六話 未来と死闘
クロードが初手で放った矢は《黒刃鷹》ではなく、真上へ飛び凄まじい閃光を炸裂させる。
典型的な目眩し、有効の是非を気にせずフェイは飛び上がり、大剣で斬りかかる。
翼と動体の付け根を狙った重い一撃は、《黒刃鷹》を地に伏す。
「キシャァァァ!?」
「っ!?」
《黒刃鷹》》は自分が地に伏すという異常事態に驚き、フェイもまた硬すぎるその体皮に驚く。
それぞれ今まで経験したことのないことによる驚きであるが、そこからの立ち上がりはどちらも速かった。
フェイは直感に従い、飛び退くと《黒刃鷹》》は翼を畳みその場で回転する。
息を吐いたフェイは大剣が刃こぼれしているのに気付き、唇を噛む。
クロードの援護の矢が、《黒刃鷹》の目を狙いフェイの頭上を抜ける。
回転後の隙を狙ったものだが、軽く首を捻られ鋼鉄の体に弾かれる。
「キシャャャャャャャ!!」
耳を劈く鳴き声をあげる《黒刃鷹》は翼を広げ、ふわっと飛び上がり、その凶悪な爪が見えた瞬間、フェイはバックステップを踏む。
《黒刃鷹》はその巨体からは考えられない速度で、フェイに襲いかかり、地面を抉り斬る。
土埃を浴びながら、受身を取って転がるフェイを剣の如き嘴が狙う。
しかし飛来し爆発する矢がそれを許さない。
それにより《黒刃鷹》が怯んだ隙をついて、フェイは懐に潜り込む。
首を狙い大剣を突き上げるも、甲高い音に阻まれる。
「ぐっ!」
フェイは悔しさを滲ませ、即座に懐から逃げる
(足りない、重さも鋭さも力も何もかも足りない)
何本もの矢が飛来するも《黒刃鷹》の鋼鉄の体皮に弾かれ、届かない。
クロードと《黒刃鷹》は絶望的に相性が悪く、奴を倒せるのは自分だけなのだ。
それにも関わらず自分は足りない。
握っているのはクロードの魔剣とは違う普通の大剣で、彼のように爆発させたり光らせることもできない。
フェイ・バルディア・ルーは自分をどん底から救い、助けてくれた人の役に立てない。
翼を絞った《黒刃鷹》を見て、空へ飛ぼうとしているて判断したフェイをそれを抑えに前へ出る。
「待て、フェイ!」
クロードの制止の声に反応する間もなく、《黒刃鷹》は一気に翼を広げると、無数の漆黒の何かが飛んでくる。
それが鋭利な剣のような羽根であることに気付いた時に既に遅く、フェイの左肩と右腹に突き刺さる。
「っ!?」
突き刺さった衝撃で混乱したフェイは地面を派手に転がる。
《黒刃鷹》はその隙を逃さず、フェイを仕留めに出る。
翼を広げて飛び上がり、倒れたフェイを狙う。
「させるか!」
剣羽根を避ける為に身を屈めていたクロードは矢筒から矢を抜きながら、前転し弓に番える。
「《貫矢》!」
矢尻が青く光る矢は瞬く速度で飛翔し、《黒刃鷹》の片目を貫く。
「キシャアアアア!?」
飛んでるところを撃ち落とされ、《黒刃鷹》は悲鳴を上げながら森に突っ込んだ。
一時的に《黒刃鷹》を無力化したクロードは、すぐにフェイの所へ駆け寄る。
「おい!、フェイ!、生きてるか!」
「ク、ロード」
急所は外れており見た目ほど重傷ではないが、それでもクロードは逃げることを考えた。
「私は、足りない、役に立てなくて、ごめん」
「は?、謝ってる暇があったら立て、敵は俺たちを待ってくれないぞ」
「それともこんなところで死ぬ気か?」
「そんなこと… 」
「フェイ、敵は強い、次の瞬間には死んでるかもしれない。ただ俺はお前と一緒に戦って死ぬなら後悔はない」
クロードはフェイの一緒に死んでくれという言葉を言い換えはしたが否定はしなかった。
「不思議だよな、出会った幾ばくもない女にこんな感情を抱くなんてよ、俺自身自分がどうかしたのかと思ったよ」
「そしてな、逆にこうも思った、ここで一緒に死ぬのも良いがこれから先一緒に生きたらどんなことになるのかってな、俺は想像しただけで未来が楽しみになったよ」
だからこそクロードは言い換えたのだ。
「フェイ、お前はどうだ?」
「キシャャャャャャ!!!」
再起した《黒刃鷹》が咆哮を上げ、クロードは迎え撃つべく、立ち上がり弓に矢を番える。
「クソ鳥、ムカつくだろ!、自分に傷を負わせた俺が!」
「キシャャャャャャ!!」
怒りに震える《黒刃鷹》は一度飛び上がり、クロードへ吶喊する。
「どわっ!?」
速すぎて偏差撃ちが追いつかず、クロードは後ろへ飛ぶも衝撃波で飛ばされ、さらに土煙を突き破り足爪が伸びてくる。
空中では避けられない、咄嗟に背を向けたクロードは背中を切り裂かれる。
「ぐぅ!?」
そのまま地面を転がり、近くの木にぶつかる。
手応えを感じた《黒刃鷹》は今度は接近せずに、飛び上がり、翼を絞る。
(不味い!、剣羽根が飛んでくる!)
