六十四話 出立とマリアルード
二日後、準備を終えたクロードとフェイは再びトウカの屋敷を訪れた。
屋敷の入口で既に馬車が待機しており、トウカたちが準備をしているのが見えた。
「クロード、フェイ、来たでござるか」
「よ、準備は終わってるか?」
「既に整ってござる」
トウカの馬車は立派なもので、引く馬たちは丁寧に世話された上等な馬で、馬車も頑丈で荒れ道でも問題ないように見える。
「良い馬車だな、さすがは大屋敷の主様」
「嫌味でござるか?」
「褒めてるんだよ、俺には無理だからな」
「クロードは依頼で稼いだお金をギルドの口座に眠らせておくだけでござるか?」
「そんなことはないが、お前ほどは手広くやってないな」
「トウカはお金持ちなの?」
「世間一般にはそうであろうな」
「凄い」
「フェイは素直でござるな、相棒とは大違い」
「一言余計だろ」
クロードたちが雑談している間にも源佐と凛月が出発の準備を整えた。
「刀華様、準備が整いました」
「うむ、感謝する」
屋敷から大鶴と白鷺に連れられた綾姫が現れ、馬車に乗り込む。
「クロード様、フェイ様、お願いします」
「ああ、任せておけ」
「ん」
「姫様、いってらっしゃいませ」
「屋敷のことは万事お任せください」
二人の忍者の他、二人の武者が主人を見送るために現れる。
「姫様、ご武運を」
「姫様、お気をつけて」
「弥助、宗一郎、留守を頼む」
「「御意」」
臣下に見送られて、トウカは馬車に乗り、手綱はリツキが取って、クロードとフェイは馬車の前と後ろに別れて歩き、一行はリベルタを発った。
◆◆◆◆
思えばクロードと出会い、冒険者になってから初めてリベルタ以外の街へ行くことに、フェイは心躍っていた。
「リツキ」
「何ですか?」
フェイは御者台に座り手網を取る凛月に話しかける。
「マリアルードには行ったことはある?」
「あります、というか私たちはマリアルードから来たんですよ」
「そうなの?」
初めて知る事実にフェイは驚く。
「はい、姫様を追う旅で姫様がスティレ王国にいると分かって、ザグラス帝国のトリオンフという街から浮雲商会の船に乗ってマリアルードに来ました」
「それじゃあ海って見た事ある?」
「ありますよ、一面が水で埋め尽くされていて初めて見た時は驚きました。それに知っていますか?、海の水はしょっぱいんですよ」
「へぇ、不思議」
「フェイ殿は海を見た事がないんですか?」
「ん、ない、だから楽しみ」
「フェイ殿は何だが楽しそうですね」
「ん、楽しい。護衛依頼は初めて、冒険者になってから別の街に行くのも初めて、初めては楽しい」
「なるほど、未知への好奇心というわけですか」
「リツキはどう?、冒険者に興味はない?」
「ありません、私は生涯を姫様に捧げると決めていますから」
「そっか」
凛月もまた自分たちとは違う世界を生きる人間なのだろう、それを知りフェイはより好奇心が増す。
「フェイ殿は何故冒険者に?」
「ん、私はクロードに誘われたから」
「クロード殿に?」
「ん」
フェイはクロードに助けられた経緯を軽く話す。
「武士の尊厳を踏み躙るとは許し難きことです、当然その男は極刑に処されたのですよね?」
「さぁ?、知らない。彼奴がどこで何をしていようと私にはどうでもいい」
フェイの尊厳を踏み躙っていた男は違法奴隷所持の罪と、その他の余罪で騎士団に逮捕され鉱山送りになったのだが、フェイは知る由もない。
フェイにとってクロードとの出会いが文字通り人生を変える出来事だったので、それ以外のことはあまり気にしていない。
「冒険者はクロードに誘われたからなったけど、天職だと思ってる。依頼を達成してお金を貰う、単純明快」
「この国は私の故郷とは随分違います。この国で魔獣と呼ばれている獣は夜刀神はそれほど居ませんし」
「そうなの?」
「はい、少なくとも魔獣狩りが職業になるほどの魔獣はいませんね」
「へえ」
国も違えば風土も環境も違う、当たり前のことながらフェイは凛月と話して、それを実感した。
◆◆◆◆
クロードとフェイは護衛の依頼を受けたが、結果として護衛としての出番はほとんどなかった。
リベルタとマリアルードを繋ぐ街道は平穏そのものだった、二人が行なった仕事と言えば旅宿での不寝番くらいだ。
「先に言っておくとここまで簡単な護衛依頼はないぞ」
「それは薄々気づいていた」
「そりゃよかった、大貴族が管理する街道はここまで平穏だとは知らなかったな」
「クロードもマリアルードは初めてだっけ?」
「ああ、いろんな奴から話は聞いたことはあるが、実際に行くのは初めてだ」
坂を登ると、二人の視界に真っ青な世界が飛び込んでくる。
フェイは生まれて初めて見る海に目を奪われる。
貿易都市マリアルード、リベルタに匹敵する大都市はリベルタほどの頑丈な城壁はなく、海に面する巨大な港には大小さまざまな船が行き来しているのが見える。
「フェイ、来てよかったな」
「ん、もっと近くで見てみたい」
「仕事が終わったら見に行ってみるか」
「ん、賛成」
一行はマリアルードへ入るための検問待ちの長蛇の列に並ぶ。
「おや、珍しいでござるな、検問がこれほど厳しいのは」
「そうなのか?」
小窓を開けて、顔を出したトウカの発言に、クロードは聞き返す。
「マリアルードは貿易の街、基本は来るものを拒まず、多少脛に傷がある者でも身分証明さえできれば入れるのでござるが…」
「前にもこんなことが?」
「某が知る限りはないでござるな」
「そうか」
マリアルードには長居しない方がいいかもしれない、クロードはマリアルードの低い城壁を見つめながら、内心で独り言ちた。
順番待ちをしている間はとても暇だったが、フェイと適当な話をしていたら、いつの間にか順番が来た。
凛月が浮雲商会のギルド証を見せると、特に身分証明をする必要もなく、衛兵により簡単に街の中へ入ることが出来た。
「随分とあっさりしているんだな」
「この街の衛兵は権威に弱いそうですよ」
「権威?」
貴族の人間に遜るのならばまだ分かるが、商会に媚び諂う理由が分からない。
「商会の人間に聞いた話ですが、この街では商人が力を持っているそうです、正確には商人ギルドがですが」
「商人ギルドが?、貿易都市と呼ばれるくらいだから分からなくはないが…」
マリアルード侯爵の配下である衛兵が商人に遠慮するということは、商人ギルドの権勢はマリアルード侯爵家を上回るということを意味している。
「下の者がどう考えているかは置いておいて、実際のところは両者の力は互角でごさるよ」
「そうなのか?」
「うむ」
「というか、お前この街に詳しいな」
「某たちはリベルタに来る前はマリアルードで活動していた故でござる」
思えば予想のできたことだ、ヤトガミはスティレ王国からは遠い、海路でマリアルードに遥々やってきたというのであれば納得できる。
「商人と貴族ね、リベルタとは全然違うんだな」
「クロードたちは気にする必要ないと思うでござるよ」
「ああ、確かにそうだな」
頷くクロードの横で、フェイは尻尾を揺らしながら、港の方を見ていた。




