四十三話 考え事と通りすがり
南地区の闇組織が盛んに活動するのは夜なので、早めの夕食を済ませたフェイは、早速情報収集の為に出かける。
「最低でも夜明け前に帰る」
「分かった、気をつけろよ」
「ん、行ってくる」
クロードに見送られてフェイは家を出る。
「気をつけて」
故郷で戦いや狩りに出かける時にそんなことを言われたことがなかった。
バルディアを冠する者、ルー族の英雄に心配は不要だと皆が考えていたからだ。
それは一番身近にいた妹であるレレイも例外ではなかった。
「ふふ、やっぱり今の生活が好き」
別に故郷のことを悪く言うつもりはない、当時はそれが当たり前だと思っていた。
クロードが自分の実力を疑ってるわけではないのに、それでも心配してくれることが新鮮で、むず痒くて、とても嬉しかった。
「攻略作戦」
夜の街を走りながら考えるのはクロードが話してくれた第二次残骸遺跡攻略作戦の参加のこと。
クロードはあえて言わなかったのだろうが、クロードが参加を決めたのは自分が理由の一つだと思うのは自惚れではないだろう。
故郷を滅ぼした憎き竜、暴王竜ジークフリートを勇者が討伐したらしい、魔女曰く真偽は不明。
本当に討伐されたのか、知りたい気持ちはある、しかし勇者の傍に別の魔女がいる。
魔女が得体の知れない油断のならない存在であることは、竜の魔女と戦って実感した。
フェイは勇者と接触し、魔女の企みに巻き込まれることを危惧していた。
(私の我儘でクロードが苦労するのは本意じゃない)
彼は笑って気にするなと言ってくれるかもしれないが、自分の都合に彼を巻き込みたくない。
(ん、今更かも)
フェイは自分の思考に笑う。
アヤヒメを助けると決めた時点で彼を自分の都合に巻き込んでいる、そしてクロードは生粋の冒険者だ、巻き込まれたとすら考えていないかもしれない。
色々と考え事をしているうちに、フェイは南地区に入る。
(屋根の上に人が等間隔に配置されてた、なんだろう?)
東地区と南地区の境界線沿いに、組織立った行動をしている人間たちがいた、フェイは疑問に思ったが南地区の外のことなので、とりあえず無視した。
(街が慌ただしい)
フェイが南地区に来るのは一週間振りか、そこらだが南地区のあちこちで、人が動いているのが気配で分かる。
(何かあった?)
気になったフェイは、"フォルティア"に行く前にこの慌ただしさの正体を調べることにした。
通りから脇道に逸れ、しばらく進むと血の匂いがフェイの鼻腔をくすぐる。
地面を蹴り、跳んだフェイは地面に倒れる人の背中に剣を突き刺そうとした男の顔面に蹴りを叩き込む。
殺さないように手加減をしたので、男の顔が潰れることはなかったが、派手に吹き飛ぶ。
「「はぁ!?」」
残った男たちがいきなり現れたフェイに動揺している間に、二人の顎に拳を入れ、頭を揺らす。
脳震盪を起こして意識を失った二人の男をフェイは、念の為動けないように足と手を潰す。
「大丈夫?」
「ごふっ、誰だ?」
血を吐いた男を抱き起こすと、背中に複数の切り傷があった。
フェイは男の服を破くと、背中に背嚢から取り出した回復薬の液体を掛ける。
「ぐうっ」
「深い傷がある、私の回復薬じゃ傷ついた内臓は癒せない、治療院へ行った方がいい」
「それよりも!、頼む!、俺の情報提供者を助けてくれ!」
血だらけの男はフェイの腕を掴み、叫ぶ。
「危ない人がいる?」
「この先の娼館の上級娼婦で名前はリザだ、頼む、お願いだ、彼女を助けてくれ!」
「分かった、お前の名前は?」
フェイは二つ返事で了承する。
「アイス、いや、マドロスだ」
「ん、約束はできない」
「それでもあり、がとう」
男は気力を使い果たしたのか、気絶する。
フェイは男をそのまま放置することはできないので、そのまま背負って連れていくことにする。
幸いにも男は中肉中背で、動くのに問題はない。
男を片腕で米俵のように担いだフェイは、男が指差した方向へ、走る。
