいつも笑顔な人だったらしい。

 俺はそんな物見た事がないが。


 親父は器用な人だったらしい。

 何も作っているのを見た事がないが。


 親父は料理が得意な人だったらしい。

 そんなに俺に作るのが嫌だったのか。


 親父は……。

 親父は、子供が好きだったらしい。

 だから親父は、見知らぬ女の子を車から庇う為に飛び出して、死んだ。


 一致しない。

 俺の親父は、そんな事をするタイプじゃない。

 自分の印象と親父の姿が一致しない。

 だけど、皆の印象とは一致する。

 皆、俺の親父ならやりそうだと言って泣きながら笑っていた。

 色々な人に父の話を聞いたが、やはり大抵の人は父らしい行為だそうだ。


 助かった女の子とその家族も来てくれた。

 申し訳なさそうに通帳を渡そうとする姿が、痛々しかった。


 どうやら、答えが出てしまった様だ。


『親父は良い人だった』

『ただし、親父は俺の事が嫌いだった』


 なるほど、それなら納得だ、違和感はない。

 むしろ俺を虐待せず真っ当に育てたのだから大した物だ。


 ああ、全くもって大した物だ。

 何かすっきりした。

 それと同時に、少しだけ親父を見直した。

 俺には酷かったけれど、あんたは皆のヒーローで。


「ああ、アレは酷い事件だったねぇ。あんな事がなかったら貴方のお父さんはもっと――」

 女性がそう呟いた瞬間、葬儀会場にいる全員の目が鋭くなり、女性を睨みつけた。

「あ、ご、ごめんなさい。何でもないのよ。何で――」

「あ、ちょっと待って下さい。一体何の……」

 女性は誤魔化し笑いをしながらその場を後にした。


 俺が周囲を見渡しても、誰も目を合わせようとしてくれなかった。


 ――なるほど、まだ父の謎は終わってないらしい。

 何となく楽しくなって来た俺は、徹底的に父の事を調べようと心に決めた。

 ようやく、有り余った有給の使い道が出来た。

 ついでに家族で旅行でもしよう。


 本当は妻も今日の葬儀に来たかったらしいのだが、事情により無理だった。

 だから旅行のついでに、線香の一本でも一緒にあげれば良いだろう。


 そうして、葬儀は無事に終了する。

 父の謎が気になって悲しいやら緊張やらはどこかに消えていた。


 ただ、燃え尽き骨となった父の姿を見ると、悲しくはないが世の無常とも言える切なさは感じられた。




 二日後の夜……居酒屋の個室で……。

「という訳で、何かあったんですよね教えて下さい!」

 俺は葬儀の時に会った社長を呼びつけ、笑顔でそう尋ねた。

「……何かあると思ったけど、直球だね」

「はい! 父の事で気になって、夜も眠れませんでした!」

 嘘である。

 子供と一緒にぐっすりで寝坊までしかけた。

 妻がいなければ旅行の日程が一日ズレていただろう。


「そうか……。いや、だけど……」

「そんなに父は悪い事をしたのですか?」

「いやいや! そんな訳がないよ!? どうしてそんな事を!?」

「だって、父の知り合い割と皆知っていて、あんな事とか言ってたらまあ、父が犯罪行為でもしたのかなと……。もしくは誰かに裏切られたか」

 ぴくっと、社長が体を震わせる。

 どうやら正解したらしい。

「……そうだね。約束を破る事になるけれど……たぶん許してくれるよね。それに、私は彼の名誉を守る方が大切に想えるし、正人君も、今ならきっと受け入れられるから」

「……え? 俺の事?」

 静かに、社長は昔の事を話しだした。


 それは父親が幸せの絶頂であった時。

 会社の軌道が乗って、給料が毎月単位で増えて。

 出世の機会は探さなくてもやってきて、仕事は楽しく、そして結婚し子供も生まれて。


