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五十三話 リベルタ侯爵家当主と王位継承争い

辺境都市リベルタ、かつての都市国家の中心に存在するのがリベルタの象徴とも言えるアグル城である。


その威容は東方随一、周囲は堀で囲まれ、四方の橋を上げれば誰も渡ることはできない堅牢な巨城だ。


リベルタの長い歴史でアグル城まで攻められたことは一度もないが、リベルタ侯爵家が五つの大貴族に数えられる理由の一つだ。


そんなアグル城には侯爵家の人間だけでなく、彼らに仕える使用人の家族も住んでおり、アグル城には千人近い人間がいる。


そのアグル城の主である当代リベルタ侯爵、ハインリヒ・ウィル・リベルタは執務室にて、リベルタ騎士団総団長ヴァネッサ・エル・スーリヤから報告を受けてきた。


「たった数日でここまで目まぐるしく状況が変わるとは、お前たちには苦労をかけるな」

「閣下のお言葉、痛み入ります。しかしこれが我々の仕事ですから」


「ヴァネッサに仔細は任せる、遺族への慰労金については私から家宰に命じておこう」

「はっ、感謝致します」


「当然のことだ。それより本当に"真紅の君(ルージュ)"を冒険者は討伐できるのかね?」

「ご心配は分かりますが、怪物モンスター退治で冒険者の右に出るものはいません」


「それは分かっているが、私は戦闘による被害を懸念しているのだ」

「作戦が成功すれば被害無し、失敗すればかなりの被害が出るでしょう」


「ふむ、五百メートルもの距離から標的を射抜くか、到底人間業とは思えないな」

「この世には絶技、神業などと評されるアーツが存在することは事実です、魔術や魔法があるのですから」


「確かにな、荒事はヴァネッサたちに任せて私は貴族たちの相手に専念するとしよう」

「正直に言うととても助かります」


「ははは、さすがのヴァネッサも手一杯か」

「私の力不足が故です」

「君にそんなことを言われてしまっては私たちの立つ瀬がない、君の実力はよく知ってる」


ヴァネッサの実力は彼女の情報操作により、正しく認識している人間はそれほど多くはないが、ハインリヒは彼女の主人として当然知っている。


いまから七年前、それまで若くして数々の功績を挙げてきたヴァネッサが総団長に就任することになった事件があった。


それは闇オークション壊滅事件、リベルタ侯爵家に次ぐ権勢を誇っていたトレイニル伯爵家とその子飼の闇組織が開催していた闇オークションを、摘発したのだ。


驚くべきはその方法であり、ヴァネッサは一年の時間を掛けて、トレイニル伯爵家と闇組織の両方を弱体化させた。


遊撃部隊である第四部隊の特性を生かし、領内に部下を潜入させ頭が回り鼻が利く人間から排除し、それを互いのせいに見せかけ、伯爵家と闇組織の両者を疑心暗鬼に陥らせた。


そしてそれが表面化しないように絶妙に手加減し、闇オークションが開催されたところで、他の部隊の協力も経て奇襲掛け、護衛を無力化しトレイニル伯爵家当主とオークションに参加していた多くの貴族を捕縛した。


