九十三話 古屋敷での出会い
逃げるレレイを必死に追うフェイだったが、レレイの足が速い上に、王都に慣れていなかった結果、見失ってしまった。
「レレは一族で一番足が速かったもんね」
剣では無敵のイリアスや、英雄と呼ばれていたフェイでも、追いかけっこではレレイに勝てなかった。
「ここ、どこ?」
我に返ったフェイが周囲を見渡すと、いくつかの大きな屋敷が立ち並ぶ通りの真ん中に立っていることが分かった。
既に日が落ちて、周囲は真っ暗だ、完全に迷子である。
「帰れないならレレを追うしかない」
そう考えたフェイは、必死に鼻をひくつかせてレレイの匂いを探す。
その様はまるっきり不審者だったが、まともな月明かりがない闇夜では、大剣を背負い目立つフェイでも見つかりようがなかった。
歩きながら考えるのは当然レレイのことだ。
(レレ、生きてた。本当に嬉しい)
あの日ルー族は自分を残して、全滅したと思っていた、しかしそうではなかったのだ。
(レレは多分、昔の私と同じように自由意思を奪われてる)
レレイは断じて殺す殺すと連呼するような戦闘狂ではなかった、会わない間に変わってしまう可能性もあるが、それは限りなくないのではフェイは思う。
(とにかくレレイと話さないといけない)
(変わったといえば知らない剣と剣術を使ってた)
故郷の村で共に戦士をしていた頃のレレイは、長剣と大剣の間の子みたいな剣を使っていたが、セレジェーラ離宮で戦ったレレイが持っていたのは、片刃剣だった。
刀に見えたが、おそらく材質や製造法が違うと思われる。
刀に詳しくない鍛冶師が見よう見まねで打った刀なのではないかと、フェイは考えた。
使っていた剣術は、トウカが使っている剣術に似ていた。
(会わない間に新しい剣術を覚えんだ)
レレイは速さという武器こそ持ってはいたが、特定の剣の型を持たない剣士で、先生に無為自然と称されたレレイの自由な剣風が、フェイは好きだった。
レレイのことを考えながら、彼女の匂いを追っていると、建物が見えた。
「屋敷」
フェイが見上げたのは、古ぼけた屋敷だ、人が住まなくなって久しいのか、屋敷の建物には蔦に絡めとられ、かつて美しかったであろう庭は荒れ果てていた。
門に鍵は掛かっておらず、人気も感じ取れない。
匂いは屋敷の方に繋がっている、フェイは迷わず、屋敷が立つ土地に足を踏み入れた。
外から見えた通り、庭は酷い荒れ果てようだ、セレジェーラ離宮の庭を見物した身からすると、余計にその荒れ果てように、もの悲しさを感じた。
「っ!」
屋敷の方に人の気配を感じたフェイは、背中の大剣に手を伸ばす。
屋敷の扉が軋んだ音を立てて、開くと一人の女性が奥から出てきた。
月明かりに照らされた金色の長髪が輝き、女性の碧眼と目が合った瞬間、フェイは大剣の柄を強く握った。
(この女、只者じゃない)
フェイの直感が告げている、目の前の女はエルフリーデやアレシアと同じような存在だ。
気配は間違いなく人間だが、その規模感ら魔女や竜と同等だ。
「誰?」
女が問うてくる。
会話ができると判断したフェイは、大剣の柄から手を離す。
「フェイ、冒険者」
「冒険者が何の用?」
「妹を探してる、この屋敷に来たはず」
「今日来客は一人もいない」
「でも妹の匂いが、ここには残ってる」
「匂い?、そういえば外套を投げ込んでった不届き者はいた」
一瞬屋敷の中に戻った金髪碧眼の女は、戻ってくると、フードの部分がちぎれた外套を見せた。
「それ!、私の妹が着てた外套!」
(外套を囮にされた、レレイ、やる)
「妹なら姉としてちゃんと教育すべき、見ず知らずの人の家にものを捨てるなと」
「ん、ごめんなさい」