 何もかもが上手くいっていた頃である。

 父親は仕事人間と思っていたがそうではなく、むしろ惚気る方であったらしい。

 その頃の父は三十過ぎ位だったが、会社ではいつも早く帰りたいとか、愛しの家族に会いたいとか言っていたそうだ。


 そう望んでも大きなプロジェクトを抱えていてなかなか帰れない日々が続いた。

 一月位だろうか。


 その足で帰った父が見たのは……。


「げっそりとやつれ死んだ目になっていた幼き君と、愛する妻の嬌声だったそうだ」

「……は? いや、そんな……何かの冗談じゃ……」

「冗談なもんか! あの時は本当に大変だったんだから。警察が何度動いた事か……」

「いや、だって……俺、覚えて……」

「そりゃそうさ。君はあの時の事を何も覚えてないんだから。いや、辛くて忘れたのだろうとお医者さんは言っていたよ」

 社長は更にその続きを話し出した。


 育児放棄と虐待。

 まあ良くある事であった。

 ただ、それが行われていたのはその時だけでなく、ずっと。

 父に気付かれない様にずっと、俺はそういう目に遭っていたらしい。


 その時発覚したのは、幸か不幸か一月父が帰れなかったから。

 バレない様取り繕う必要がなくなったから虐待に歯止めが聞かず、そして予定外に帰って来た全てが顕わになった。

 その時の俺は一月まるまる食事も与えられずに生きていたそうだ。

 どうやってかはわかっていないが、腐った食べ物を食べていたか無理やり食わされていたと推測されているそうだ。


 浮気相手は若い男性で、結婚前から。

 父を金づるにしたとかそういう訳ではなく、もっと頭お花畑でセフレ的な関係だったそうだ。

 そういう事情で虐待という事もあり警察やら病院やらが動いて話が大事になって……。


「それでも、君のお父さんは屑女の事を見捨てなくてねぇ……」

 何となくだが、理解出来た。

 父は、善意の人だ。

 正しい人だ。


 だから、正しい事をすれば相手も正しくなると信じていた。

 自分が正しい人だから。


「それで……決定的な事が起きて」

「決定的な事?」

「うん。……良いかい。気持ちを落ち着かせて、慌てずに聞いておくれ」

「……はい」

「君の息子がね」

「え、なんで俺の子の話が?」

「いや、そうじゃなくて……君の陰部、まあぶっちゃけポコ〇ン」

「ポ〇チン」

「そう、切り落とされかけた」

「…………は? え? 何かの冗談?」」

「いや、冗談じゃなくて。そして大分危なかった。君の、それに傷はないかい? こう……手術後の様な……」

 俺は今日程、背筋を凍えた事はない。

 おそらく顔も真っ青になっていただろう。

 確かに不思議に思っていた傷がある。

 あれが手術後だとしたら、息子とお別れになっていた可能性も十分ありえた。

 その位、傷が根本でかつ深い物だった。


「なんで、そんな事を……」

「狂人の考える事なんてわからないよ。一応言い分はね、女の子が本当は欲しかっただって。……流石にそれで君のお父さんも堪忍袋の緒がぷつっとね……それで、後は徹底的にだよ。うちの会社の弁護士さん凄腕だから」

「俺は、何も覚えてない……」

「あの時からだね……彼が笑えなくなったのは。君のお父さん。自分の所為で君が傷付いたって思い込んで……だから、君を引き取って育てたんだ。……君が父親だと認識していなくても」

「――え?」

「覚えてないでしょ? 君はね、お父さんじゃなくて間男の方を父親だと言われて育てられたんだよ。だからもう、最初は大変だった。何度も会社にヘルプが来て、老若男女問わず色々な人が来て君達を助けようと頑張ったんだから。もちろん、私も」