すぐに娼館らしき建物が見えてきた、入口には見張りと見られる男たちが立っている。
彼らには首や腕には蜘蛛の刺青があった。
(なるほど)
短剣を抜いたフェイに、気付いた男たちは剣を抜く。
「遅い」
短剣を投擲したフェイは、さらに踏み込んで加速し懐に入る。
短剣は一人の太ももに突き刺さり、懐に入ったフェイがもう一人の顎を蹴り上げる。
「へぁ?」
短剣が太ももに突き刺さった男にはフェイが消えたようにしか見えず、短剣が刺さったことにすら気づいていない。
横っ面に掌底を食らい、男の意識は消し飛ぶ。
「ふぅ」
「あ、貴女、何をしてるの?」
唖然としている女が、恐る恐る話しかけてくる。
「人探し」
「人探し!?」
短剣を回収しながら答えたフェイに、女は素っ頓狂な声を上げる。
「リザって名前の人を探してる、知らない?」
男一人を抱え、屈強な男二人を一瞬で倒したフェイに目を向けられた女は、ビクリと体を震わせる。
「なんで貴女もあの子を…「きゃあーー!!」えっ?」
甲高い悲鳴は女性のもので、フェイは娼館の奥へ入る。
そして廊下に倒れる女性を押さえつけて、その首をへし折ろうとする男が視界に入る。
「何してるの?」
「あぁ?」
男がフェイの声に反応して、顔を上げた瞬間フェイの姿が掻き消える。
抱えていた男をその場に残し最速の蹴りが、男を襲う。
男は咄嗟に両腕で防御するが、その両腕ごとへし折られ、吹き飛ぶが、何とか受け身を取る。
「弱くはない」
痛みを堪える男が顔を上げるが、フェイはいない、否、目の前に現れる。
「でも強くもない、"獣打撃"」
一呼吸で十の打拳が打ち込まれ、男はボロ雑巾と化す。
「死ね!」
「っ!」
殺気を感知したフェイは、身を屈め大剣の鞘で剣撃を受ける。
背中に鈍い衝撃を感じ、左足を軸に右足を引き半身で振り返り、その勢いを利用して剣を手甲で横に弾く。
男が弾かれた剣に意識を取られた隙をつき、踏み込んでレバーに拳を叩き込む。
「がばぁ!?」
血反吐を吐いた男が、崩れ落ちる、フェイは剣を回収し放り捨てる。
「貴女がリザ?」
「へ?、ええ、そうよ」
「その人に助けてって頼まれた」
「アイス!」
フェイに指さされて、女性はアイスがいることに気付いて駆け寄る。
「生きてるけど深手を負ってる、貴女を助けて欲しいと頼まれた」
「貴女は騎士団の人?」
「騎士団?、違う、私は冒険者」
フェイが黒いドックタグを見せる、リザは驚く。
「黒、騎士団に雇われたの?」
「ん、そんなとこ」
騎士団に雇われるとか、よく分からないがただの通りすがりと否定するのも、話がややこしくなると考えてフェイは誤魔化した。
「今すぐ逃げる、アテはある?」
「待って!、逃げるなら弟たちも一緒に!」
「弟たち?」
「家族がいるの!、二人の弟が!、二人を見捨てて逃げられない!」
リザの叫びを聞いたフェイは思考を素早く回す。
(騎士団、情報提供者、"タランチュラ"、この慌ただしさ、南地区の外で待ち構えていた集団)
フェイは一つの解を導き出す。
(リザが"タランチュラ"の裏切り者で、騎士団の情報提供者、マドロスが連絡役を務めた騎士ならば筋は通る、"タランチュラ"は裏切りに気付いて刺客を送った、二人を助ける為に外で待っていた集団の人数は過剰、もしかして…)
思考を打ち切ったフェイは、リザに向き直る。
「助ける」
「本当!?」
「ん、本当。逃げるアテは?」
「アイスが南地区を出れば騎士団が保護してくれるって」
「分かった、家族のところへ案内して」
「ついてきて!」
マドロスを再び背負ったフェイは娼館を出て、リザの背を追う。
ただフェイの足の方が速いので、すぐに追い越してもう片方の腕で抱える。
「きゃあ!」
「こっちの方が速い、案内して」
「そこの路地を右よ」
ものの数秒でボロ屋に到着し、リザが家に入る。
そしてすぐにフェイの腰ぐらいの背丈の男の子二人が出てくる。
「連れてきたけど、このまま逃げるの?」
「ん、私に考えがある」
フェイは無表情で安心させるように言った。




