三十話 取引と魔女について
クロード、フェイ、ソル、ヴァネッサの四人はエレグの生首を相手にしている。
「エレグ、お前を殺したいが殺せないなら仕方ない。フェイ、土に埋めよう」
「ん、分かった」
「ちょっと待った!」
「なんだ?」
「君に人の心はないのか!」
「ある、魔女には適用されないがな」
「酷い!。魔女差別だ!」
「差別じゃない、お前は俺たちを殺そうとした敵だ、生かしておく理由がどこにある?」
「ないけど土に埋められるなんて嫌だ!。せっかく竜の体を手に入れたのに!」
「知るか」
生首の状態で暴れるエレグにクロードは呆れる。
「埋める前に聞きたいことがある」
「埋めるのを止めてくれると嬉しいな?」
「炎と雷を纏う漆黒の竜を知ってる?」
「…知ってると言ったら解放してくれるのかな?」
「それはお前がどの程度知っているかによる。クロード、いい?」
「いいぞ、フェイの自由にして」
「ソルとヴァネッサもいい?」
「構わない」
「フェイの好きにしてくれ」
「ありがとう」
フェイはエレグの首を胴体へ戻す。
「背中に突き刺さった大剣も抜いてくれるとありがたいな」
「ーー」
「話すよ」
エレグはフェイに無言で見下ろされることに耐えられず、口を開く。
「炎と雷を纏う漆黒の竜、その特徴を持つ竜は一匹しかいない、"暴王竜ジークフリート"だ」
「ジークフリート」
「ジークフリートは私が会った竜の中で一番強かったね、あいつの息吹に焼かれた時は本気で死んだと思ったよ」
「それは知ってる、身をもって体感した」
「まさかジークフリートと戦ったの?」
「故郷が襲われたから戦った、そして勝てなかった」
「あの竜と戦って生きてるだけでも私は驚きなんだけど」
「ジークフリートは今どこにいる?」
「分からない」
「は?」
「勇者に討伐されて死んだらしいよ」
「待て、今勇者がフェイの故郷を滅ぼした竜を討伐したと言ったか?」
「言ったよ」
「あのゴミクズ野郎にそんな力はない、有り得ない」
「私もそう思ったけど随分と勇者のことが嫌いなんだね?」
「死ねばいい」
「コホン、君の勇者への憎悪はともかく、私はジークフリートが死んだという話が信じられなかったから調べに行った」
「そしてジークフリートと勇者が戦った後を見つけた、竜が死んだのは間違いない」
「何やら含みのある言い方だな」
「ジークフリートと勇者が戦ったのは間違いない、そして戦いの結果竜が死んだことも間違いない。そしてあれからジークフリートを見かけていないのも事実だ」
「故に私はジークフリートが死んだと判断した、そうなるとジークフリートを倒した勇者がどんな奴か、気になるじゃないか!」
「ーーー」
「同意ぐらいしてくれよ!?」
「ーーー」
「…話を続けるね」
((クロードとフェイは魔女の扱いが上手いな))
遠目で見守るソルとフェイはそんなことを思う。
「勇者君は強くない、少なくともジークフリートを討伐できるほどの実力はない」
「戦ったのか?」
「いいや、遠目から彼の戦いを観察しただけだよ」
「俺達には喧嘩をふっかけてきたくせに何故だ?」
「勇者君の傍に同類がいたからね」
「同類って、まさか魔女か?」
「そう、そのまさかだ。私は同類とは関わらない主義でね。観察するだけに留めたよ」
(あのゴミクズが魔女と一緒に?、確かに仲間を何人か連れていた記憶はあるがそれらしいやつは…いたな)
クロードは思い出した、勇者は怪しげな女を連れていた。
所々に穴の空いた破廉恥な服を着るグラマラスな女だった。
関わりは一言交わした程度だが、一目でヤバい女だと分かったので、いつか勇者を破滅させるとは思っていたが、もっと異質な存在だったのかもしれない。
「それは色気を凝縮したような破廉恥な服装をしてる女のことか?」
「その女だよ、よく覚えてるね」
「目が普通じゃなかった」
「君の直感は正しい、魔女の私が言うことではないかもしれないけど魔女には関わらない方が幸せに生きられる」
「魔女ってのはなんだ?」
クロードが純粋な疑問符を込めて問う。
「その質問は難しいね、私が君たちに人間ってのはなんだ?、と聞くのと同じだよ」
「そういうことになるのか」
「そうだね、強いて答えるなら魔法を使い自分の欲望に忠実で利己的な生き物、かな」
「魔法の部分を除けば人間と大して変わらんな」
「あっ、君もそう思うか、気が合うね」
「ーーー」
「無言は止めてくれないかな!?」
「クロード」
「悪い、話が逸れた」
「大丈夫。エレグ、その魔女は強い?」
「分からないというのが正直な意見かな。ジークフリートがあの魔女に殺されるとは思わないけど、魔女の特性は多種多様だし、事実として彼の魔力は見つけられなかった」
「私は彼奴の死亡を疑っているけど生きている証拠もない。だから私はジークフリートの居場所を君に聞かれて分からないと答えたんだよ」
「ーーー」
フェイは沈黙する、内心何を考えているのかクロードにも分からない。
機会があったので故郷を滅ぼした竜のことを聞けば、生きているのか死んでいるのかも分からないという。
クロードは話しかけず、フェイが考えを纏めるのを待つ。
エレグも自分の命運はフェイが握っているので、口を開かず黙る。
やがてフェイはエレグの背中に突き刺した大剣を引き抜く。
「情報をくれたから解放する」
「あ、ありがとう」
「ん、また喧嘩を売ってきたら今度こそ土に埋める」
「ア、アハハハ、私だって分別はあるよ」
完全再生したエレグは翼を広げ、飛び立つ。
「またどこかで会ったらよろしくね!」
純白の竜に変化したエレグは捨て台詞を残して飛び去った。
◆◆◆◆
「フェイ」
「何?」
「知りたいことは知れたか?」
「分からない、何を知りたかったかも分からない」
「そうか」
クロードはフェイの手を取り握る。
「それにしても婆さんはどこだ?、流れ弾で死んだか?」
「ちゃんと生きてるよ」
投げかけられた声に振り向くと、ソルとヴァネッサの二人と一緒にいるリネットが腰に手を当てて立っていた。
「聞いてくれ、クロード、フェイ、リネット殿は私たちが戦っている隙にルシアの花を採取してくれたのだ」
「通りで姿がないと思ったら…」
「私みたいな年寄りじゃ大して役に立てないからね。適材適所ってやつだよ」
「都合の良い時だけ年寄りになるな」
「事実だよ」
「はぁ、ルシアの花は?」
「これだよ」
リネットは腰に下げる小さな籠に入れられた白い花弁の花を見せてくれる。
「これが?」
「普通」
「危険地帯の頂上に生えてるからって特別な見た目をしてる訳じゃないよ」
「不測の事態には遭遇したがとりあえず何の憂いもなく山を降りられるな」
「ああ、一番の懸念材料が片付いた。今すぐ降りよう」
「焦るな、ソル。お前は完成した特効薬を届ける役目があるだろ?、輸送に失敗してもう一度登るのはごめんだ」
「わ、分かっている」
「それにしても派手に戦った割に死骸の一つもないのはどういうことなんだい?」
クロードは下山する途中で、竜の魔女エレグとの邂逅と戦いについて、リネットに説明するのだった。




