五十七話 訪問客と腕試し
豪勢な朝食を堪能した二人は、片付けを終え一服していると突然扉がノックされる。
一瞬目を細めたフェイを制して、クロードが出る。
扉を開けると先端が折れ曲がった大きな帽子を被る魔術師が立っていた。
「帰れ」
「開口一番、帰れは酷くないかい?」
《七色》アレシア・セブンロードはクロードの暴言に苦言を呈する。
「呼んでもいないのに来るな」
「それはごもっともだけど、れっきとした用事があるんだよ」
リベルタ一の冒険者に用事があると言われると、断りづらい。
「君の件とは別口だし、正確にはクロードとフェイ君に用事があるんだ」
「私?」
フェイに用事があるとなると、指名依頼の可能性が高い、クロードは渋々アレシアを家に上げた。
「おお、ここがクロードの家か、想像していたよりは綺麗だね」
「人の家を勝手に寸評するな」
クロードは予備の椅子を用意して、アレシアに座らせる。
「ありがとう」
「それで何の用だ?」
「本題に入る前に南地区に騎士団が踏み込んだことは知っているよね?」
「まあな」
「その作戦は成功し、騎士団は”タランチュラ”はほぼ壊滅させることに成功した」
「それは朗報」
成り行きとは情報提供者の撤退戦に協力したフェイにとっては素直に嬉しい報告で、アリシアは活躍したのかとふと考えた。
「ほぼ、というのは?」
「そこが問題で、君たちの依頼へ繋がる。クロードは何故南地区の治安が悪いのか知っているかな?」
「それは南地区の成り立ちを聞いてるのか?」
「そうだよ」
「それは知らないな、俺は冒険者だぞ」
「まぁ、それもそうか。今から百年くらい前かな、リベルタがスティレ王国に帰属する前の時代、リベルタは未曾有の魔獣侵攻に見舞われ、城門が破られ南地区が壊滅したんだ」
「多数の市民が亡くなり、当時の冒険者と騎士が命を捨てて元凶の魔獣たちを討ち果たせなければリベルタが滅亡していた、それほどの災害だったよ」
「だったよって、まさか見たのか?」
「ああ」
「長生きしてるんだな」
「魔術師だからね、クロードだって驚いていないじゃないか」
「魔術師は人外だと思ってるからな」
「その認識を否定はしないけど、フェイ君もそう思うのかい?」
「目の前から消える人が百年以上生きていても驚かない、首を切っても死なない存在も知ってるし」
「星の精霊種と同列視してくれるとは光栄だね」
「本題に戻ると魔獣侵攻により壊滅した南地区に亡くなった市民、冒険者、騎士を埋葬した霊廟が作られた」
「その後災害により弱ったリベルタを狙って帝国が侵攻し、その対応に追われリベルタの南地区は復興することが出来きず、霊廟は忘れられ南地区は犯罪者の巣窟と化した」
「そういう成り立ちだったのか、それで?」
「”タランチュラ”の残党がその霊廟に逃げ込んだって話だよ」
「それはまた面倒な、俺たちへの依頼はその霊廟の探索と犯罪者の逮捕か?」
「それは半分だ、もう一つ厄介なことがあってね」
「厄介なこと?」
「百年前リベルタにはエルフリーデという英雄がいた」
アレシアの声音はとても優しいものだった。
「その炎は魔を焼き、その氷は悪を凍てつかせ、その双剣は死を切り捨てるとまで謳われた英雄、あの魔獣侵攻の元凶の一体である双蛇竜と相討った彼女の遺体はその双剣と共に霊廟へ丁重に葬られた」
「ただエルフリーデの肉体は死んでもその魂は消えていなかった。エルフリーデが復活した、理性を失った死霊としてね」
「死霊か」
死に際に強烈な感情を抱いた人間の思念が変異したものを、俗に幽霊と呼ぶが、その幽霊が生者の肉体を乗っ取り、生前の姿を取り戻した存在を死霊という。
幽霊はともかく死霊の脅威度は名付きに匹敵する。
「クロード、死霊って?」
クロードは己の知識をフェイに教える。
「ん、幽霊、死霊、私の故郷では死縛者と呼ぶ、死んでもなお現世に縛られている者を指す」
「現世に縛られているか、全くもってその通りだね。二人に依頼したいのは霊廟の探索と《死霊》エルフリーデの討伐だ」
「お前は死霊を見たのか?」
「この目で見たから、君たちに依頼を持ってきたんだよ」
「それはつまり、お前では倒せない相手ということか?」
アレシアはリベルタ一の冒険者だ、それが敵わないと判断した敵というのならば話は変わってくる。
「一応そうなるかな、霊廟を破壊しないという条件下だと私にも厳しい、そもそも私はエルフリーデとは絶望的に相性が悪いんだ」
「お前の得意な相手はデカブツと集団戦だったか」
クロードはアレシアの言葉に納得する。
「何故俺たちを指名した?」
「私じゃないよ、騎士団の総団長と副団長がそれぞれ二人を推薦したんだ」
「ヴァネッサの野郎」
「アリアンが?」
クロードは悪態をつき、フェイは目を丸くする。
「私が死霊の討伐には私以外の冒険者の力が必要だと言ったら、クロードとフェイの二人なら参加を認めると」
