九十二話 ありえないことと次の行動
時間は戻りクロードより先行するフェイは、廊下を疾駆する。
(襲撃者の気配は五つ、お姫様の気配は動いてない、隠れてる。ソルとヒルダが戦ってる!)
大剣を抜いたフェイは、戦ってる気配のする部屋に飛び込む。
中にいた七人が突然現れたフェイに、一瞬意識を割かれた瞬間、フェイは一番近くにいた黒づくめの剣士に斬り掛かる。
部屋の壁を破壊したフェイと、黒づくめの剣士は、花が咲く庭に降り立つ。
油断なく大剣を構えたフェイの鼻腔をある匂いが通り抜ける。
「え?」
その匂いを嗅いだ瞬間、フェイの瞳から涙が流れる。
理性は死んだはずだと否定する、しかしフェイの魂が覚えている。
この匂いの持ち主を、忘れるはずがない、忘れるわけがない。
それはフェイが一度失った人のものだった。
「レレ、レレだよね?」
「殺す」
「え?」
「邪魔をするなら、殺す!」
黒づくめの剣士の姿が、正面から斬りかかってくる。
当然受け止めたフェイは、一呼吸のうちに五合斬り合う。
「レレ!」
フェイに強烈な前蹴りを打ち込まれた黒づくめの剣士は、ぶっ飛んで、花垣に突っ込む前に、空中で姿勢を変えて着地する。
フェイは地面を蹴り、一息に接近する。
黒づくめの剣士は、マントを広げて剣を鞘に納める。
フェイは知らないが知ってる剣に対して、大剣を投擲する。
黒づくめの剣士は、身を捻って躱すが、そこへ短剣を抜いたフェイが、振り下ろす。
黒づくめの剣士は鞘から半ばまで抜いた剣の刃で受け止める。
「顔を見せて!」
「殺す!」
「それしか言えないの!?」
黒づくめの剣士が押し返す力を利用して、飛び上がったフェイは、フードを掴んで引き倒す。
しかし黒づくめの剣士は、それに抗いその場で軸足を起点に回転し、引き倒されることだけは防ぐ。
その代わりにフードがちぎれた。
「…やっぱり、レレだ。レレイ・ソニンク・ルー!、私の妹!!」
「ーーー」
忘れるはずがない、あの時一緒にジークフリートに立ち向かい、共に敗れ死んだと思っていた血の繋がった妹。
自分と同じ白髪は手入れをしていないのか、随分とボサボサで、尻尾の毛艶は酷いもの、そして同じ青色の瞳は殺意に染まっていた。
それでもフェイの記憶するレレイだった。
事情は分からない、どうして殺意を向けてくるのか、それでもフェイはレレイと再会できたことが何よりも嬉しかった。
戦闘中にもかかわらずフェイは溢れる涙が止まらなかった。
「フェイ、姉」
殺意に染まるレレイの瞳から一筋の涙が流れて、地面に落ちる。
その瞬間、フェイにはレレイの瞳の奥に渦巻く何かが見えた。
「フェイ!」
ソルの声が聞こえるのと背中越しに、殺気を感じるのは同時、振り向いたフェイの目に入るのは、投擲された液体で満たされた小瓶。
フェイは、リベルタの貧民街で食らった目くらましの煙を想起する。
しかし迎撃を選べば、背中をレレイに狙われる。
二択を迫られたフェイは、地面を強く蹴り、爆発的に広がった目くらましの煙から逃げる。
目くらましの煙を食らってしまうので、レレイには襲われないことは分かっていた、目くらましの煙瓶を投擲してきた暗殺者を警戒したが、予想に反して暗殺者は襲ってこなかった。
怪訝そうに眉を顰めるフェイだったが、レレイの気配が遠ざかる。
「待って!、聞きたいことが山ほどある!」
フェイは全てを忘れて、ただレレイを追うことに夢中になり、セレジェーラ離宮を離れた。
◆◆◆◆
フェイが暗殺者を追いかけたことが、非常に気になるクロードであったが、シャクスを放っておくことはできなかった。
「フェイ、一体何があった。放置できない脅威だった?、それとも…ああ、クソ!」
じっとしているのは性にあわない、無性に部屋の中を歩き回ろうとしたところへ、ソルとオルリリア姫が駆け込んでくる。
「シャクス!」
「ああ、シャクス」
二人は、挙動不審なクロードに目もくれず、備え付けのベッドに寝かされたシャクスに駆け寄る。
シャクスに息があることを確認したソルは、クロードの方を向く。
「クロード、外の死体は?」
「シャクスを襲った暗殺者だ、俺が殺した」
死体をシャクスと同じ部屋には置けないと思い、ヒルダが出ていったあとすぐに、部屋の外に出したのだ。
もちろん毒のナイフも回収済みだ。
「クロードにはいくら感謝してもしきれない、本当にありがとう」
「まだ命が助かったと決まったわけじゃない、礼はまだ取っておけ」
「クロード、もしシャクスの命が助かったと分かった暁には、貴方には私にできる範囲で望むもの全てを与えましょう」
「姫殿下、そういった話は全部シャクスの安否を確定させてからにしましょう」
「そうですね、けれど貴方が駆けつけていなければ、こうして安否を祈ることもできませんでした。ですから、ありがとうと言わせてください」
この部屋に近づいてくる気配を感じ取ったクロードは、一瞬身構えるが、それは見知った気配と一緒だ。
