九十四話 地下街
迷い込んだ貴族街に立っていた古屋敷で出会った金髪碧眼の女性ギャラハッドに、連れられて、フェイは古屋敷の地下へ繋がる階段を降りていた。
「この屋敷の地下から、行けるの?」
「うん、地下街は元地下シェルターだって言ったでしょ?、この屋敷にも避難用のシェルターがあって偶然地下街へ繋がる地下通路と繋がったみたい」
ギャラハッドが、地下シェルターの扉を開けると僅かに埃が舞う。
地下シェルターの中に入ると、一部の床が崩落して、下の空間と繋がっていた。
「あそこから行ける」
「自然とできた穴には見えないけど?」
ジトーとした目を向けると、ギャラハッドは露骨に目を逸らす。
「ギャラ、怒らないから。正直に言って」
「私は悪くない、脆い床が悪い」
どうやら地下シェルター内を軽く掃除している時に、床が抜けてしまったそうだ。
「地下街に戻りやすくなったからラッキー」
「このままだと入られ放題じゃないの?」
「それは大丈夫」
下の地下通路の先に地下室はないかつ行き止まりなので、来る人間はまずいないという。
ギャラハッドはその説明を終えると、崩れた穴の下は降りる。
フェイもギャラハッドに続いて降りる。
「それじゃあまずは私の住処へ行く」
「ん、ここに繋がったのは偶然って言ってたけど、地下街の地図が頭に入ってるの?」
「それは無理、地下街は入り組み過ぎてて正確な地図を作るのは難しい、犯罪組織が縄張りにしてて入れないところも多い。そもそも地図があっても広すぎて覚えられない」
「穴を開けた後探索したんだ」
「ん、一応。上に行けると思った奴が現れても面倒だし」
「少し歩いたら、見覚えある場所に出たから。そこは運が良かった」
「地下街には具体的に何があるの?」
「地下街は元地下シェルターでアリの巣のようになってる話はしたよね?」
「ん」
「基本的には各地下室ごとにバラックが密集してて、そこに貧民と犯罪者が入り交じって住んでる、それとソイツらを相手に商売をしてる闇商人がいる」
「大体二十人くらいが住んでる小さい地下室が百個くらいあって、百人以上が住んでる大きな地下室がいくつかある、私の住処はその大きな地下室の一つにある」
「ギャラは、地下街に詳しいね」
「調べたから」
「どうして?」
「やりたいことが二つあるから」
ギャラハッドは、肩越しに二本の指を立てる。
「私に手伝える?」
「手伝ってくれるの?」
「ん、ギャラは私の妹探しを手伝ってくれるんだから。それくらいする」
「ありがとう、やりたいことっていうのは人探し」
「二人の人間を探してるの?」
「ううん、一人は人間だけど、もう一人は…」
「魔女」
聞き覚えのありすぎる単語に、フェイは視線を鋭くする。
「どうして探してるの?」
「どっちの話?、人間?、魔女?」
「魔女の方」
「王国の平和を守るため」
ギャラハッドの答えは言葉だけを見ると、軽く見えたが、その口ぶりには底知れぬ重みがあった。
「フェイは魔女を知ってる」
「ん、戦ったことがある」
「勝った?」
「引き分け、殺す手段がなかった」
「魔女と神秘を発露させてない人間だと格の差があるから仕方ない」
神秘、つい数刻前にヒルダの口から聞いた言葉だ。
「ギャラはいろんなことを知ってる」
「そう?」
「ん」
ちょうど会話が途切れたところで、大勢の人の気配を感じる。
「ここが見覚えのある場所」
初めて見た地下室は薄暗く、僅かな汚臭と人の話し声と視線、そして地下室を埋め尽くさんばかりのバラックが目に入る。
ギャラハッドは、腰に下げる魔道具の明かりを消して、ジェスチャーでこちらについてくるように指示してきた。
素直に従うフェイは、ギャラハッドの背中を追いながら、周囲を観察する。
このバラックに住むのは、浮浪者ばかりで、こちらを注意深く観察している。
いや、観察しているというよりは獲物を見定めている目だ、ここの環境はお世辞にも快適とは言えないので、他者から奪うことで生きる糧としているのだろう。