さらに闇組織の頭目と幹部を討伐、もしくは捕縛し壊滅させた。


前総団長が引退したこともあり、この類を見ない功績により、ヴァネッサはリベルタ史上最年少で総団長の地位についた。


現在でも闇オークション壊滅事件に関わっていた貴族たちは当時のことを引き合いに出されると、リベルタ侯爵家に頭が上がらない。


そして恐ろしく緻密で隙のない策略家でありながら、騎士としての実力も高いヴァネッサを畏怖している。


「君がいなければ今のリベルタはないのだから」

「勿体なきお言葉です」

「ふむ、ところでアリアンは元気か?」


「まさかアリアンは顔を出していないのですか」

「そうなのだ」

「全くあいつは。元気ですよ、先日も手柄を立てました」


リベルタ騎士団副団長アリアン・ウィル・リベルタ、その性が示すとおりリベルタ侯爵家の一員であり、ハインリヒの実の娘だ。


「それは喜ばしいな。迷惑をかけてはいないかね?」

「そんなことは、アリアンのことは私も頼りにしています」

「親としては嬉しい限りだ」


「閣下に会いに行くように命令しておきます」

「はは、無理やりは良くない。妻の方には顔を出しているようだし私もそれなりに忙しい身だ、アリアンも気を使ってくれているのだろう」


「閣下が納得しているのならば構いません」

「アリアンのことはそれくらいにして、ヴァネッサに相談したいことがある」


「なんでしょうか?」


家宰や側近であるヴァネッサの父ではなく、ヴァネッサに相談するということは、ある程度予想ができる。


「《七色カラフル》が主導で進行している冒険者ギルドが立てている作戦のことでしょうか?」

「さすがだな、それに伴い再び勇者様が来られるそうだ」


「勇者ですか」

「ああ、相談事というのは勇者様が騎士団に作戦へ参加することを要請しているのだ」

「なるほど、理由はなんでしょう?」


「騎士団の練度が見たいそうだ」


ハインリヒの額に汗が流れる、ヴァネッサはリベルタ史上最高の総団長だとハインリヒは考えている。


そんなヴァネッサが怒った所を見たことがない、彼女は沈着で冷静に物事を判断する。


そんな彼女は変わらぬ表情で口を開く。


「勇者()は随分と上から目線ですね」

「違いない、大方第一王子殿下か、ヘルフェン侯爵の入れ知恵だろう」


「冒険者ギルドも一枚岩ではない、第二次残骸遺跡攻略作戦は勇者の権威付けに利用されるようですね」

「冒険者ギルドにも第一王子派に良い顔をしたい人間が多いということだ」


「一度失敗している分、確実を期すために騎士団(我々)を巻き込みたいと」

「そういうことだろう、第一王子殿下はともかくヘルフェン侯爵は君たちの実力を正確に把握している」


「《七色カラフル》が自ら政治の道具に成り下がるとはらしくないですが」

「あの方にも何か考えがあるのかもしれんな」


「私はリベルタに不利益にならないのあればどちらでも構いませんが、真意は気になりますね。コホン、話を戻して相談というのは勇者の要請に応じるべきか否かということですね?」


「ああ、私はヴァネッサの意見に従うよ」

「それならば断るべきかと、騎士団の力はリベルタを守るために存在しています、それ以外に使われるべきではありません」


「分かった、それでは勇者様には丁重にお断りする旨をお伝えしよう」

「ありがとうございます」


「いや、君たちに関わる話だ。特にヴァネッサのお陰で我が家の発言力は増している、これはちょっとした礼のようなものだ」

「光栄でございます」


ヴァネッサは恭しく頭を下げる。


「これはただの雑談として聞いて欲しいのだが」

「はい」

「ヴァネッサは第一王子派と姫殿下派、どちらが勝利すると思うかね?」


スティレ王国は現在王位継承戦の真っ最中である。


現国王のライルド王は高齢であり、病に伏せり公に場に出る機会が減った、あと三年も持たないだろうと目されている。


そんな状況の中、王位に最も近いとされるのが第一王子のアルベルトだ。


彼は多くの貴族を派閥に抱え、既に政務の一部を代行しており、近いうちに王太子に任命されるだろうと思われていたが、二年前勇者が辺境の地(リベルタ)で無惨に敗北したことにより、その勢いが落ちた。


その隙を突くように勢力を拡大したのが、第二王女オルリリア姫である。


絶世の美貌はさることながらその聡明さは並ぶところがないとされ、大貴族の一つマリルード侯爵家を味方に引き入れ、二年で第一王子派閥と肩を並べるまでに成長した。


しかし飛ぶ鳥を落とす勢いだった姫殿下派閥も旗頭であるオルリリア姫が病に伏せったこともあり、その勢いが止まった。


そして第一王子派と姫殿下派の勢力が拮抗しているのが、現在の情勢である。


「勝率が高いのは第一王子派でしょう、数は力です。ただ姫殿下派に勝機がないわけではない」

「ほほう、その勝機とは?」

「色々ありますがオルリリア姫がリベルタ侯爵家(我々)を味方に引き入れることです」


五つの大貴族のうち、西方のヘルフェン侯爵家と南方のマリルード侯爵家は派閥を決めた。


北方のスクルド侯爵家は、とある事情から王位継承争いには参加せず、王に仕えることを名言している。


中央のネリザス侯爵家は、スクルド侯爵家と似ており、国王の親政を支える国王派で王位継承争いには参加しない。


故に東方のリベルタ侯爵家の動向が王位継承争いにおいて要となってくる。


「第一王子派は積極的には勧誘してこないでしょう、ただ姫殿下派の邪魔をする為だけに行動する可能性はありますね」

「勇者様が来るのもその一環か。これは近いうちに立場をハッキリしなければ要らぬ面倒に巻き込まれるな」


「その可能性は大いにあるでしょう」

「ふむ、分かった。雑談のつもりが良いことを聞けた」

「それでは私はここら辺で、闇組織のことや、暗殺の件は我らにお任せ下さい」

「信頼しているよ」

「はっ!」


頭を下げたヴァネッサは、執務室を退出した。

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