五十四話 真紅の君討伐作戦
夜明けまであと四半刻という時間に、クロードとフェイは演習場で最後の確認を済ませた。
「空が白み始めた、夜明けまであと四半刻くらいか」
「ん、タイミングは?」
「フェイに任せるよ」
「責任重大」
「変に気負うなよ?」
「大丈夫、クロードを信じてるから」
「こっちも責任重大だ」
木の上で二人の間には気安い空気が流れていた。
「本当にこれで来る?」
フェイは小綺麗な箱を取り出す、中にはクロードが盗んだ鮮血結晶が入っている。
「来なかったら別の作戦を立てるまでだ。不安か?」
「ちょっと」
「俺もだ」
「クロードも?」
「ああ」
クロードの手が小刻みに震えることに、フェイは気付く。
「不安と恐怖、戦う前に必ず来る。いい迷惑だ。だが」
拳を握るとクロードの震えは止まる。
「やることはやった、あとはなるようになるだけだ」
「ん、その通り」
大剣を抜いたフェイは、木の上から地面に降りる。
「行く」
「分かった、ゲンサイとリツキに伝えてくれ」
「ん、武運を祈る」
「ああ、お互いにな」
言葉少なに二人は別れ、"真紅の君"討伐作戦が始まった。
◆◆◆◆
「ちっ、つまらないのう」
ここ数日"真紅の君"にとってあまり面白くないことが続いた
"タランチュラ"が騎士団の間者と裏切り者の始末に乗り出したのだが、殺したのはたった一人で、傍観していた"真紅の君"にとって、何も面白くなった。
さらに騎士団の攻撃は続き、"真紅の君"に美食を献上するために動いていたオグメント商会に騎士団の手入れが入り、会長のオプラは始め幹部たちは全員逮捕されてしまった。
お陰で美食を献上する人間がいなくなってしまった。
しかし特に"真紅の君"は何も行動しなかった、《ウーゴス》がダメなら《タランチュラ》が動くだけであり、"真紅の君"はなんの心配していない。
「待つのは苦手じゃが、なに余興も近い、のんびりするとしよう」
"真紅の君"が何も言わなくて、《タランチュラ》の人間が動く、気に入らない人間が入れば殺してしまえばいい。
今までそうだった"真紅の君"を害せる者などいない。
有名な冒険者も、高名な騎士も"真紅の君"を殺せなかった。
逆に自分が殺してやった、所詮人間など吸血鬼の前ではただの餌か、暇つぶしの玩具だ。
『聞こえますか』
そんな時"真紅の君"の手の平から声が聞こえてくる。
"真紅の君"はその声の持ち主が、オプラに渡した鮮血結晶からのものであることに即座に気付く。
「何者じゃ、貴様は?」
『私は会長に雇われた人間、貴女様に狐人の子供を献上したい』
「ほう?、しかしオプラは捕まったはずじゃが?」
『前金は貰った、会長が逮捕される前にこの結晶を預かりましたし、仕事は最後まで果たす主義』
「義理堅いのう、よう見つけた」
『しかし一つご相談あります』
「なんじゃ?」
『子供を奪う際に傷を負って動けません、東地区の騎士団の演習場まで来ていただけませんか?』
「演習場?」
『はい、人気がなく森になっているので身を隠しやすい』
「分かった、すぐに向かおう。貴様は褒美に眷属にしてやるから、喜んで待っておれ」
『はい』
通信を切った"真紅の君"は喜色を浮かべて、飛び上がる。
「ここまで苦労した血じゃ、さぞ美味じゃろう。そうでなければ許さぬぞ!、すぐには吸いきらぬ、じっくりと時間を掛けて味合おうぞ!」
◆◆◆◆
鮮血結晶の存在を頼りに演習場へやってきた"真紅の君"は門を飛び越え、森の中へ着地する。
「待ってた」
木の影から大剣を持った獣人の戦士が現れる。
「お主が連絡してきた奴じゃな」
「ん、そう」
「それで娘は何処じゃ?」
「ここにはいない」
「…何?」
"真紅の君"の困惑を潰すように、フェイは近くの木の幹を思っきり蹴る。
木が揺れる木の葉が落ちる。
「何をしてるんじゃお前は」
「ごめん、確認みたいなもの。本当に吸血鬼様かどうか確かめただけ、いきなり私が木を蹴っても驚かない、さすがは吸血鬼様」
「ふむ、戯れはその辺にせよ、娘は…」
空を切り裂き、森を切り裂き、木の葉を切り裂いて一本の白矢が、"真紅の君"の胸に突き刺さる。
「なっ?」
それとほぼ同時に大剣を振ったフェイが、"真紅の君"の首を切り落とそうとするが、寸前で大剣を掴まれる。
「貴様!、あがぁ!?」
赫怒を浮かべた"真紅の君"の表情が、すぐに苦悶へと変わる。
「があぁぁぁぁ!!?」
胸に突き刺さり、心臓を射抜いた吸血の矢が"真紅の君"の血を猛烈な勢いで吸い取る。
自分の生命線とも言える血液が奪われるという未知の感覚に、"真紅の君"は思考が散逸しかけるが、矢を抜こうと手が伸びる。
「させない」
「ぐぎぃ!?」
フェイの大剣が閃き、"真紅の君"の両手を切り落とす。
「貴様ぁ!!!」
両腕から噴き出すどす黒い血が、無数の剣となりフェイに襲いかかる。
フェイは素早い身のこなしで、剣を避け首を狙う。
(クロードの矢だけでは致命傷にならない、首を落とすしか!)