何故地下にもかかわらず僅かに光源があるのか、その正体は発光虫と発光する苔のせいだ。
地下室の壁や天井には、うっすらと蛍光色に発色する苔が生えているのが見えた。
そして住人たちが松明代わりに明かりとして使うのが、発光虫を数匹詰めた小瓶だった。
この僅かな光源を頼りに、地下街の営みは存続している。
「ーーー」
初めて踏み入る世界だが、とりあえず襲いかかってくる人間はいなかったので、フェイにとっては楽だった。
十分ほど歩くと、地下室を抜けて、再び地下通路に戻った。
「なんか黙ってたね」
「地下室を観察してた」
「感想は?」
「私の知っている貧民街と一緒、あそこよりは治安は良かったけど」
「襲われなかったことを言ってるの?」
「ん」
「ここの人間は襲える人間とそうでない人間を見極める目を持ってる。フェイは人の頭を簡単に潰せそうな剣を持ってるから」
ギャラハッドは、フェイの背負う大剣を指差す。
「その点、私は苦労した。襲ってくるやつを片っ端から斬る羽目になった」
「それは仕方ない。私も何も知らなかったらギャラはただの美女にしか見えない」
「むふー、ありがとう」
褒められて機嫌が良くなったギャラハッドは、歩く足を早める。
「途中で話が逸れて中断しちゃったけど、私に協力してくれるんだっけ?」
「ん、協力する」
「そっか、それなら魔女を見かけたら教えて」
「教えてって言われても、私は魔女と人間の見分け方を知らない」
「あれ?、そうなの?」
ギャラハッドは意外そうに目を丸くする。
これに驚いたのはフェイの方だ。
「見分ける方法があるの?」
「なかったら私はどうやって魔女を探すの?」
最もすぎるギャラハッドの言葉に、フェイは確かにと頷く。
「魔法使いなら本能的に分かるはずだけど」
「本能的って言われても」
抽象的な表現に、フェイは首を傾げるが、ギャラハッドはそれしか説明のしようがないという。
(もしかして私の魔法は、私のものじゃないから?)
エルフリーデのことを、他人にあまりペラペラと離したくはないが、ギャラハッドにはなるべく嘘や誤魔化しはしたくないという思いもあった。
「ギャラハッドは私が魔法使いだって分かるんだ」
「うん、魔法使いなら本能的に魔法が使える人が分かる。直感みたいなもの、あっ、この人は私と同類だってね」
「魔女はその逆で、こいつとは絶対に相容れない、対話は無意味で、魔女は人間のことを己の欲を満たす道具の一つくらいにしか思ってないってことが分かる」
「なんか悲しいね」
「本当にね、私はこの世に本当の悪人はいないと思ってるけど、魔法使いにこの論法を振りかざす自信はない」
「ギャラ、私の魔法は正確には私の魔法じゃない」
「?」
「私の住んでる街にエルフリーデって英雄がいて、その死霊と戦って勝った報酬に、彼女から受け継いだもの」
フェイは、己の手の平に冷炎を灯して、ギャラハッドに見せる。
レイジビースト戦までは、得物に纏わせる方法でしか冷炎を操れなかったが、アレシアと一緒にクロードの矢に付与した経験のお陰で、今は冷炎の炎を出すことができるようになった。
冷炎の炎を見たギャラハッドは、一瞬驚いた反応を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「そっか、まだ生きてるんだね。エルフリーデは」
「ん、彼女の魂は私と一緒に生きてる」
「魔法の継承なんて話は聞いた事がないけど、私は信じる。でもそういうことなら魔女の見極めができないのは当然。その魔法はフェイの神秘由来じゃないから」
「だから私は魔女を見分けられない?」
「フェイが自分の神秘を発露させて、自分の魔法を手に入れれば見分けられると思う」
「私の魔法、つまり私は二つの魔法を使えるようになる?」
「さぁ?、私は魔法専門の学者じゃないし」
「それもそっか」
「あっ、そろそろ着く」
ギャラハッドの指差す先、その先には先程見た地下室よりも、数倍の広さの地下室が広がっていた。