音と気配で察知したクロードだが、体は痛みと衝撃で動かない。
凄まじい数の剣羽根が降り注ぎ、ドスドスという刺突音が鳴るが不思議と痛みはない。
「ん、私もクロードと生きる未来を見てみたい」
顔を上げると巨大な木を盾のように構えるフェイの姿が見えた。
「ふん!」
たくさんの剣羽根が突き刺さった木を《黒刃鷹》へ、投げつける。
当然のように《黒刃鷹》は体を捻って避けるが、それこそがフェイの狙い。
《黒刃鷹》の真下まで駆け、地面を踏み砕いて、飛び上がる。
「喰らえ!!」
フェイが手に持つのは先程まで自分の肩に刺さっていた剣羽根であり、それを唯一鋼鉄の体皮に守られていない腹に突き刺す。
「キシャャァ!?」
《黒刃鷹》は驚き、ぐるぐると回転してフェイを振り落とそうとしてきたが、逆にフェイはその遠心力を利用して腹をかっさばく。
そのまま遠心力に振られて、フェイは地面に墜落し、腹を切り裂かれた《黒刃鷹》も鮮血を撒き散らし、悲鳴を上げながら墜落する。
「フェイ!」
「だ、大丈夫」
ほとんど満身創痍に近いがフェイは気合いで立ち上がる。
「クロード、弱音を吐いてごめん」
「謝るな、あんな化け物相手に戦うことを辞めていない時点でどんな冒険者よりも偉い」
「ん、クロード、あの鳥はどうすれば死ぬ?」
「魔獣である以上は頭を潰すか、魔石を潰せば死ぬはずだ」
「魔石?」
「魔石は魔獣にとって人間でいう心臓みたいなものだ、ただあのクラスの魔獣だ、並大抵の硬さじゃないだろうな」
「頭を潰す」
「それが現実的だ、問題は方法だな」
クロードは何本かの回復瓶を取り出し、それぞれ止血だけでも済ませる。
「腹の剣羽根は抜かない方がいいな」
「ん、多分抜いたら死ぬかも」
フェイの腹に刺さった剣羽根は抜くと失血死の危険があるので、とりあえずそのままにする。
「大剣の刃は通らない、クロードの爆発する矢は?」
「一本だけある」
「使えない?」
「可能性は低い、片目を潰された奴は目への攻撃を警戒してるはずだ」
「囮がいる?」
「ああ、フェイ、頼めるか?」
「ん、任せて」
「これを持ってけ」
クロードが差し出したのは彼の得物である短い魔剣だった。
「フェイの怪力とそいつの切れ味があればあの硬い体皮でも切れるはずだ」
「囮に渡していいの?」
「囮が倒しちゃいけないなんて法はないぞ?」
「ふふ、確かに」
短剣を受け取ったフェイは鞘から刃を抜き、すぐに鞘に納める。
「ん」
ズシンと大きな音を立てて、《黒刃鷹》が起き上がる。
片目が潰されてもなお輝く猛禽類の瞳は憤怒と殺意に染まり、お前たちを殺してやると言外に語っている。
「良い目をするじゃないか、クソ鳥」
「ん、残念、生き残るのは私たち」
「キシャャャャャャ!!」
《黒刃鷹》の怒りの咆哮が開戦の合図だった。
ふわりと低空へ飛び上がり、《黒刃鷹》は吶喊し、フェイもまた同じように地面を踏み砕き、吶喊する。
これまでの戦いで更地になった森で、フェイの大剣と《黒刃鷹》の嘴がぶつかり、衝撃波が土埃を巻き上げる。
何度も大剣と嘴が切り結び、重厚音が鳴る。
