三十四話 名付き指定と共存
フェイとの戯れというの名の死闘を終えて、家の外に出たクロードは周囲の気配を探る。
「不審な気配はないか」
一つ覚えのある気配があるが、これはトウカの身内のものだ。
「ちっ、私の気配を気取るとは、忌々し男め」
黒装束の女性がクロードの家の屋根の上に立っていた。
「オオツル、そこから降りないなら射抜くぞ」
「ちっ」
二度目の舌打ちをして黒装束の女性オオツルが降りてくる。
「お前らシノビは気配遮断が完璧すぎるんだよ、だから逆に目立つ、前に言っただろ」
「くっ、私と白鷺の気配を気取れるのはお前しか居らぬ」
「それは光栄だ」
「それはともかく姫様を面倒事に巻き込んでくれたな」
「面倒事とは物は言い様だな。正しくその通りだが」
「お前たちが何をしようと勝手だが姫様を巻き込むな」
「臣下のお前らに無断でトウカを巻き込んだのは謝るが、トウカはお前たちに心配されるほど柔じゃないだろ」
クロードはトウカより強い剣士に会ったことがない、剣に疎いクロードには推測することしかできないがおそらくトウカはあの歳で既に剣の高みに至っている。
「確かに姫様が害される姿は想像もできないが、そうだとしても私たちには姫様を守護する義務がある」
「分かった、家に入るのは許すが傍で見守るだけにしろ」
「お前に感謝などしたくはないが一応礼は言おう」
「おう、一応受け取っとくよ」
ヒラヒラと手を振り、クロードは家から離れた。
◆◆◆◆
早朝の冒険者ギルドは相変わらず混みあっているが、兜を手に持ち、洗練された甲冑を着るヴァネッサは一際目立っていた。
「ああ、クロード、待っていたぞ」
「悪い、色々あってな」
「それはフェイ殿がいない理由が関連しているのか?」
「話したいことはあるが、今は依頼の達成報告が先だ、ソルはどうした?」
「ソルは夜明け前にリネット殿から特効薬を受け取ると、リベルタを発った、クロード殿とフェイ殿には別れの挨拶ができず済まないと言っていた」
「彼奴」
「怒らないでくれ、クロード」
「怒ってはない、呆れてるだけだ。また会う機会があったら俺の代わりに殴っといてくれ」
「それはさすがに…」
ヴァネッサは苦笑しつつも、気持ちは分からないのでもないでそれ以上言うのは止めた。
アリシャの達成報告は特に問題はなかったが、魔女に出会ったという話にはアリシャも眉をひそめた。
「魔女ですか。オールレイル山脈の生態調査が必要ですね」
「ああ、やった方がいいだろう、魔女のせいで数百匹のワイバーンが消えた、オールレイル山脈の生態系に少なくない変化が起きているはずだ」
「私から上に報告しましょう」
「頼む」
「はい」
「それと竜の魔女と名乗ったエレグ・バルサードは竜の魔女として指名手配します」
つまりはエレグは名付きになったということだ。
彼女がやったこととそれによる影響力を考えれば、当然と言える。
冒険者は魔獣を狩るのが仕事だが、人間の生存圏を維持するのも仕事の一つだ、それを脅かす可能性がある存在を冒険者ギルドは許容しない。
それに名付きになった魔女はエレグ一人だけではない。
「剣の魔女、震の魔女、空の魔女、罪の魔女、エレグは錚々たる面々の仲間入りか」
「魔女だけでもそんなに居るのか」
「ああ、お陰で冒険者が食いっぱぐれることはない」
「クロード殿は大物だな」
「冒険者なんて言うのはそんなもんだ」
「イグノート氏、こちらが達成報酬です」
「アリシャ、手間で悪いが三等分にしてくれ」
「かしこまりました」
アリシャは素早く報酬の金貨を三等分により分ける。
「俺の分は口座へ頼む」
クロードは二つの皮袋を渡す。
「それではそのように」
綺麗に三等分された金貨の一塊を戻し、残り二つの塊をクロードに渡された皮袋へ入れる。
「手間をかけた」
「仕事の範疇です」
二つの皮袋を受け取ったクロードは一つを背嚢に入れ、もう一つはヴァネッサに投げ渡す。
「お、おい!?」
ヴァネッサは慌てて受け取り、金貨の重さに驚く。
「それはヴァネッサへの報酬だ」
「待て、私は依頼人だぞ。この金貨はクロード殿とフェイ殿に払われるべき報酬だ」
