八十五話 闇法師戦と古代兵器の最期
フェイと忘れられた戦士の戦いは、力のぶつかり合いだった。
二人が斬り合う度に、空間を破壊するかの如き轟音が響く。
生前、この戦士はその剛力でもってその武名を轟かせたのだろう。
剛力はフェイも得意とする分野だ、ただしフェイの武器は剛力ではない。
フェイという戦士の強さの根底にあるのは、戦闘知能の高さだ。
豊富な戦闘経験に裏打ちされた状況判断、戦力の分析、素早い思考速度、咄嗟の決断力、武に対する理解の深さ、心理戦を介した駆け引き、フェイはおおよそ戦闘に必要な能力の全てを有している。
故郷では生まれながらの戦士と評されたように、こと戦いに関しては無類の才を持つ。
それがフェイ・バルディア・ルーである。
振り下ろされた戦士の刃をフェイは片手で受け止めた。
「っ!」
闇法師にかつての意思は残っていない、それでも戦士の肉体に刻まれた戦闘経験が、驚愕の反応を引き出す。
剛力が持ち味の自分の剣が剣や防具ではなく、素手で受け止められたことへの驚きだ。
跳ね上げられた戦士が、死に体になったところへフェイの大剣が振り下ろされる。
「貴方の無念は私が引き取る」
両断され塵となって消え失せる戦士を、フェイは静かに見送り、小さな心臓の一つが爆散した。
◆◆◆◆
グレイシアが相対する異国の剣士の戦いとの戦いは、一方的だった。
グレイシアが選んだのは槍と剣のリーサ差を活かした、相手に防御を強いる突きを主体とした攻撃の嵐。
「すぅ」
グレイシアは息を吸い、鋭く踏み込む。
ほぼ同時に三つの急所を突き、剣士の防御を崩す。
防御が揺らいだ隙をつき、更なる突きと薙ぎ払いの連打を加え、剣士に手傷を負わせる。
急所だけは守った剣士の手際に、グレイシアは笑う。
「貴方の剣からは長年の修練で積み重ねてきた研鑽が伝わってくるわ」
槍の握り方を少し変えたグレイシアは、踏み込み、突きを放つ。
打ち払い、反撃を狙った剣士の思惑は、グレイシアの技巧によって、覆される。
穂先がブレて、剣をすり抜け、槍の穂先が剣士の心臓を貫く。
「だからこれは貴方への礼儀よ」
槍の握りを変えることで、槍を意図的にしならせ、槍の穂先を自在に操作する高等槍術。
「"秘槍・朧突"、さようなら、異国の剣士」
心臓から槍を引き抜き、グレイシアは剣士の首を落とした。
異国の剣士は二度目の死を迎え、小さな心臓の一つが破壊された。
◆◆◆◆
ボリス・ハルベルトはリベルタでは多くの知られている有名人だ。
彼が務める治療院を利用するのは、何も冒険者だけではない、訓練や任務で怪我を負った騎士や衛兵、平民も怪我をすれば、治療院へ来る。
その治療院に務める治癒師の中でも、最も目立つのがボリスだ。
その強烈な女装姿は彼を見たものの記憶に強烈に刻み込まれるのだ。
ボリスとて子供の頃から女装をしていたわけではない、むしろ治癒師の両親の元で治癒魔術を学び、地元のリベルタの治療院に務めるごく一般的な治癒師になるはずだった。
しかしリュウセン流拳法の達人マリックとの出会いが、ボリスの価値観を根底から変えた。
マリックは治癒魔術を修めた治癒師でありながら、冒険者をやっている、異色の経歴の持ち主で、何故か男性でありながら女装している生粋の変人で、王都から移籍してきたにもかかわらず、一瞬で有名になった。
リベルタの治療院で二人は出会った。
ボリスは気になって聞いてしまった、何故女装をしているかと。
『女性になりたいからだけど?』
『どうして?』
それは素朴過ぎる答えに対する純粋な疑問であった。
『私の師は特異な体質の持ち主で、男性でありながら女性でもある両性の人だったのよ』
『そんな体質が…』
『聞いたことがないでしょ?、私も師しかその体質を持つ者を知らない、任意で性別を切り替えることができる、その力を使いこなした師は最強の拳士だった、私が女装している理由は分かったかな?』
『分かりました、でもマリックさんは治癒師なんですよね?、何故冒険者に?』
『その質問は違うね、順序が違う、私は冒険者になってから治癒師になったのよ』
『ええ!?』
ボリスが驚くのも無理はない。
怪我を治すことができる治癒魔術は、《医聖》と呼ばれた魔術師エラドールによって確立された最難関の魔術である。
人体の構造に対する理解度の高さ、魔術理論の的確な解釈、治癒という現象の想像力、基礎的な治癒魔術を使うに足る基礎魔力量。
治癒魔術を修得することができるのは限られたごく一部の魔術師だけである。
エラドールの直弟子たちは治癒魔術を世間に広めることはせず、自分たちの子孫のみに伝えた。
そのために治癒魔術は門外不出であり、外に出ることは滅多にない、マリックのように後天的に治癒魔術を修めたケースはほとんどないだろう。
