八十三話 ランスロットと闇法師
レイジビーストに接近するとその巨大さを否が応でも痛感するが、レイジビーストを倒そうとする冒険者たちに恐れはない。
アレシアの転移魔術により、レイジビーストの足元に転移したトウカとエドモンドもそれは同じであった。
レイジビーストにとって人間の二人は小さすぎるので、その接近をすぐには感知できなかった。
巨大な前脚に取り付いた二人は凄まじい速度で、駆け上がる。
ものの数十秒で、前脚の関節部分に辿り着く。
狙うは脚が地面に降りた瞬間、二人は示し合わせたかのように、それぞれの得物を抜く。
「”藤森流奥義 藤切”」
「”豪天撃”」
その二つの一撃は派手な音も何もなく、ただ一陣の風のように刃が振り抜かれた。
一呼吸の間を置いて、レイジビーストの二本の前脚が関節部分で、斜めにズレる。
レイジビーストの自己防衛システムは大混乱に陥るが、物理法則に逆らえるはずもなく、前脚の足部を失ったレイジビーストは、地面に前脚の残骸を突き刺して、停止する。
「"転移"」
アレシアの魔術により、五人の人間が、レイジビーストの上空に転移する。
レイジビーストの自己防衛システムが、すぐに接近に気付き、複数の砲塔を展開するが、それと同時に無数の分身体が、空を覆う。
気配を同化させ、精巧な魔力偽装により魔力探知ですら見つけることが難しいランスロットを除いた四人の分身体は、その数の多さもさることながら、魔力が含まれていることから、視覚と魔力探知に索敵を頼っているレイジビーストには本物を見抜くことができない。
それでもレイジビーストは、ひとつでも分身体を減らそうと、砲塔を連射する。
クロードのすぐ近くで分身体が、砲弾に貫かれ爆発する。
「おっと、これが人間の戦争に使われてたってんだから驚きだな」
「『人は人の業でその身を滅ぼす』」
聞き覚えのない声に、クロードが首を振るとランスロットと目が合った、ような気がする。
「お前っ!?」
「『爆発音がうるさいから、今なら話せる』」
「話せるって、なんで急に?」
「『クロード、貴方と一度話してみたかった』」
「こんな状況でか!?」
「『うん、人前では話せない契約なの。こういう特殊な状況じゃないと話せない』」
「そこまで俺と話す理由はなんだ?」
「『勘、ただ私が話せるチャンスは少ない。私はそのチャンスを逃したくない』」
「…話すつってもこの状況で何を話すんだよ」
「『んー、お互いの趣味とか?』」
「見合いかよ」
「『私は剣が振るのが趣味』」
「人の話を聞け!、はぁ、俺は趣味らしい趣味はないぞ」
「『それなら休日は何をしてるの?』」
「休日?、最近は恋人と何もせずダラダラしてることが多いな。そっちは?」
「『私は剣を振っている』」
「さっきと答えが同じだぞ」
「こっちも質問してもいいか?」
「『構わない』」
「お前は魔女か?」
クロードは一つの確信を持ってその問いを口にした。
問われたランスロットは、何も答えなかった。
「その反応で良く分かったよ、あんたは魔女じゃない」
「『…何故そう思う?』」
「俺の質問を聞いた瞬間、あんたは怒った。まるでお前は犯罪者だと言われたみたいにな」
「『私は怒ってない』」
「いいや、怒ってた。怒り方は人それぞれだが、主たるものは二種類、大声で怒鳴るか、黙って内に溜め込むか、あんたは後者だ」
「『質問に答えたくなった可能性もある』」
「ねぇよ、この質問に答えないということはつまり、自分が魔女だと言っているようなものだ」
魔女の攻撃直後でそんな愚行をする輩が、特殊過ぎる仮面を着けているはずがないと考えた。
「『貴方の論理はおかしい、それなら質問する前から私が魔女ではないと確信していたような口ぶり』」
