六十五話 褒美とフードの女性
浮雲商会、その名称は何度か聞いたが、実際に浮雲商会の建物を訪れると、その大きさに驚かされた。
「大きな建物だな」
「月並みな感想でござるな」
「それ以外にないだろ」
馬車を追いながら、建物の中に入ると、多くの馬車が止まり、商品と金貨を取引している光景が見える。
そして馬車を待っている人が見えた。
「凛月殿、良くぞ、参られた。歓迎しよう」
「陸殿、ご創建なようで何より」
凛月は陸と呼んだ男との挨拶もそこそこに、御者台から降り、馬車の扉を開ける。
トウカ、ゲンサイの順に降りてきて、最後にアヤヒメが降りてくる。
『アヤヒメ様、お初にお目かかります。マリアルード分店を預かる齋藤陸と申します、この度は長旅お疲れ様です』
『お気遣いありがとうございます、陸様』
ヤトガミ語で会話した二人は、やがて陸と呼ばれた男は立ち上がる。
「お二人が綾姫様を救ってくださった冒険者でしょうか?」
「そうだ」「ん」
「誠に感謝致す、凛月殿や源佐様から礼は受け取っているが、私からも言わせて欲しい」
「受け取るよ」
「ん」
一行は陸に連れられ、商会の応接室に案内された。
「改めて、浮雲商会マリアルード分店を預かる斉藤陸と申します」
「冒険者のクローバー・イグノートだ」
「同じく冒険者のフェイ・バルディア・ルー」
「陸殿、某と綾姫、凛月は荷物を片けるために失礼しよう」
「分かりました、客間を使ってください」
「うむ、助かる」
源佐は察して綾姫を連れ出してくれた刀華に内心で感謝をする。
「クロード殿、フェイ殿、綾姫様を救った功による褒美について考えてくれたか?」
「二人で色々考えたが、やっぱり金貨が一番良いと思ったんだがどうだ?」
「金銭でいいのか?」
源佐は少し意外そうな顔で聞き返してくる。
「一番分かりやすいだろ?」
「確かにそうだが…」
「お金は駄目?」
「そうではない、ただこちらはそれ以外のものを準備していたという話だ」
「それは別の誰かに渡してくれ、俺とフェイは金貨をそれ以外千枚ずつ報酬として貰いたい」
「分かった、陸殿」
「はい、どのような形でお渡しすれば?」
「冒険者ギルドに冒険者個人の口座がある、そこに送ってくれ、クロード・イグノートとフェイ・バルディア・ルー、等級は俺が銀でフェイは黒だ」
「承知しました」
陸は素早く羽根ペンとインクを取り出し、羊皮紙にメモを取る。
「金貨とは別に二人に送りたいものがある」
そう切り出した源佐は、懐から紋章が描かれた綺麗な手のひらサイズの小箱が二つ、机の上に置かれる。
「これはヤトガミで印籠と呼ぶ装飾品だ、武士はこれに薬や香料、火打石を入れて常に身をつけている」
「小物入れってことか?」
「その認識で構わない、この印籠は神代家の家紋が描かれたもので、神代家の人間もしくは神代家に認められた者か所持できない。これを二人に差し上げよう」
クロードとフェイはそれぞれ印籠を手に取る。
「随分と上等なものに見えるが本当にいいのか?」
「綾姫様よりお渡しするように仰せつかった」
「アヤヒメが。後で直接お礼を言う」
「是非そうして欲しい」
印籠を受け取ったクロードとフェイは、用を終えた源佐と一緒に応接室を出る。
「そういえば聞いてなかったが、お前たちはいつの船に乗るんだ?」
「二日後に出発する船に同乗する予定だ」
「それまでにどこかに出かける予定はあるか?」
「それは姫様次第だな、マリアルードの街並みをご覧になりたいとおっしゃるかもしれない。何故そんなことを聞く?」
「俺とフェイの仕事はアヤヒメの護衛だからな。アヤヒメを無事に船に乗せるまでが仕事の範疇だ」
そういってアヤヒメと凛月のいる部屋へ向かったのだが。
『私は部屋で身体を休めますので、クロード様とフェイ様はご自由になさって構いませんよ』
アヤヒメにそう言われてしまったので、クロードとフェイは海を見るために、街へ繰り出した。
「アヤヒメもさすがに疲れたか」
「ん、そうかも」
「突然誘拐されて遠路はるばるこんなところまで来てやっと帰れるんだ、俺達も最後まで頑張らないとな」
「ん、"深紅の君"と戦ったのが結構前に感じる」
「それは英雄様と戦ったせいだろ、強かったからな」
「ん、強かった」
「あれはどうなんだ?」