『驚くことはないんじゃないかな?、順序は違えど君だって治癒師でありながら冒険者に憧れているんだからね』
『!!』
『何もせずに後悔するより、やってみる、だから君は私に話しかけてきたんでしょ?』
その後、ボリスはマリックの弟子となり、十五年後、銀にまで上り詰めた。
◆◆◆◆
ボリスと拳士の闇法師の戦いは、凄まじい数の拳の応酬だった。
拳が飛び合い、致命傷だけは避ける為、お互いに生傷が増えていく。
ボリスは相手の拳を受けながら、喜びながら落胆していた。
ボリスが戦う手段として、拳を選んだのは、武器を使う才能がからっきしだったからだ。
マリックに師事して、学んだことは数多いが、その中でも、相手の力量を見極める技術も教わった。
目の前の闇法師の拳の鋭さは、自分に匹敵するか、それ以上だ。
しかしその拳は空っぽだ、その空虚さが拳の鋭さを著しく鈍らせている。
魔女へカテーの死者蘇生は、あくまで死体を操るに過ぎないと言うことだ。
突如防御を止めたボリスの頬を、闇法師の拳が打つも、ボリスは小動もしない。
「"崩掌"!」
ボリスの一撃が、闇法師の肉体を撃ち抜き、内臓を蹂躙し、心臓を破壊する。
崩れ落ち、消え去る名もなき拳士をボリスは見送り、最後の小さな心臓が破壊された。
◆◆◆◆
「作戦は成功か」
転移魔術が使えるようになり、五つの小さな心臓が破壊されたことを確認したアレシアは、クロードたちを脱出させるべく、転移魔術を発動する。
そこらかしこで爆発が起こる中、レイジビーストは強引に頭部を上げて、それを変形させる。
「まだ何かやろうとしてるの!?」
転移魔術で、皆を自分の近くに転移させたアレシアは、レイジビーストの変化を見取り、高く飛び上がる。
変形したレイジビーストの頭部に現れたのは、巨大な砲身、アレシアの目には砲身に大量の魔力が集まっているのが見えた。
「ちっ、死にぞこないが、悪足搔きを!」
砲身の狙いはおそらく、リベルタだ、絶対に撃たせるわけにはいけない。
「クロード、狙える?」
「当然、ただ砲塔を破壊するには火力が足りない」
クロードとフェイの会話を聞いたアレシアは、己が魔術師であることを思い出す。
「クロード、爆裂矢を出して」
「ん?、分かった」
クロードは、一瞬疑問を覚えるもすぐにアレシアに渡す。
爆裂矢は、鏃が爆破石という特殊な鉱石で作られている弓矢だ。
爆破石は、少しの衝撃で石に宿る魔力が反応し、爆発する非常に扱いにくい鉱石だが、逆に冷水などで冷やすと強力な爆発力が抑えられ、加工が可能になる。
ただしその加工を行なえる弓矢職人はそれほど多くなく、なおかつ使い切りで高価な爆裂矢を持ち歩いている弓使いは少ない。
クロードは、例外の一人である。
爆裂矢を受け取ったアレシアは、鏃に己の魔力を注ぎ込む。
爆裂矢用に加工された爆破石は小さいので、すぐに許容限界を超えて赤熱化し、爆発しそうになる。
「フェイ、凍らせて」
「ん、やってみる」
フェイは、今まで"冷炎"で何かを凍らせた経験はなかったが、"冷炎"で凍ったものを見たことはある。
短剣を抜いたフェイは、刃に"冷炎"を纏い、鏃に合わせて、冷炎を伝わせる。
炎が鏃を凍らせる光景に、冒険者たちは目を奪われる、ランスロットもだ。
「凍てつく炎、まるで伝説のエルフリーデ様みたい」
グレイシアの呟きに、アレシアは微笑む。
"冷炎"の魔法たる所以は、燃焼と冷却の二つの特性を持っていることに他ならない。
常識ではありえないとされる現象を起こすのが魔法だ。
"冷炎"で凍らせれば、爆破石の爆発反応を抑えることなく、冷却することができる。
それにより、アレシアは本来ではありえない量の魔力を爆裂矢の鏃に注ぎ込むことができる。
アレシアとフェイの協力により、ものの数秒で本来の爆裂矢の性能とは一線を画す弓矢が、クロードの手に渡される。
とはいえ、どんな性能の弓矢であってもクロードにとっては、ただの弓矢に過ぎない。
クロードは呼吸をするかのように、矢を弓に番えて、弦を引き絞り、矢を放つ。
矢の着弾と砲塔に集まる魔力の臨界点は同時だった。
空気を震わせる爆発が起きて、巨大な砲塔が巻き込まれ、消滅し、遅れて、爆発の衝撃波と音がクロードたちを襲う。
クロードの弓矢による爆発は、レイジビーストにトドメを刺し、一際大きな爆発が起きて、レイジビーストが爆散する。
かつて大陸の都市を蹂躙した古代兵器は、一本の矢によって、その長い稼働期間を終えた。
「姿は変わっちまったが、残骸遺跡、二年前の借りはきっちり返したからな」
クロードの言葉は、二度目の爆発の衝撃波に包まれたが、冒険者たちの耳にはしっかりと聞こえていた。




