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五十一話 責任と交渉

凛月が騎士団の第三駐屯地を監視しているのは、師範である源佐げんさいに命じられたからだ。


クロード・イグノート探しは師範がやるというので、凛月は騎士団の動きを監視しろと命じられたのだ。


もし不穏な動きがあれば師範に報告する役目がある。


騎士団の実力を警戒して、遠目から監視しているので、駐屯地の大まかな動きしか分からないのが、それでも十分だと凛月は考えていた。


「姫様、いったい何処いずこに」


御館様より師範と共に綾姫捜索の任に任ぜられて、早いもので一年が経ってしまった。


卑劣にも綾姫を誘拐した敵対士族の策略に誘拐の発覚が遅れたのが痛かった、初動で遅れを取ってしまった。


さらに最悪なことに綾姫は海を渡り、国外に出てしまった。


そこからは師範と共に綾姫の足跡を追う日々、多くのトラブルに見舞われ、数え切れない苦労があった。


それでも綾姫様を取り戻せるのならば全て報われる。


「っ!?」


そんな過去を思い出していると、ふと気配を感じて振り向くと、後ろに人が立っていた。


「初めまして」

「何者だ、貴様は」


剣をいつでも抜けるように腰を落としながら、凛月は目の前の獣人戦士を誰何する。


「フェイ・バルディア・ルー」

「バルディア、獣人の英雄が何用だ?」


「単純な交渉だよ、夜刀神ヤトガミ武士もののふ

「お前は!?」


フェイの隣に現れた男に、凛月は驚く。


黒い髪に赤い瞳、手に持った弓と腰に剣を差している。


間違いなく探していたクロード・イグノートの特徴と一致する。


「クロード・イグノートか!」

「そうだ、お探しだったかな?」


「綾姫様の居所を答えよ!、答えぬのならばこの場で斬り捨てる!」

「落ち着け、俺はお前たちの敵じゃない」

「そのような言葉、信じられないな」


「別に信じる必要は無い、俺は事実を告げただけだ。無駄に戦いたくない」


クロードの言葉に凛月は警戒しながらも、構えを解く。


「それならば姫様の居場所を教えろ」

「それはできない」

「何!?」


「教えたらアヤヒメは死ぬ」

「貴様、そのような陳腐な言葉で私を騙そうとしても無駄だぞ」

「事実だ、アヤヒメが何故ヤトガミから遠く離れたスティレ王国まで連れてこられた理由は考えたことはなかったか?」


正直何度も考えた、何故移動し続けるのか、最初は自分たちを撒くためかとも考えたが、そうではないと分かってからは、綾姫の行方を追うのに必死で考えないようにしていた。


「アヤヒメは命を狙われている、不用意に外部の人間と接触すれば敵に見つかる、そうなれば俺たちでも守れるかは分からない」

「守るだと?」


「ああ、俺たちはアヤヒメを守る」

「守る」


クロードとフェイの目は揺るぎないもので、凛月は即座に否定することができなかった。


「もう一度言うが俺たちはアヤヒメを守る、そしてあの子を脅かす脅威を排除する、君と話しているのもその一環だ」

「私とお前たちが話すのと、脅威を排除することがどう繋がる?」


凛月がこちらの話を聞く気になってくれた、それを感じたクロードはすかさず質問に答える。


「簡単に言うと俺とフェイは脅威を排除する作戦を立てているが、有効な次善策がない。それでお前たちに次鋒の戦力として待機して欲しい」

「姫様の脅威とはなんだ?」


吸血鬼ヴァンパイア、人の血を吸いそれを糧とする不老の種族だ」

「人の血を吸う種族、ゔぁんぱいあ、そんな存在が…」

「ヤトガミにはいないのか?」


「いない、そんな種族、聞いたこともない」

「俺を嘘つきだと思うのか?」

「…いいや」


悩んだ凛月だったが、その口は否定の言葉を吐いていた。


「血を吸うと言ったな、姫様に流れる血筋は特別だ、仔細は話せないが血を吸う種族が姫様の御身を狙っているのならば筋は通る」


凛月はクロードが想像してたよりも頭が良く、理解を示してくれた。


「一つ教えろ」

「なんだ?」

「お前たちは何故赤の他人であるはずの綾姫を守るのだ、何の益がある」


凛月の問いかけは至極当然なもので、口を開こうとしたクロードをフェイが止める。


「フェイ」

「私に話させて」

「ああ」


「ん、貴女、名前は?」

「川原凛月、この国流に言えばリツキ・カワハラだ」