 それから社長の語る事は、俺の知らない俺の話ばかりだった。


 俺は虐待を恐れて誰にもなつかなかったそうだ。

 泣き声で虐待を疑われ警察が呼ばれる位に。

 会社から誰が来ても怯え、泣き叫び、物を投げて抵抗した。

 特に、実の父には怯え続けていた。

 父親という物は殴る生物だと覚えていた事に加え、見知らぬ男。

 怯えない訳がなかった。


 そして、更に性質の悪い事に、俺はそんな目に遭っても尚、ずっと母親を求めて泣き叫んでいたそうだ。

「ああ、だから母親が逃げたという事にして……」

 母親は悪い人じゃなくて、良い人だった。

 そういう風にすれば、俺が傷付かずに済む。

 それで自分が悪者になっても構わないと……。


「風評もあったけどね……。私達は庇っていたけど思ったよりも大事になって……」

 引っ越しも考えたが、俺の精神状況から好ましくないと医者に言われた。

 だから父はずっと、あの裏切られた家で耐え続けていたそうだ。

 自分は壊れない様に、カウンセリングを受けながら。


「……まだ、ありますよね。言ってない事」

 俺の言葉に社長は目を反らす。

 だが、諦めた様に言葉を続け、そしてその悪行を教えてくれた。


 それはまだその女が母を擬態していた時。

 料理の好きな父は母と俺に料理を振舞って、そして俺はそれを全然食べずに不味いといって残したらしい。

 その時父は相当がっかりして、必死に勉強し直して子供用の料理を考えて……。


 母が逮捕された後、母は父の料理に複数の洗剤が料理に混ぜられた事を自供した。

 父が子に料理で褒められるのは気に食わないからと、死んだら同情してくれたかもしれないかんて理由で。

 その日から、台所に立つ事が出来なくなったらしい。


 安定するまで俺は壁に頭をぶつけるだったりわざとえんぴつで指を突くだったりという自傷行為を繰り返していたらしい。

 だから全く目を離せず、父はずっと不眠症気味だったらしい。




 ようやく……俺の持つ父の印象と一致してきた。

 沢山怒鳴られた記憶がある。

 それは、恐怖からの叫びだった。

 失うかもしれないという恐怖の。


 何となくだけど、思い出した。

 俺はずっと、死にたかったって。


「……ははっ。俺、馬鹿みたいだ」

 自嘲せずにはいられなかった。

 普通じゃないのは父じゃなくて、俺の方。

 普通じゃない俺が普通だと思える位に身を粉にしてくれた父を、嫌いなんてどれだけ愚かだったのか。

 例えそれが義務感だったとしても、父は立派に俺を育ててくれた。

 本当に凄い。


 父親になったからこそ、わかる。

 その背中は、きっと一生かけても追いつけないだろう。


「……もう一つ、言いたくない事があるけど、聞くかい?」

「言いたくないのに聞くんですか?」

「うん。僕以外の誰か酷い奴から君の耳に入るのが怖いのと、君も知る権利がある事だから」

「……伺いましょう」

「君のお父さんはね……DNA関係を拒否した。だからね、わからないんだ。君の父親が誰かは……」

 それを聞いて、俺は納得する。

 かちりと、何かがぴったり収まる様な気分だった。


 義務感の強い正義の人。

 だから、俺という存在が父を、彼の人生を狂わせた。

 それでも父は、正しい人のままだった。


 つまり、そういう結論となる。


「――知れて良かったです。今日はありがとうございました」

 酒でもと思ったが、そんな気分ではなくなった。

 そっと万札を数枚置いてその場を離れようとして……。


「そんな物は良い。子供の為に使ってやってくれ」

 強引に、ついでに言えば数枚足されて突き返された。

「あ、ありがとうございます。明日家族で美味しい物でも食べに……あ、あの店やってますか? 父が良く連れていってくれた中華の……」

「ん? ああ、あそこか! もちろんやってるよ。連れていくと良い。……きっと泣いて喜ぶよ」

「ありがとうございます。……すいません。こんな俺みたいなのが聞くべきでない事なのですが、最後に一つだけ、質問しても宜しいでしょうか?」

「……何だい?」

「あの人は、俺を愛していたと思いますか?」

 俺の言葉を聞いて、社長は言葉を返さない。

 そう、それが答え。


