噂の理由
スマートフォンが着信を知らせるようにブルブルと震えている。僕は画面を見るとまたかと思った。スマートフォンの画面には、母親からの着信を知らせるメッセージが表示されていた。僕が一人暮らしを始めてから、もう3年になるがいまだに頻繁に母親から電話がかかってくる。初めのうちは電話に出て話していたが、何時も同じような話で、しかも長いのでだんだんと電話に出るのが億劫になっていた。
「忙しいんだから、メールにしてくれないかな メールなら都合のいい時に見れるし、返事も書けるから 」
前に母親にそう言ったが、その時は分かったと返事をしたくせに、相変わらずメールは使わず電話をかけてくる。
しばらくするとまたスマートフォンが震えだした。また、母親だった。今日は随分としつこい。放置していると、またスマートフォンが震え出す。さすがに何かあったのかと心配になり、電話に出た。
「もしもし、ユウジかい? 本当にユウジ? 」
「はあ、何言ってるの母さん 僕に決まっているでしょう 」
僕は、まだ惚けるには早いでしょうと思ったが、次の母親の言葉で仰天した。
「あんたが自殺したって噂されているんだよ 裏の本家の美夜ちゃんが誰かに聞いたって ホントにあんた、ユウジなんだよね? 」
「当たり前だよ、母さん なんで僕が自殺なんてするのさ 」
僕は訳が分からず混乱していた。
「とにかく、前期試験が終わったら休みになるから家に帰るよ 」
僕は母親にそう伝え電話を切ったが、なぜそんな噂が流れているのか見当もつかなかった。一体誰がそんな噂を流したんだ。僕は地元の同級生たちの顔を思い浮かべたが、一向に思い当たる人物はいなかった。
* * *
普段、真面目に勉強していないつけが回り前期試験の出来は良くなかった。唯一、”優”が貰えそうなのは芸術学くらいで、残りは”可”のオンパレードだろう。それでも、前期試験の日程が終了し、大学は休みに入った。僕は、簡単に荷物をまとめると徒歩5分の駅に向かい電車に乗った。途中、2回電車を乗り換え、地元の駅に降りたのは昼過ぎだった。以前はこのローカルな駅前に、その名の通りの”駅前食堂”という食堂があったが現在は店じまいしてしまっている。子供の頃、お小遣いを貰うとコロッケを買いに来ていた肉屋さんも、もう閉まっている。
・・・ここのカレーコロッケ、また食べたいな ・・・
僕はそんな事を思いながら実家までの道を歩いていた。僕の実家はこの駅から15分程歩いた所にある。以前は路線バスも走っていたが、僕が高校に通う頃には廃止されてしまった。
数年前にバイパスが出来たおかげで、ほとんど車も通らなくなった県道を僕は実家に向かって歩いていた。途中にある個人が経営していた小さなホームセンターも今では店じまいして駐車場には雑草が生えている。高校の時には、よく自転車の部品を買いに来ていたが今ではすっかり廃墟になっている。子供の頃と同じ風景の筈なのに、人影もなく寂しい風景が広がっていた。
・・・昔はもっと活気があったよな ・・・
実家に続くだらだら坂を登りながら僕は思った。
実家に着くと母親が大喜びで迎えてくれた。普段は仏頂面の父親も表情が緩んでいる。僕は自分の部屋に荷物を置くと、さっそく裏の本家に行ってみる事にした。本家に行くと、広い庭で美夜がホースで水を撒いていた。
「美夜ちゃん 」
僕が声を掛けると、美夜は驚いた顔をしたがすぐに笑顔になる。
「ユウジさん、帰ってきたんだ 」
単純に嬉しそうに言う美夜に僕は噂について訊いてみた。すると、僕の同級生の橋本と伊藤が話しているのを聞いたと答える。
「私も最初ビックリして、すぐにおばさんに言いにいったの おばさんも驚いてたけど、その後でユウジさんと連絡とれたから心配ないよって言われたから安心したんだ 」
アイツらか。僕は本家を後にすると橋本の家に向かった。橋本の家は少し遠いので家に戻り、バイクで行くことにした。スーパーカブのキックを踏みおろしエンジンをかけ走り出す。橋本は家にいた。
「俺は竹尾から聞いたんだよ ユウジが自殺したって ビックリしたさ お前が自殺するなんて思えなかったからな それより、帰って来たなら一杯やろうぜ みんな、都会に出ちまって詰まんねえよ 」
僕は、分かった分かったと橋本をなだめて竹尾の家へ向かう。庭にバイクを停めると音を聞き付けて竹尾が出てきた。
「ちょっと待てよ 俺は吉本のおじさんから聞いたんだ 消防団の寄り合いでさ もちろん、びっくりしたさ お前には消防団に入ってもらいたいと思っていたからな 」
おいおい、どういう事だよと僕は思った。一体誰が大元なんだ。たらい回しをされているようで僕は疲れてきたが、スーパーカブに跨がり吉本さんの家まで行く。
「おやっ、ユウジくんじゃないか どうしたんだい? 消防団に入る気になったのかい 」
「どうしたじゃないですよ、吉本さん どうして僕が自殺したなんて噂流したんですか? 」
「ああ、あれか あれは君の妹が言っていたからね 嘘だとは思ったけど飲んだ席でうっかり口が滑ったかな 」
「僕の妹…… 」
「そうそう、理恵ちゃんだよ 」
「それはいつ頃聞いたんですか? 」
「うーん、はっきりとは憶えてないが1ヶ月位前かな 」
母親から電話があった頃だ。僕は言葉がなく吉本さんの家を後にした。僕はスーパーカブを走らせながら、この噂が流された理由が分かった気がした。
・・・僕はずっと実家に帰って来ていなかったな ごめん、理恵 寂しかったんだよな ・・・
僕はそのまま真っ直ぐに実家には帰らずに途中の”浄明寺”というお寺に寄り、バイクから降りるとお寺の裏手の墓地に向かい墓石の前で手を合わせた。僕の妹、理恵は5年も前に事故で他界している。
・・・帰ってきたよ、理恵 また遊ぼうな ・・・
その時、後ろから……。
「うん、お兄ちゃん 」
という元気で嬉しそうな理恵の声が聞こえた。
お読みくださりありがとうございます。
感想いただけると嬉しいです。
よろしくお願い致します。




