四十一話 事件現場と信用
クロードがアレシアと交渉を終えた頃、東地区のとある路地裏に騎士が集まっていた。
「ここまで凄惨な現場は久しぶりだな」
「確かに酷い」
その路地裏は数人の死体と血の池が広がり、鉄錆の臭いが周囲に充満していた。
「おっと、これはひどい」
騎士たちに声を掛けたのはボサボサ頭の冴えない中年の男だった、剣を腰に差し鎧を着ていなければ騎士であるかも怪しいほどの容貌だ。
「ノルド隊長」
「やあ、皆、状況は?」
「見ての通り殺人事件です。ここで野垂れ死んでる奴らは"ウーゴス"の連中ですね、血も乾いてないし殺されたのはついさっきです」
比較的若い騎士が報告する。
「目撃者はいません、こいつらの死因は鋭利な切り傷による即死、一人だけ拷問されている奴がいますね」
「拷問?」
「壁にもたれかかっている奴です、両手の甲に複数の刺し傷があります」
「こいつの死因は首の傷か、死に顔を見るに情報は聞き出せたみたいだ」
死人は驚いた顔をしている、察するに助けると言われ情報を話したのに首を切られたから驚いたのだろう。
「闇組織の抗争じゃないね、犯人はかなりの腕だ、一人で武器を抜かせず五人を殺してる」
「殺し屋か、暗殺者ですか?」
「”ウーゴス”の下っ端を殺すのに殺し屋や暗殺者を使う奴はいないよ、それに殺すのが目的ならこんなところで殺さない」
「突発的なものですかね?」
「どうだろうね」
ノルドは立ち上がり、周囲を見回す。
「こいつらは路地裏に誘い込まれた、犯人はこいつらが”ウーゴス”であることを知って情報が欲しくて襲った、乱暴な奴だ、リベルタに来たのはつい最近だね」
事実としてリベルタの騎士団は精強無比、質では王立騎士団や北方のスクルド騎士団にだって負けていない。
リベルタに住む人間であれば、騎士団が治安を守る地区で殺人事件を起こそうとする者はいない。
「目撃者がいないんじゃ犯人を探しようがない、全くこの忙しい時期に止めて欲しいな」
ノルドは溜息を吐く、周囲の騎士たちも気持ちは一緒だが状況が状況なので、苦笑いに留める。
「巡回の頻度を増やして厳戒態勢だね」
「隊長」
「私だって嫌だよ、事務仕事が増える。でも民を守るのが騎士の務めだ、副隊長、衛兵隊への通達は任せるよ、こっちと負担は同じくらいにね」
「はい、総団長への報告は?」
「私がやっておくよ、ついでに追加の人員を派遣してもらえないか、交渉してみるよ」
「ありがとうございます」
「幸い、総団長は話の分かる人だ、上手くやるよ」
リベルタ東地区担当騎士団第三部隊、それを纏める隊長のノルド・サイラムは部下に指示を飛ばす。
「それにしてもこれは長剣じゃなくて曲刀による傷だね、これほどの切り傷をつけられる鋭利な曲刀といえば刀だ、まずはそこから調べてみよう」
◆◆◆◆
殺人現場から三十分ほど歩いて離れた路地裏で、外套を羽織る一人の男が立っていた。
『この街の騎士とやらは優秀だ、私としたことが急いたな』
殺したことに後悔はないが、他にやりようはあったのかもしれないと男は溜息を吐く、彼が話しているのは王国語ではなかった。
その男の隣に黒衣の女性が降り立つ。
『師範』
『戻ったか、裏は取れたか?』
『はい、”ウーゴス”がくろうど・いぐのうとという冒険者を追っているのは間違いないようです』
『冒険者、妖獣を狩る職種か、その男の情報は?』
『くろうどはこの街では有名人のようです、黒い髪に赤い目の持ち主で、凄まじい弓の腕を持つと』
「弓か、どのような強者であろうとも、姫様の所在を知っているならば見つけだす」
外套の男は拳を強く握る。
『冒険者が集まる建物があるそうです、冒険者を探すならそこへ行くのが得策かと』
『そうだな、凛月、頼めるか?』
『はっ、師範は?』
『私は騎士に追われている身だ、しばらく身を隠す、明日の朝、ここで合流だ』
『承知!』
黒衣の女性が姿を消し、外套の男も路地裏から去る。
◆◆◆◆
師範と呼ぶ男の命を受け、凛月は冒険者ギルドを訪れた。