「まだ無理、実戦で使える段階じゃない」
「使いこなすのは骨が折れそうだな」
「本当にそう、身になるのは先の話だと思う」
「鍛練だったらいつでも付き合うぞ」
「ん、お願い」
話をしているうちに、潮風の独特な香りが二人の鼻腔をくすぐる。
大通りを抜け、港へたどり着くと停泊する大きな帆船がいくつか目に入る。
「近くで見るとより大きい、これが動くの凄い」
「何十人もの乗組員がいて、やっと動かせるらしいぞ」
「アヤヒメたちはこんな船に乗るんだ」
フェイの瞳は好奇心で輝いていた。
「海の向こうに興味があるのか?」
「ある、クロードは?」
「あるよ、冒険者だからな。ただ…」
クロードは一瞬言葉に詰まり、背後に視線を向ける。
「クロード?」
「いや、なんでもない。ただ家を長い間放置するから信用できる管理人を雇わないといけないと思っただけだ」
「ん、確かに。でもヤトガミに行ってみたい」
「アヤヒメに約束したしな」
「え?、クロード、フェイ?」
突然名前を呼ばれた二人が視線を向けると、そこには見知った顔の騎士が驚き顔で立っていた。
「ソル?」
オールレイル山脈の山頂で共に死線を越えた遍歴騎士ソルがいることに、クロードは驚きを隠せなかった。
「ソル、どうかしたのかしら?」
「姫、じゃないリア様、えっと、あの…」
ソルの後ろからフードを目深にかぶった女性が出てくる。
さらに慌てるソルを尻目にして、外套を着た女性が前に出てくる。
碧眼の奥に理知的な光を感じ、クロードは警戒心を上げる。
(この女はアレシアやヴァネッサと同じ類いの人間だ)
「ほう、私を見ただけで警戒心を抱きますか。無知蒙昧の輩とは違うようですね」
「無知蒙昧のままで生きられなかったものでね」
自然と女性の視線はフェイの方を向く。
「武芸に関しては素人同然ですが、貴女と渡り合える者は王国広しと言えど片手で数えられる程度でしょう、その武威を誇りなさい」
「ありがとう?」
突然褒められたフェイは首を傾げながら、礼を返す。
「シャクス!、初対面の相手にそれはないだろ」
「貴女が呆けていたので、話し相手になったまでです。リア様」
シャクスと呼ばれた外套の女性は、ソルと入れ替わるように、フードの女性に話し掛ける。
「はぁ、コホン。二人にここで会うとは思わなかった」
「それはこっちの台詞だが、随分と強烈な友人を持ってるんだな」
「友人ではない、同僚だ」
「仕事中?」
「ああ、職務中だ」
フードの女性と外套の女性、そして遍歴騎士のソルがいる事実、猛烈に嫌な予感がしたクロードはフェイの手を取る。
「ソル、仕事中に邪魔するのはあれだし俺たちは浮雲商会ってとこに世話になってるから…」
「お待ちください」
立ち去ろうとしたクロードをフードの女性が呼び止める。
「私の騎士が認めた冒険者、このような形でお会いできるとは思ってもみませんでした。幸運に感謝しなればなりませんね」
話し方だけで分かる、このフードの女性は只者ではない。
「また機会がありましたらゆっくりお話しいたしましょう、観光を楽しんでください」
「ああ、どうも」
クロードは言葉少なにフェイと一緒にその場を立ち去る。
「クロード、あのフードの人のことを知ってるの?」
「いいや、ただソルがいる時点で大方の予想はつく、関りを持たないのが一番だ」
「誰?」
「王族だ」
クロードの言葉にフェイは目を丸くした。
足早に立ち去るクロードたちの背を見送ったフードの女性は笑みを零す。
「ふふ、ソルの言う通り男性の方は危機察知の能力が高いようですね、お礼を兼ねて臣下に加えようと思ったのですが」
「ひ、リア様、あの二人は…「分かっていますよ、ソル」」
「貴女の友人を蔑ろにはしません、自らの目で確かめたまでです。シャクスはどう思いましたか?」
「味方に付けたいのであれば金貨を支払うのが良策です、仕事には真摯な輩だと思います」
「金貨ですか、マリアルード侯爵が気に入りそうな職種なのですね、冒険者というのは」
「騎士とは違う人種ですよ、貴族と平民の身分の差による価値観の違いとも言い換えられますが」
「あの二人と顔を合わせただけでも、街へ出た甲斐がありました」
フードの女性はクロードたちが去った方向を一瞬見て、再び歩き出した。




