三十七話 情報屋と腹案の全容
「それじゃあ、フェイは建物の裏手へ、トウカはアヤヒメと外で待機、グレイシアとヘイグは俺と中へ、ヴァネッサは…」
「分かっている、トウカ殿たちと待機だろう」
「そうだ、頼む」
情報屋は騎士を見たらすぐ逃げる、後暗いことをしているのだ、当然とも言える。
それよりもヴァネッサはクロードの的確な指示に感服する。
「ムカつくわね、そっちの領域でクロードの右に出る奴はいないわ」
「同感だ」
同格の冒険者たちが賞賛しているのを見るに、彼女たちから見てもクロードは優秀なのだろう。
それは彼女たちがクロードの指示に異議を唱えないことからも分かる。
「クロード、行ってくる」
「頼む、絶対にそっちに逃げるからよろしくな」
「ん」
フェイはトンと地面を蹴ると、さっさっと建物の壁を蹴って屋根の上に消えた。
ヘイグとアヤヒメは驚いていたが、他の者たちは驚かない、自分でも出来るからだ。
クロードとグレイシア、ヘイグが酒場の中に入る。
「どいつだ?」
「あの男です」
クロードが問うと、ヘイグはカウンターの端に座る男を指さす。
「助かった」
クロードが一歩踏み出すと、近くに座っていた男が突然立ち上がり襲いかかってくる。
クロードは拳を受け流して、腕を掴み背負って投げ飛ばす。
男は壁に背中を打ち付け、気絶する。
「時間稼ぎをさせるにしては弱過ぎる」
唖然とするヘイグを他所に、カウンターを見ると先程まで座っていた男がいない。
クロードは気にせず、カウンターに座る。
「冷えたエールを一杯」
「私も」
「は、はい」
クロードとグレイシアは平然と酒を注文する。
すぐに二人の前にエールのジョッキが置かれる。
「あ、貴方は?」
「お、俺はいいです!」
困惑気味の店主にヘイグは食い気味に答える。
「クロード、連れてきたよ」
「ありがとう、フェイ」
フェイは肩に担いでいた男を椅子に座らせる。
「あっ、フェイ、これ、依頼の報酬だ」
「ありがとう、奢る」
「それは嬉しいな、このエール、いるか?」
「くれるの?」
「不必要に昼間から酒は飲まない」
「ん、遠慮なく」
フェイはクロードからエールのジョッキを受け取る。
放置された情報屋だったが、彼は注意深くクロードたちを観察する。
「お酒は嫌いじゃない」
「トウカみたいに無限に飲ませてくるのだけは止めてくれよ?」
「トウカはそんな酷い?」
「酷いなんてもんじゃない、自分が酔わないからって無限に勧めてくる」
「ーーー」
何故自分は放置されているだろう、彼らは自分の情報が欲しく来たのではないか?
「そろそろ終わったか?」
「っ!」
何が終わったというのか。
「考える時間だよ、お前はそれなりの情報屋らしいから時間を上げれば考えられる」
「お前、心が…」
「読めるわけないだろ、当人の立場を考えれば分かる、それで?」
クロードはこちらの事情など意にも返さず、聞き返す。
ちなみにフェイはクロードの背中に寄りかかり、グレイシアはエールを追加注文する、ヘイグは放心していた。
「銀の冒険者が求めるような情報を俺は持っていない」
「ヒントをやるよ、"ウーゴス"」
「ーーー」
クロードはこちらの言葉を無視して淡々と告げる。
「フェイ、今日の昼飯何が食べたい?」
「肉」
「端的過ぎる」
「それじゃあ焼き串」
「好きだな」
「クロードとこの街に来て最初に食べたものだから」
自分を片手で軽々と持ち上げた獣女が、年頃の乙女のようなことを言っている。
フェイのような獣人に興味はない情報屋だが、まるで恋愛小説のような想いを向けられているクロードが妬ましかった。
「他人を妬んでる暇があるってことは、考えついたんだな、教えてくれ」
「何故それを答えなければ…」
ドンと金貨の詰まった皮袋が置かれる、中にはリード金貨が三十枚ほどが入っている。
同業者の中でも優秀であると自負している情報屋でもなかなかお目にかかれない大金だ。
置いたのはフェイだ。
「勘違いしてる、対価は渡す」
フェイはそれ以上は何も言わない、クロードも口を挟まない。
「"ウーゴス"は最近かなりの上物を手に入れたが、それが昨日逃げ出したという話だ、買い手はひどく激怒し"ウーゴス"は必死で捜索している、お前たちが欲しいのは"ウーゴス"の人間がどこで捜索しているかだろう?」
情報屋はクロードたちが"ウーゴス"が攫った上物を取り戻そうとしている人間に雇われた冒険者だと推察した。
クロードの首に掛かるドッグタグは銀、リベルタでもトップクラスの冒険者が雇われている。
情報屋はクロードの容姿と所持している武器から彼を《弓剣》だと判断した。
(まずい)
《弓剣》、問題児だらけの銀の中でも特にヤバい。