「リツキ、私はアヤヒメの命を救った人間として責任を取る」


「責任だと」

「ん、私たちは運河で溺れて瀕死だったアヤヒメを助けた、一度助けたなら最後まで助ける。それが助けた人間の責任だから、私の好きな人の受け売り」


フェイは隣のクロードを見てるが、彼は静かに微笑むだけだ。


二人の間には言葉では言い表せない深い繋がりがあるように見えた。


「クロード、お前の提案を師範に伝える」

「協力してくれるのか」

「師範より迷った時は直感を信じろと教えられた、そして私の直感はお前たちを信じてもいいと言っている」


「リツキさんの直感に感謝しないとな」

「ああ、そうしろ」

「東地区の広場にその師範を連れてきてくれ」

「分かった、ただし師範が否と言ったら私はそれに従う、構わないな?」

「構わない」


一礼した凛月は二人の前から去った。


クロードとフェイも言葉通り広場へ移動するために、その場を後にした。


◆◆◆◆


三十分後、広場のベンチで寛いでいた二人は視界に入った人物を見て、立ち上がる。


「お前たちがクロードとフェイか」


近づいて声を上げた壮年の男は外套で全身を覆い、目立たぬ格好をしているが腰に二本のカタナを差しているのが重心の偏りから分かる、間違いなく達人級の力を持つ剣士だ。


男はフェイを見て、感服した様子を見せる。


「素晴らしい。異国で貴殿のような猛者つわものに出会えるとは。フェイ殿と呼ばせてもらおう」

「そっちも強い」

「ふっ。してお前がクロード・イグノートか、探したぞ」


達人の眼差しがクロードを貫く。


「そうだろうな、色んな面倒を省くために出向いてやったぞ」

「私の名は陸堂源佐(りくどうげんさい)、凛月の言葉を信じるが、改めてお前の口から聞かせろ」

「分かった。大前提としてアヤヒメは俺たちが保護している、当然無事だし今は王国語の勉強をしてるんじゃないか?」


「ひとまず信じよう」

「俺たちはアヤヒメを狙う吸血鬼を排除したい、そのために二人の力を借りたい、全てが終わればアヤヒメと一緒に帰国してくれ」

「貴様は知らないのも無理はないな。私はこの街で殺人を犯している」


「それについては解決済みだ、巡回している騎士がいないことに気付かなかったか?」

「…お前の仕業とでも言うつもりか?」

「まさか、一介の冒険者にそこまでの力はない。ただ騎士団は貴方たちが吸血鬼の怪物"真紅の君(ルージュ)"の討伐に協力すれば見逃すことを確約した」


「そんな馬鹿な…」

「事実だ、騎士団にとって貴方が起こした事件は犯罪者が死んだだけ。他に()()()仕事がある騎士団にとってはそんなことに人員を割く余裕はない」

「お前の言うことを全て真に受けるわけにはいかない、裏は取らせてもらうぞ」


「是非そうしてくれ、明日の同じ時間にここへ来てくれ、返答を受け取ろう」

「一つ条件がある」

「なんだ?」

「姫様が生きている証として、直筆の書を戴きたい」


「直筆の書?」

「俺は姫様の傅役もりやくとして何度かあの方の書を見た、内容は特に指定しない」

「論より証拠というわけか。分かった、アヤヒメに頼めば済む話だ」


「よし、それではまた会おう。凛月、行くぞ」

「はい!」


クロードとフェイは、去っていく二人の背中を見送る。


「相手は乗ってくる?」

「ゲンサイは俺に襲いかかってこなかった。その時点である程度こちらを信用しているように見えた」


当然クロードは襲われることも考え、人目の多い広場を選んだのだが、彼がそれを煩わしく思った様子はなかった。


「人は取れる選択肢が少ない時、少しでも自分に利のある方を選ぶ、それがたとえ賭けでもな」

「クロードを信用するという賭けに出たってこと?」

「そうだ、俺を信用するのが彼らにとって一番利がある」


"ウーゴス"の戦闘員を殺したという時点で、時系列から自分のことを探している可能性があった。


ゲンサイたちがオグメント商会を襲撃しなかったことからこの可能性は高いとクロードは考えた。


彼らにとって自分は暫定的に敵だった、その認識を改めさせるためにクロードはわざわざ出向いたのだ。


「何をともあれ今日は帰ろう」

「戦場を見なくていいの?」

「明日見るよ、手間は減らしておきたいからな」

「分かった」


クロードとフェイの二人は、家路を歩くのだった。

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