「フェイと話し合った、ヴァネッサは色々と働いてくれだろ?、一緒に山に登っただけじゃない、外套の調達や馬車の手配、それはその仕事ぶりへの正当な報酬だ」
「私は…」
「返却は受け付けないぞ、ヴァネッサはソルへ恩を返す為にやった、それはいい、だが俺とフェイは今回の依頼でお前に助けられた、おまけに魔女と戦った者になんの報酬もないのは看過できない」
「クロード」
「俺とフェイの為にそれを受け取ってくれ 」
「分かった、二人の気持ちは受け取ろう。ただしこの金貨は孤児院に寄付させてもらう」
「強情な奴だな、もうお前の金だ、好きにしろ」
「性分なんだ、許してくれ」
「お前のようなやつは嫌いじゃない」
「そう言われると嬉しいな」
話しながらクロードとヴァネッサは壁際に移動する。
「それでフェイがここにいない件だが…」
「私に協力できることがあれば言ってくれ」
「それは助かるが…」
クロードは何故ヴァネッサがそこまで言ってくれるのか、分からず困惑する。
それを理解してヴァネッサは話してくれる。
「今回の件で私とソルは本当に助けられた、クロード殿の知識、フェイ殿の武力がなければソルが仕える尊き御方の御命は潰えていた」
「その口振り、ソルの仕える姫様って言うのは只者じゃなさそうだな」
ソルが仕える姫様がスティレ王国を治める国王の一族である王族で、並の貴族よりも上の地位にいるのは間違いない。
ただ王族というのはたくさんいる、リベルタを治める侯爵家がそうであるように、血筋が途絶えぬように多くの子をもうけるのだ。
つまり王族と一括りに言ってもその中で序列があるのだ。
「只者ではない、正体が気になるか?」
「やめておく、これ以上深入りしない方が良さそうだ」
「賢明だな、それで私は何をしたらいい?」
「東地区で活動する人攫いを生業とする組織を知らないか?」
「誰か身内でも攫われたのか?」
「そうじゃない、ただ人攫いを生業とする組織があるならその情報が欲しい」
「それは何が目的で?」
「その組織を潰すため」
クロードの発言にヴァネッサは眉を顰める。
「クロード殿が言うのだから虚言ではないのだろう、しかしリベルタの治安を維持するのは騎士団の役目だ、それを乱すような行為を止めて欲しい」
「どういう意味だ?」
クロードにはヴァネッサの言いたいことがいまいち分からない。
「私は冒険者は外側の脅威を排除し、騎士団は内側の脅威を排除する存在だと考えている。こうした住み分けが出来ているから、貴族である騎士とそうではない冒険者、二つの武力が共存できる」
「つまりは騎士の領分に冒険者は踏み入れるなということか?」
「その解釈で構わない、クロードとて騎士団が魔獣討伐に乗り出したら怒るだろう?」
「怒るというか……とりあえずヴァネッサの言いたいことは分かった。ただ俺たちにも譲れないものがある」
「クロード殿」
頑固なクロードをどう説き伏せようか、ヴァネッサが思考を巡らせた時に、三人の人間が近づいてくる。
「クロード、ヴァネッサ、待った?」
「よう、フェイ、ちょうどいい所に来た」
「ん、良かった。ヴァネッサ、昨日ぶり、ソルは?」
「ソルは特効薬を持ってリベルタを出た、謝っていたぞ」
「次会ったら殴る」
「フェイもか、勘弁してやってくれ」
親友を庇うヴァネッサの目は、フェイの隣に立つ盲目の剣士と外套を目深に着る少女に向かう。
「ヴァネッサ、盲目の冒険者がトウカ、隣はアヤヒメだ、トウカ、アヤヒメ、彼女は騎士のヴァネッサだ」
「盲目とトウカという名前だけで分かる、《剣鬼》だな、其方の武名は私も知っている、会えて光栄だ」
「リベルタの全ての騎士を束ねる騎士に知られているとは恐悦至極、某も会えて嬉しい」
トウカとヴァネッサは握手を交わす。
「『アヤヒメ、彼女はヴァネッサ、クロードとフェイの友人で騎士、夜刀神で言う武士だ』」
「『武士様でしたか、お初にお目にかかります、私は神代綾姫と申します』」
ヴァネッサに名乗るアヤヒメだが、当然アヤヒメの言葉が分からずヴァネッサは困惑する。
「クロード殿、フェイ殿、この子は一体?」
「それも含めて説明するよ」
クロードは昨日の夜に起きたことから順繰りにヴァネッサに説明した。