最強の冒険者は誰だと聞かれれば、十人中十人が《七色》だと答えるだろう、では最優の冒険者は誰だと聞かれたら誰の名前を上げるのか。
情報屋はそれは《弓剣》である答える。
理由は簡単、彼は受けた依頼を失敗しない、必ず成し遂げるのだ、リベルタ全ての冒険者に屈辱を刻んだ残骸遺跡攻略作戦に於いても、彼の活躍は目覚しかったと聞く。
彼がいなければ攻略作戦に挑んだ冒険者は全滅していた、情報屋が会った冒険者たちは皆そう口を揃えて言っていた。
それほどの冒険者が今目の前にいる、情報屋は自分の分析が正しいことを精一杯祈る。
彼とで死にたくはない。
「駄目だな」
「っ!!」
「その程度は自分で手に入れられる、お前にわざわざ会いに来る理由にはならない」
目も合わせないくせに淡々と言ってくる、情報はこちらが持っているのに。
「俺は情報をお前には渡さない」
「それなら騎士団へつき出す」
「!?」
「情報屋君、お前が情報提供者を罠に嵌めて借金漬けにしてほぼ無償で働かせているのは知ってる」
「何故それを!?」
「カマをかけただけだ」
「っ!!!」
情報屋は愕然とする、このような単純なカマ掛けに引っかかってしまった。
「俺は法には詳しくないがそれが違法なのは分かる」
「証拠はない」
「あるよ、君が持ってる、借用書とかそういうの」
「何故知ってる!」
立ち上がった情報屋の肩をフェイが掴む。
「座って」
「っ」
「座って」
有無を言わさない無機質な瞳に情報屋は屈した。
「それで分かったか?、俺たちが何の情報を欲しがってるか?」
情報屋は頭をフル回転させる他なかった。
◆◆◆◆
クロードとフェイ、そして情報屋を背負うグレイシアとヘイグが出てくる。
「買い手はオグメント商会の会長オプラだ、そうだ。ヴァネッサ、知っているか?」
「知っているがオグメント商会の規模は中の上、とても遠い極東からアヤヒメちゃんを呼び寄せることが出来るとは思えない」
「それについては考えがある、それより情報屋を逮捕できるか?」
クロードはグレイシアが背負う男を指さす。
「罪状がなければ逮捕できないぞ」
「これで十分でしょ」
グレイシアは丸められた羊皮紙をヴァネッサに渡す。
「王国法で定められた利率を大きく逸脱している、この借用書があれば確かに十分だな」
ヴァネッサはグレイシアに投げられた情報屋を受け取り、肩に担ぐ。
「クロード、お前の腹案を聞かせろ」
「そんな怖い顔をしなくても答えるよ」
「買い手が分かったんだ、選択肢は一つだ」
「オグメント商会を潰すのか?」
「そんなことはしない、ヴァネッサに睨まれるのはごめんだし、商会と会長のオプラには何の関係もない。ただ一度会ってみようと思ってる」
「会ってどうする?」
「奴の裏に何があるのか突き止める、一つ確約する、俺たちはその裏に潜むものを排除する、手段は選ばない」
「私としては手段を選んで欲しいが」
「敵の全容が見えない以上、手加減はしない。これが俺の腹案だ」
「私に出来ることが教えてくれ」
「協力してくれるのか?」
「今更何を言っている、クロードが強引に乗せた船だろう」
「確かにそうだな」
「某の故郷の慣用句をご存知とは」
「教養の一つだ、今のような状況を乗りかかった船と言うのだろう?」
「まさに、某の故郷は海に囲まれている故船に関する慣用句は多い」
「ヴァネッサ、今は大丈夫だが、近いうちに必ず借りることになる、お前へ直接連絡を取るにはどうすればいい?」
「身近の駐屯地に来い、話は通しておく、保険にこれを渡しておく」
ヴァネッサは何かをクロードとフェイに投げる。
受け取った二人が手を広げると、徽章が握られていた。
「総団長の旗印だ、それがあれば頭が硬い奴が居ても問題ない。くれぐれも悪用はするなよ?」
「今回の件が終わったら返すから心配するな」
ヴァネッサは情報屋を担いで、この場を去った。
「クロード、私達も帰るわ、また会いましょう」
「ああ、またな」
グレイシスはヘイグを連れて、風のように去った。
「トウカ、アヤヒメは俺たちの家に泊める」
「某の屋敷に泊めるのが合理であろう」
「そこまで手を借りるつもりはない」
「それならば大鶴を貸そう」
「通訳が必要なはずだ、日当金貨五枚でどうだ?」
「そこまでする理由は?」
「某は故郷を捨てた身、しかし故郷を忘れたことは一度もない。同郷の者、それも子供であれば某は全力で助ける、そこになんの打算もない」
クロードには分からない考えだが、フェイには分かる。
「クロード、私が払う」
「フェイが納得したのなら俺は構わない」
「そういうわけだ、大鶴、夜刀神語の通訳を命じる、期限は綾姫を取り巻く脅威を排除するまでだ」
「御意」
いつの間にかトウカの傍に片膝をついたオオツルが命令を受け取る。