「おいおい、いくら遍歴騎士と言えども乱暴に過ぎんかね」
「人の命がかかっているんだ、文句を言うな」
「この死体かね?」
「そんなわけないだろ、患者はシャクスだと言っただろう」
部屋の中に入ってきたのは、ヒルダと初老の男。
「ルイゲン殿、こっちです」
「ふむ」
ルイゲンと呼ばれた初老の男は、杖を抜き診察を始める。
「毒をもらったようじゃが既に解毒済みか、これであれば治癒魔術をかけても問題あるまい」
引き裂かれたタオルでぐるぐる巻きにされた左腕に、杖を向けると、シャクスの左腕が光に包まれる。
治癒魔術、クロードも何度も命を救われた魔術だ。
人間の外的損傷を魔力を代価に治癒することができる高等魔術、原理についてはクロードはよく知らない。
やがて光が収まると、ルイゲンは杖を仕舞う。
「布を取ってみよ、傷が塞がっているはずじゃ」
チラリとオルリリア姫に確認を取ったソルは、許可を得て、タオルを取る。
そこには薄らと切り傷の痕が残っていたが、傷は塞がっていた。
「ありがとうございました、ルイゲン殿」
「うむ、それが儂の仕事じゃからな。他に怪我人は?」
「私と姫殿下は大丈夫です」
「私も」
「お主は?」
「特に怪我はしていません」
「てか、誰じゃお主?」
「彼は姫殿下の客人だ、名前はクロード・イグノート。クロード、紹介する、この爺さんは宮廷治癒師のルイゲン・エル・セルバンです」
「ルイゲンじゃ」
「クロードです」
「お主か、シャクス殿の毒を解毒したのは」
「はい、何故そうだと?」
「消去法じゃよ、お主が一番可能性が高い。シャクス殿は運がいいのう」
「毒というのは多種多様じゃ、よく盛られた毒の種類が分かったのう」
「賭けでした、壊死毒だっていう確証はなかった、それでもシャクス様は俺に命を預けてくれた」
「ほうほう、真に運が良かったとはのう」
「ルイゲン殿、好奇心を見せるのは程々に。姫殿下、これからどう動きますか、半ば巻き込まれた形とはいえ、私は今回の件が片付くまで協力するつもりです」
「それは真ですか?」
「はい、陛下には後で私から伝えておきます」
「いいでしょう、ヒルダ、貴女にはシャクスの代わりに私の右腕になっていただきます」
「ソル、暗殺者の侵入経路を調べなさい、王城に暗殺者を手引きできる者など限られています」
「はっ!」
「ヒルダ、貴女は襲撃を王城護衛隊に伝えなさい」
「はっ」
「イドリラ」
「はっ、ここにおります」
イドリラは気配を薄めて、ずっと隠れていた、クロードは当然気付いていたが、ルイゲンは突然現れたイドリラに驚く。
彼女もオルリリア姫の護衛だ、おそらくソルが表の護衛で、彼女が裏の護衛なのだろう。
「シャクスが死んだと情報を流しなさい」
「承知いたしました」
「ルイゲン殿、貴方にも手伝ってもらいますよ」
「シャクスの死の偽装に協力せよというのじゃろう?」
「殿下の命令を拒否できるわけがなかろうに、口裏を合わせればいいんじゃな?」
「ええ、貴方のお力があればシャクスの死を偽装できます」
敵はシャクスが死んだと判断して、撤退したのだ、もし生きていると分かれば、また狙われる可能性がある。
それならば死んだと思わせたままの方がかえって好都合だ。
的確に指示を飛ばす姿は、姫殿下と皆に慕われるだけのカリスマが見て取れ、クロードはどこか小説のワンシーンを読んでいるような気持ちになっていた。
「クロード、貴方にはお願いがあります」
「お願い、ですか?」
「お願いです」
「なんでしょう?」
「シャクスを匿ってはくれませんか?」
「俺が?、でも俺は…」
「王都に明るくないことは存じています、私の臣下が所有するセーフハウスで、シャクスが目覚めるまで護衛して欲しいのです」
「護衛ですか」
「はい、それとシャクスは目覚めたら必ず己を殺そうとした犯人を探そうとします、それに協力して欲しいのです」
クロードは悩む、本音としては今すぐフェイを追いかけたい気持ちがあるが、フェイがセレジェーラ離宮に戻ってくる可能性もある。
(外はもう真っ暗だ、土地勘のない都市で闇雲に探すのは得策とはいえない。それに…)
フェイが暗殺者を追わせた理由も気にはなるが、この襲撃自体気になることだらけだ。
セレジェーラ離宮は、王城アグラシエスの端っことはいえ王城の一部には間違いはない。
暗殺者にそう易々と侵入を許す場所ではない、オルリリア姫が言っていたように、暗殺者は何者かに手引きされた可能性が高い。
クロードはチラリと、ヒルダの様子は伺う。
彼女は視線に気付き、片目を瞑った。
(ヒルダはやっぱり何か知ってる、彼女がオルリリア姫に協力する動機も不明だ。騎士としてなんてありふれた理由じゃないはずだ)
それでもヒルダが情報を出さないのは、明確な理由があるはずだ。
クロードの勘は、情報を集めろと言っている。
「そのお願いを受けるには一つ、追加でやって欲しいことがあります」
クロードの進言に、オルリリア姫は目を見開くのだった。