女性の言葉は、酷く正論で、フェイは謝るしかなかったが、今の自分では、レレイとまともに話すことすらできない。
「もしかして妹とは疎遠?」
フェイの落ち込んだ表情を見たのか、女性は気遣うような優しい声音で聞く。
「今日、久しぶりに会った。でもまともに話す間もなかった」
「事情があるみたいだね」
「ん」
「そう、私に兄弟姉妹はいないけれど、姉妹の友達はお互いにお互いを気遣ってすれ違うこともあった。だから話すことを諦めちゃダメだよ」
助言をくれた女性に対して、フェイは最初に抱いた警戒心を解いていた。
この女性の規模感は魔女や竜に匹敵するが、彼女は善人だ。
「助けて欲しい」
フェイは何の外聞も気にせずに、女性に懇願する。
「いいよ」
女性はあっさりと、了承した、そのあっさり具合に頼んだフェイの方が驚いてしまった。
「随分とあっさりしてる」
「そう?」
「私は貴女に何も話してない」
「フェイ、私は目の前で助けを求めている人を見捨てるほど寝ぼけてない」
女性は心外だとばかりに、眉を細める。
「ごめんなさい」
「謝る必要はない、昔友達にお前の善意は優しすぎて猛毒に見えるって言われた、自分が普通じゃないのは分かってる」
「ん、ありがとう、えっと」
「ギャラハッド、呼びにくかったらギャラって呼んで」
「ギャラ」
「妹さん、今から探しに行くの?」
「出来ればそうしたい、妹はその…」
セレジェーラ離宮を襲撃した暗殺者とは説明できないので、フェイは説明の仕方に悩む。
「脛に傷があるの?」
「ん、多分」
「それなら探す場所は逆に簡単」
「そうなの?」
「うん、脛傷持ちが活動する場所は王都にはひとつしかない、地下街」
ギャラハッドは、地面を指差し、その場所の名を告げた。
◆◆◆◆
王都スティレイドには、貧民街が存在しない、あるのは王族とその関係者が住まう城と、貴族が住む屋敷、そして平民の暮らす家。
一見すると治安の良い綺麗な都市と言えるが、それは違う、大勢の人間が暮らす以上掃き溜めというものは必ず存在する。
王都スティレイドに貧民街が存在しないというのは、正確ではない、王都の地上には存在しないという表現が正しい。
スティレ王国の建創期、王都防衛計画の一環として住民が避難する巨大地下シェルターが作られた。
その巨大地下シェルターは王国の発展と共に使われなくなり、やがて本来の目的とは別の形で、使用されることになる。
それは犯罪者と貧民の巣窟だ。
「地下シェルターはアリの巣のように作られていて、正確な地図もないから、犯罪者がそこに逃げ込んだら見つけるのはほぼ不可能に近い。そして王国が気付いた時には、犯罪者と犯罪組織が蔓延り、貧民が大勢住む地下街が出来上がっていた」
古びた屋敷の中に案内してくれたギャラハッドは、フェイが地下街のことを知らないと聞くと、詳しく解説してくれた。
「逆に言うと王都の犯罪者や、貧民は皆地下を目指す。つまり脛傷持ちを探すなら地下街に行くのが手っ取り早い」
「教えてくれてありがとう。ギャラ、一つ聞いていい?」
「なに?」
「この屋敷に貴女は住んでるの?」
「住んでるわけじゃない。でも昔住んでた、今日は旧居を訪ねただけ、不法侵入じゃないよ?」
明かりの魔道具を腰に下げるギャラハッドは、鍵を見せて予め牽制する。
「疑ってない」
「なら良い」
ギャラハッドは、彼女の荷物と思われるものが置かれた部屋に入り、荷物を回収する。
「私の住処は地下街にある、フェイをとりあえずそこに案内する」
「お願い」
「うん、じゃあ行こうか」
ギャラハッド、フェイの二人は王都の地下を目指して、古い屋敷を後にした。