「してたさ、あんたがこの戦いに協力してくれたのは、フェイに頼まれたからだ。人に頼まれて協力する魔女がいたら、そいつは魔女失格だな」
人間と魔女は共存できない、魔女とは二回しか会ったことはないが、それだけはクロードにも理解できた。
「『ふふ、確かに。クロードはすごいね、手玉に取られた』」
「別に大したことじゃない、あんたが腹の探り合いに向いてないってだけだ」
「『それでもクロードは凄い、夫にするなら貴方のような人がいい』」
「はは、光栄だな」
ランスロットとの会話がちょうど終わったところで、砲弾の雨をくぐり抜けたクロードたちは、レイジビーストの背に着地する。
皆の全身を覆っていた魔術の風が真下に強烈に吹き付けることで、無事に着地することに成功した。
無数の砲塔が、背に着地したクロードたちを、狙う為に射角を調整する間に、フェイが思いっきりその背に大剣を振り下ろす。
魔術師が放つ強力な魔術に耐えるように設計されているレイジビーストの装甲は、純粋な物理攻撃には無力だった。
フェイにより切り裂かれた隙間から、五人はレイジビーストの中に入り、それぞれの目標まで走る。
アレシアが作り直した地図は正確で、最初に降りる場所を決めていた為、現在地を確認できた冒険者たちとランスロットの動きは速く、ものの数分で、それぞれの目標地点に到着した。
「まぁ、いるよな」
小さな心臓がある部屋の扉の前に、全身が闇で造られた影が立っていた。
「死んでもなお魔女に利用されているお前を見ると、憐憫を覚えるよ、勇者様」
『ーーー』
物言わぬ影になってしまった勇者レオン、かつては怒りに任せて半殺しにした相手だ。
「お前のことは嫌いだったが、死後が辱められていいとまでは思ってない、すぐに終わらせてやる」
クロードは弓と短剣を構えた。
一方、他の皆も闇の魔女ヘカテーが置いていった闇法師と対峙していた。
フェイの前に立つのは、屈強な戦士で生前はかなりの腕前の持ち主だったのであろうことが、立ち姿から感じられた。
「生前は高名な戦士だったと見受ける。私はフェイ・バルディア・ルー。任せて、長くは苦しませはしない」
冷炎を纏うフェイは、静かに告げる。
グレイシアの相手は、トウカと似たような衣装を着た剣士だった。
その構え方から、生前は名の知れた剣士であったでのあろうことが想像できた。
「貴方を魔女の支配から解放してあげるわ、異国の剣士さん」
グレイシアは鋭く槍を構え、腰を落とす。
ボリスの相手は、彼と同じ徒手空拳の使い手のようで、その構えはボリスの構えとどこか似通っているに見えた。
「先達か、同門か、どちらにせよ死者を弄ぶ所業は万死に値するわ」
治療院で数えきれない死を見てきたボリスにとって、死者を侮辱する行為は最も忌むべき行為の一つだ。
「貴方を苦痛から解き放つわ」
ボリスは拳を柔らかく握った。
「『ーーー』」
ランスロットが、相対したのは鎧を着た騎士の闇法師、その騎士は悠然と剣を構えており、生前の実力の高さが感じ取れた。
ランスロットは、一歩、前に踏み出す、腰に差した長剣に触れることすらせずに、ただ前へと歩く。
闇騎士の間合いのギリギリ外側で止まったランスロットに、闇騎士は斬りかかる。
斬りかかった、はずだった、闇騎士の体が斜めにズレて、そのまま崩れ落ちる。
ランスロットがやったのは、右手の手刀を袈裟に振っただけ、それだけで闇騎士は斬られた。
「『ーー』」
大きな扉を見つめたランスロットは、長剣を鞘から抜く。
一瞬手元がブレると、扉が両断され、その奥にあった小さな心臓もぶった切られて、白煙を上げながら、爆発した。
ランスロットは、静かに長剣を鞘に納めた。