昼間の冒険者ギルドは閑散としている、冒険者はほとんどおらず、真面目な冒険者たちは奥の訓練場で訓練しているのだが、凛月が知るよしもない。
凛月は周囲を警戒しながら、受付に歩き寄る。
「ここが冒険者ギルドか?」
「はい、当ギルドへのご依頼でしょうか?」
王国語で話しかけると玲瓏な笑顔の美人受付嬢が言葉を返してくれる、凛月は自分の王国語が通じたことに内心胸を撫で下す。
「依頼というほど大したものではない、くろうど・いぐのーとという冒険者を探している」
「お知り合いですか?」
「いや、直接の面識はない、ある人に頼まれて探している」
凛月は言葉を慎重に選ぶ、彼女の勘が目の前の受付嬢を警戒しろと囁いている。
「そうですか、言伝を頂ければ彼がギルドに来た時に伝えます」
「いや、今すぐ会いたい、急いでいるんだ」
クロード・イグノートは、この一年間ずっと追い続け、師範が危険を犯して手に入れた手がかりだ、悠長に待つことはできない。
「それほどまでお急ぎになるご理由は?」
「それは言えない」
「それでしたら言伝を」
凛月は歯噛みする、賄賂を渡してみるかとも考えたが目の前の女はそんな単純な人間には見えない。
「貴女を信用できない」
「それは当然でしょう」
「え?」
「私と貴女様は初対面です、会話した時間は一分にも満たない、それで信用できるわけがありません」
「た、確かに」
その通り過ぎて凛月は頷いてしまう。
「私を信用する必要はございません」
「は?」
「僭越ながら貴女様は冒険者というもの、さらには冒険者ギルドについてよく知りませんね?」
「知らない」
「貴女様の不信は無知から来ています、まずは知るところから始めてはいかがでしょうか?」
「申し出はありがたいが私たちには時間がないんだ」
「五秒後に身内が死ぬんですか?」
「はい?」
「十秒後に貴女も死ぬんですか?」
「な、何を?」
「私が言いたいのは時間の使い方です、時間が少ないのは事実でしょう、しかし致命的に少ないわけではない。このまま私と押し問答を続けるか、冒険者ギルドの説明を受けるか、どちらが有意義でしょうか?」
美人受付嬢はこちらの心情を慮っている、こちらを利用としようと企んでいるわけでないと凛月は感じた。
「貴女の名前は?」
「アリシャと申します」
「私の名は凛月だ。ありしゃさん、是非教えてくれ」
「畏まりました」
ぺこりと頭を下げたアリシャが説明を始める。
冒険者ギルドという組織の説明を受けた凛月は、アリシャに頭を下げる。
「教えてくれて感謝する」
「いえ、仕事ですので」
「ただ私たちの事情を教えることはできない、済まない」
「構いませんよ、イグノート氏は個人的に探すということですね?」
「ああ、冒険者ギルドが冒険者を守る組織だというのは理解した、だがせめて彼が行きつけにしている酒場とか知らないか?」
「図々しいですね」
「ぐふっ!」
「失礼、失言でした。残念ながら私はイグノート氏とは仕事中の付き合いしかありませんので悪しからず」
「無理を言って申し訳ない」
「お気になさらず」
「色々助かったよ、ありしゃさん」
「仕事ですから」
アリシャは凛月を見送る。
「リツキ様」
「?」
「アリシャです、ありしゃではありません。王国語のイントネーションは少々クセがあります」
見抜かれた、それでも凛月は笑顔を務める。
「ありがとう」
今度こそ去る凛月の背をアリシャは見送る。
「先輩、新しい依頼ですか?」
「いいえ、冒険者を探しに来たそうです」
同僚の受付嬢の質問に答える。
「へぇー、特定の冒険者に会いたいなら指名依頼を出せばいいのに」
「お急ぎだったそうです、お断りしました。この依頼書、達成条件が曖昧なので明確にしてください」
「早っ!、さすがは先輩、先輩なら王都のギルドでもやっていけますよ」
「おだてても代わりませんよ」
「はい、今すぐやります」
受付嬢は羊皮紙を受け取り、机に戻る。
「興味はありません、私はこの街が好きですから」
微笑んだアリシャは仕事に戻った。