剣の弾幕を避けて肉薄したフェイの刃が、首に届く瞬間切り落とした手から伸びた血手が大剣の刃を掴んでいた。
「守った」
「っ!!」
フェイの淡々とした一言が、怒りに染まった"真紅の君"の思考に冷水を浴びせる。
(なんじゃあ今のは、まさか我が恐怖を感じたとでも!?、獣女如きに!!)
「防御したなら急所、絶対に斬る」
「ふざけるなぁ!!!」
揺るがないフェイの目に抗うように、"真紅の君"は血手から血刃を生やす。
フェイは寸前で大剣を手放し、後ろに下がる。
その隙に矢を抜こうとするが、森を抜けてきた二つの剣刃が、血手をバラバラにする。
「姫様を害する者を何人も許さぬ!」
「姫様のために我が剣はある!」
参戦した源佐と凛月が、首を落とそうとするが、"真紅の君"は血の盾を創り、頑なに防ぐ。
(まずいまずいまずい)
"真紅の君"の思考は焦りに支配されていた、長く生きた中で感じたこともない死への恐怖。
吸血鬼は不老の種族で、たとえ傷ついてもすぐに塞がってしまう。
その不死性を支えるのが鮮血魔法であり、たとえ再生力を越えた傷でも魔力を含んだ血液を操作することで、即座に止血することができる。
クロードの予想通り、吸血鬼の要は鮮血魔法だった。
(落ち着け!、こいつらは引き離し矢を抜くのだ!)
"真紅の君"は飛び散った血を集め、鞭のように振るい周囲を薙ぎ払う。
反応した三人は防御ではなく、回避を選び身を屈めて躱す。
薙ぎ倒された木が次々と倒れる中、フェイは逃げる"真紅の君"を大剣を回収しながら追う。
翼を生やして木々を避けながら飛ぶ"真紅の君"は、胸に突き刺さった矢を抜く。
「抜けぬ!?」
純白の矢だからという訳ではなく矢には返しがついているので、そう簡単には抜けない。
吸血鬼の再生力に任せて強引に抜いてもいいが、血液が減っている状況で、さらに血を失うことを"真紅の君"は一瞬躊躇した。
それが隙となる、突如背中に衝撃を感じたと思ったら爆発し、翼を失った"真紅の君"は地面に落ちる。
「何がぁ!?」
混乱する暇もなく、現れたフェイが首を切り落とす。
「ば、ばっ」
ゴロゴロと転がる頭部は驚愕に彩られており、木々の隙間から伸びる朝日に照らされる。
「おしまい」
大剣を振り下ろしたフェイは頭部を粉々に粉砕する。
陽光に照らされた"真紅の君"の欠片は塵に変わる。
フェイの背後で、残った胴体も力を失ったかのように塵へと変わり、崩れる。
残ったのは塵と純白の矢だけ。
その矢を拾い、矢尻に突き刺さった真っ黒の塊にクロードは驚いた
「"真紅の君"の心臓か?、まぁ、とりあえず討伐完了ってことで」
「ナイス、援護」
「ああ、この矢だけで死なないことは作戦のうちだ」
「クロード殿、フェイ殿、ご無事か!」
「見ての通りピンピンしてるよ」
「ん、無事」
「それは良かった、吸血鬼が死んだのはこちらからも見えた。素晴らしい作戦だった」
「あの木々を薙ぎ払った一撃でも、夜叉に匹敵する怪物と知りました。見事です」
「ありがとう」
源佐と凛月の賛辞を受け取ったクロードは、真っ黒の心臓から矢を引き抜く。
「作戦成功だ、帰ろう」
「ん、帰る」
フェイはクロードの言葉に頷き大剣を鞘に納めた。