「お前は俺たちに倒せると思ったのか?」
「それを確かめに来た」
アレシアが立ち上がると、フェイは机に立てかけていた大剣を鞘から抜く。
「良い反応だ」
手の中に長杖を出現させたアレシアは、不敵に笑う。
「やろうか」
「望むところ」
二人の姿が消失し、家の裏手の河原に転移する。
「ちっ!」
舌打ちをしたクロードは弓と矢筒を持って、外へ出る。
最初に斬りかかったのはフェイ、渾身の唐竹割りを打ち込む。
アレシアは後方へ転移、それを予想していたフェイはそのまま踏み込み、突きを放つ。
アレシアに当たるとも思われた瞬間、硝子が割れるような音が連続で響き、アレシアはフェイの後ろに転移する。
「"風刃"」
背後から不可視の刃が、襲ってくる。
フェイは振り向きながら、不可視の刃を切り捨て、"天飛"を放つが、彼女の不可視の盾に防がれる。
「大気刃か、よく見えたね」
「見えなくてもそこにあれば斬れる」
「英雄はハリボテじゃないわけだ、防御魔術の障壁が一撃で砕かれるとは驚いたよ」
「小手調べは終わり?」
「そうだね、本気を出すとしよう」
「ん、こっちも」
河原が割れ、フェイの姿が掻き消え、アレシアは不可視の槍を数本扇状に飛ばす。
自分に当たる槍を切り捨て、突っ込んだフェイを地面から突如生えた棘が出迎える。
走り出した人間は急には停止できない、アレシアの罠に対し、フェイは拳で棘を粉砕した。
数本フェイの肌を棘が掠めるが、気にしない。
罠を抜けたフェイを、不可視の槍の雨が襲い、さらに火の玉が降ってくる。
フェイは、驚きながらも河原を疾駆し、躱す。
追撃の槍を切り捨て、やはり距離を詰めるべく、地面を蹴る。
「遠距離が得意な相手には距離を詰める、定石だ、けれど私相手に簡単に距離を詰められるとは思わないことだ!」
アレシアは転移して距離を取り、不可視の槍を飛ばしてくる。
フェイは回避し、切り捨てながら距離を詰めるが、転移で距離を取られる。
(クロードとは違って、一切近接戦を受け付けない。近接戦が自分にとって不利ではあることを自覚している。それなら…)
思考を加速させるフェイは地面を蹴り、小石を飛ばす。
フェイの脚力によって蹴り飛ばされた小石の威力は尋常ではなく、アレシアは防御ではなく転移による回避を選ぶ。
(なるほど、不可視の盾は物体の攻撃に弱い、次は…)
さらに転移したアレシアの気配を掴み、小石を蹴り飛ばす、アレシアは不可視の槍により、小石を撃ち落とす。
(瞬間移動は少なくとも約二秒間は連続使用できない)
転移し、フェイの攻撃が当たるまでの時間は約二秒、その間にアレシアは転移で逃げず、攻撃による迎撃を選んだ。
「気づくか、なかなか早い。それじゃあこれはどうする?」
アレシアは不可視の槍を数本、放ったかと思ったら気配が消える。
「っ!!」
その瞬間、フェイの背筋に悪寒が走り、フェイは前へ跳ぶ。
頭上から降ってきた不可視の槍が地面を貫き、フェイは"天角"を放つ。
"天飛"が斬撃を飛ばす剣技ならば、"天角"は突きを飛ばす剣技である。
アレシアは防御魔術の障壁を張るが、硝子が砕ける音と共に、自分の左肩から鮮血が噴き出したことに瞠目する。
「…なるほど、重ねたのか、あの一瞬でよくやる」
「本気って言った」
「ここら辺で止めた方がいい、これ以上は殺し合いになる」
「同感だね、君の実力はよく分かったよ」
大剣を下ろしたフェイに、肩を竦めアレシアは杖を消す。
「模擬戦で血を流すとは、これだから戦士や剣士とは戦いたくない」
アレシアは愚痴りながら負傷した左肩に右手をかざすと、血が止まり傷が塞がる。
「君の傷も見せてくれ」
「治癒師なの?」
「いいや、治癒師を名乗れるほどの腕はないよ。ただ傷を塞ぐことくらいはできる」
フェイの出血が止まり傷が塞がる。
「ありがとう」
「私がふっかけたことだからね、それに君の実力を知ることができて良かったよ。君を評価する声を否定するつもりはないが、やはり自分の目で見てこそだ」
「私はお眼鏡にかなった?」
「合格点をあげるよ、君ならエルフリーデとも正面から戦える。クロード、彼女の援護は任せるよ」
「それは当たり前だが、お前は来ないのか?」
「私は後詰だ、総団長はなるべく霊廟を壊したくないがやむを得ない場合は手段を選ばないとさ」
「ヴァネッサはそう言うだろうな」
「はい、これが依頼書だ」
アレシアは一枚の羊皮紙を取り出し、クロードに渡す。
「達成報酬は金貨五百枚、達成期限は三日か、報酬が割り増しなわけだ」
「騎士団は早く片付けて欲しい?」
「そういうことだろうな、受けるよ」
「異存なし」
「それは良かった、明日の朝、南地区の入り口で待ってるよ」
クロードとフェイはアレシアからもたらされた依頼を受けることに決めた。