お互い傷を負っている身、それでも生物としての格は自分の方が上だ、そう思っていた《黒刃鷹》は斬り合いで、自分が弾かれたことが理解できなかった。
「キシャァ!?」
「ふん!」
驚きの鳴き声は大剣の刃で殴られて、潰される。
人間という生き物が死地に立った時、どんな力を発揮するのか、《黒刃鷹》はまるで知らなかった。
「お前なんかに私の命は渡さない」
フェイの大剣が豪雨のように連続で振り抜かれ、《黒刃鷹》を滅多打ちにする。
「私の全てはクロードのもの、絶対に渡さない!」
一方的に連打するフェイだが、大剣が猛攻に耐えらず刀身が砕け散る。
もとより魔剣でもなんでもない普通の大剣、壊れることは分かっていたがほんの少しだけ哀愁が心に満ちる。
好機と見た《黒刃鷹》の翼による攻撃を、大剣の残骸で防ぐが耐えらず吹き飛ぶ。
受け身を取ったフェイは大剣の残骸を投げつける。
《黒刃鷹》は避けない、案の定鋼鉄の体皮に弾かれる、嗤う《黒刃鷹》はフェイの姿がないことに驚く。
「おしまい」
フェイは懐にいた、その手に握るのはクロードの魔剣であり、十分致命傷に足りうる。
自らの死が過ぎった《黒刃鷹》は本気を出す。
鋭く伸びた凶爪がフェイを掴み、地面に叩きつける。
「がはぁ!?」
血反吐を吐き、地面にめり込んだフェイを《黒刃鷹》は見下ろす。
「お前が」
無表情を崩して不敵に笑うフェイに、《黒刃鷹》ははたと思い出す、自分の片目を潰したのが誰か。
「フェイ、お前は最高の女だよ」
空を裂き矢尻が赤く光る矢が綺麗に《黒刃鷹》の残った片目に突き刺さる。
《黒刃鷹》は悲鳴を上げる間もなく脳髄を焼き尽くされ、顔面が爆散した。
横倒しに倒れた《黒刃鷹》が絶命したのを確認したクロードは、地面にめり込んだフェイを引っ張りあげる。
「信じてた」
「俺もだ」
お互い今にも死にそうなくらいボロボロの状態で二人は抱き合う。
そのまま地面に座り込む。
「私たち生き残った?」
「ああ、俺たちの勝ちだ」
「クロードがいなかったら死んでた」
「それは俺も一緒だ」
「このまま寝たい」
「同感だがフェイも俺もちゃんと治療を受けないといけない傷だ、帰るぞ」
「ん、帰る」
「ああ、家にな」
一瞬戦いの余波で粉々になった一角獣の死骸を見るが、すぐに視線を切りクロードは諦めることにした。
(今は帰ることが最優先だ)
二人はゆっくりと立ち上がり、歩き出す。
その時森から人間が飛び出してくる。
「二人共!、ご無事か!」
現れたのはギルドで話した盲目の剣士トウカ・フジモリだった。
「やっと来たのか、遅いぞ」
「いつ呼んだ?」
「最初の目眩しだよ、森にいる冒険者が閃光に気付いてギルドに報告してくれるって考えた」
「さすが、クロード」
「二人共?」
「ああ、悪い、死にかけだ、俺もフェイも」
「ん」
「敵は?」
「「倒した」」
二人は《黒刃鷹》の死骸を指差す、トウカは気配でその存在を感じ取る。
「想像を絶する戦いだった様子、名付きで相違ないか?」
「《黒刃鷹》だ」
「《黒刃鷹》、その悪名は某も存じておる、詳しい話は別の機会に聞くとして、道中の雑事は任せるでござる」
「二人は某がリベルタの治療院まで送り届けよう」
その言葉にクロードは心底安堵し、息を吐くのだった。