 父は正しい人で、正義の為に自分を犠牲に出来る人。

 正しい為ならどの様な困難でも成し遂げられるスーパーヒーロー。

 笑顔を失い、苦しみながらも、子供を慈しみ己を犠牲にしてきた。 

 それが、俺の出した結論である。




 翌日……予定通り昼食にと父に連れていってもらった高級中華料理店に家族を連れて行った。

 そしてちょっとだけ後悔した。

 こんな事なら昼じゃなくて、夜に来るべきだったと。


 俺が挨拶したらまあこれでもかと気を使って特別扱い。

 更に言えば俺が子供と嫁を連れて来た物だからまあお店の人達皆盛り上がって……。

 そんな訳で注文した料理が『1』だとしたらサービスが『5』位届いて、テーブルぎっしり料理で埋まってしまっていた。


 これも、父と呼ぶ事が許されない偉大なるお方の恩恵。

 愛ではなく、義務で俺を育ててくれた偉大な……。


 まあ、子供の笑顔が見れたから良かったと思おう。

 ひまわりみたいな笑顔の中、きょろきょろと俺と妻の顔を見比べ続ける。

 何も言っていないがわかりやすい。

 早く食べたい、もう待ちきれない、とその顔にはっきり書いてあるのだから。


「いただきますは?」

 俺の言葉に我が子はピンと背筋を伸ばし、手を合わせた。

「! いただきます!」

 店中響く位大きな声で叫んで、大きな唐揚げに手を伸ばす我が子。

 それを回りの客は怒りもせず、微笑ましく見守ってくれた。


「貴女と好みは違うみたいね」

 妻は箸を持ちながら呟いた。

「……え?」

「貴方はいつもラーメンとか麺類ばっか取ってたそうじゃない」

「どうして君がそれを……?」

 妻は微笑むだけで、何も言わなかった。

 どこか寂しそうに微笑んで、そしてそれ故に気が付いた。

 妻の目は、まるで何日も泣いていた様に充血していた。

 たぶん、昨日も一昨日も……。


「ほら、良いから話は後で。食べましょう。……食べないと気に入らなかったと勘違いして、違う皿がテーブルに乗るわよ?」

「それは怖い」

 苦笑し、俺も箸を取り料理に意識を向ける。

 ただ、あまり食べたいとは思えなかった。


 料理に集中出来ない。

 罪悪感という物が邪魔をしているのも理由にはあるだろうが、一番の理由は……まあ、これだ。


 がっつがっつといつもの小食はどこに行ったのかと食べる我が息子。

 その姿が面白くて、可愛くて、愛らしくて、つい目で追ってしまう。

 要するに、その姿だけでお腹いっぱいという奴だ。


 危なっかしい箸使いで良くそれだけ食べられるなと思ったり。

 上手くつかめなくてこっそり手づかみをして妻に怒られたり。

 どれを食べようか期待してぶんぶん首を振っていたり。

 本当に、見ていて飽きない。


 一生見ていられる。

 ずっと見ていたい。

 

 そう思っていると……息子の顔に、影が差した。

 楽しそうだった顔が代わり、泣きそうな顔に。

 そして……。


「お父さん。……僕、何か悪い事した?」

「え!? いや、どうして急にそう思ったの?」

「だってお父さん……ずっと僕の事、怖い顔で見ているから……」

 目をぱちくりとして……そして俺は気付いた。


 自分がどれだけ馬鹿だったのかを。

 葬儀の時、皆が言っていた。

 俺は、父親に顔つきが似ていると――。


 気づいてしまったら、もう我慢出来ない。

 突然だった。

 感情は嵐の様に襲い掛かって来て、耐えきれる量を一瞬で超えダムは崩壊する。


 俺は、大きな声で泣いた。


 店の中だという事も忘れ、叫ぶ様に、吼える様に。

 涙が止まらない、止めようとさえ思えない。

 己の愚かさと胸の熱さが、俺を叫ばせる。


 俺は気づくのが、あまりにも遅すぎた。


 そんな俺を邪険にもせず店の人はそっとしておいてくれ、妻は一緒に泣きながら、俺を抱きしめてくれた。

 息子も訳がわからないなりに、俺の背をさすって。




 色々台無しにしたのに店の人は許してくれて、それどころか夕食もどうぞと店を貸し切りにしてくれた。

 だから俺は、父の知り合いを呼べるだけ呼んで、思い出話に花を咲かせてもらった。


ありがとうございました。

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