二十九話 魔女再臨
名無しの竜王の咆哮はオールレイル山脈にいる無数のワイバーンの群れを呼び寄せた。
クロードは思考を回す。
(最悪だ、あの名無しの竜王だけなら何とかなったかもしれないが、無数のワイバーンに囲まれたら終わりだ)
あの竜王の力が間違いなく名付きクラスなのは間違いないが、どれほどの力があるのか未知数。
大量のワイバーンに囲まれながら戦える可能性は万に一つもない。
逃亡は選べない、それなら戦うのみ。
「フェイ!、ソル!、ヴァネッサ!、俺は戦うぞ!、こんな所でくたばる気はない!、お前たちはどうだ!?」
「当然、戦う」
「我が忠義魔獣ごときに阻めるものか!」
「騎士として敵に背は見せない!」
三人の戦意は十分、意思も統一した。
フェイとソルの姿が掻き消え、名無しの竜王へ斬りかかる。
ヴァネッサはクロードを守るように、ワイバーンの群れの前に立つ。
「クロード、守るから全部撃ち落とせ!」
「ヴァネッサに言われるまでもない!」
クロードは三本の矢を番え、連続で放つ。
瞬く間に三匹のワイバーンが地に落ちる。
クロードはワイバーンたちの動きを素早く観察し、次々と撃ち落とす。
ヴァネッサとて負けてられない、突っ込んでくるワイバーンを一匹、二匹と斬り捨てる。
しかし二人では全てのワイバーンを倒せず、何匹かは名無しの竜王の方へ向かう。
「フェイ!」
「ソル!、行ったぞ!」
名無しの竜王と戦うフェイとソルは背中を狙われた形だが、ソルが迎え撃つ。
「邪魔はさせない!」
ソルは盾を投げ、一匹を地面へ落とし、さらに突っ込んできた二匹のワイバーンを斬り捨てる。
盾を回収し、振り向いたソルの横を吹っ飛ばされたフェイが通過する。
「フェイ!」
「大丈夫」
名無しの竜王が飛び上がる、息吹を撃つのかと身構えるが、そうではなかった。
名無しの竜王が口を開くと、周囲を飛ぶワイバーンたちが白化し、地面に落ちる。
理解できない光景にフェイとソルは警戒するが、フェイが斬り落とした左腕が再生するのを見て、その行為の意味を理解する。
「傷が!」
「再生した」
驚く間もなく名無しの竜王の喉が白く光る。
「息吹が!」
焦るソルに対し、フェイは短剣を投擲するが竜鱗に弾かれる。
「むっ」
飛距離が遠いせいで、威力が足りない、そこへ漆黒の矢が飛来し、名無しの竜王の顔面の半分を消し飛ばす。
「撃たせないって言ってんだろ」
「グルルルゥウウ!!?」
絶叫する名無しの竜王の口から、無差別に真っ白い息吹がばら撒かれ、地面へ墜落する。
「倒した?」
フェイは落ちてくる息吹の残滓を避け、ワイバーンを斬り捨てながら、言うがそれには誰も答えられない。
それより更なる異常事態が起きる、クロードたちが戦っていたワイバーンが全て白化したのだ。
もはや誰の仕業か疑うまでもない、白化し崩れ去るワイバーンの残骸は全て名無しの竜王が墜落した場所へ集まる。
何が起きようとしているのか、何となく想像が着いてしまうが、不確定要素が多すぎる。
クロードとヴァネッサはフェイとソルと合流し、名無しの竜王が落ちた場所を睨みつける。
やがて全て残骸が消えると、バサリと広がる真っ白い翼が土煙を吹き飛ばす。
「なっ!?」
クロードは驚きと衝撃で、言葉を失う。
それはフェイやソル、ヴァネッサも同じであり、フェイはいつもの無表情を崩して、口を開けている。
「ーーー」
人だった、そこには背中から真っ白な翼、そして真っ白な尻尾が生えた全裸の女が立っていた。
「アハハハハハハハハハーッ!!」
目を開けた女はクロードたちに気付かず哄笑する。
その目は縦に割れた縦長の瞳であり、ソルと似た目だが明らかに人のものでない。
クロードを含め、皆が困惑するが武器を握る手は緩めない。
「ん?、ああ、ごめんね、実験が成功した嬉しさあまり少々我を失っていたよ」
クロードたちに気付いた異形の竜女は、丁寧に頭を下げると指を鳴らす。
そうすると一瞬で竜女の体が鱗に覆われる。
「初めまして、こんにちわ。私の名はエレグ、エレグ・バルサード、ただのしがない魔女だ」
異形の竜女、改め魔女エレグ・バルサードは名乗る。
「いや、今は"竜の魔女"と言った方がいいのかな?」
エレグは可愛げに小首を傾げる。
魔女、そう呼ばれる存在に関してクロードが知っていることは一般常識の域を出ない。
魔女は魔術とは原理も原則も異なる魔法を扱う超常的な存在である。
不思議なことに魔女は繁殖せず、神の気まぐれかのように何の変哲もなく生まれる。
その程度のことしか知らない、クロードは思考を回すがこの異質な存在を前にどう対処するのが正しいのか分からない。
「ねぇ、貴女は敵?」
「ん?」
悩むクロードを他所にフェイは平然と話しかける。
「敵?、それは君たちを害する気があるかと言う意味?」
「ん」
「あるよ」
エレグはごく自然に戦うつもりだと言う。
「転化中とはいえ僕を斬り、穿ち、僕の一撃を受け止める人間たちがいることには驚いた、是非本気で戦いたい」
好戦的に嗤うエレグは両手に爪が生え、脚が竜のものへと変化する。
その姿はまさに半人半竜と言うべきものであり、戦場の空気が一変する。
「敵なら倒す」
フェイが纏う空気が一変し、全身の毛が逆立つ。
「竜は好きじゃない」
「私は大好きだ」
「そう」
「アハッ!」
フェイとエレグの姿が消え、瞬間、フェイの大剣とエレグの竜爪が衝突した衝撃波がクロードたちの前髪を撫でる。
「ふん!」
フェイはエレグに押し勝ち、吹き飛ばす。
ぶっ飛ばされたエレグは山肌を抉りながら、転がり山頂付近に小さいクレーターを作る。
「えぇ!?」
「驚くな、同じ人型ならフェイに力で勝てるわけがない」
クロードに驚きはない、エレグは恐らく人型になったせいで膂力が落ちたのだ、それでフェイはエレグを吹き飛ばせた。
「フェイ!、援護する!」
「ん!、すぐに来る!」
「アハハハ!、何という力だ!」
「っ!?」
エレグは一息でフェイの懐に飛び込む。
「だが速さでは私の方が上だ!」
大剣でエレグの拳を受けるが、体重を乗せた拳撃によりフェイは、クロードたちの視界から消える。
「フェイ!」
何度か地面を転がることで、衝撃を逃がしフェイは綺麗に着地する。
「嘘!?」
「はぁ!」
「へぶぅ!?」
フェイの大剣を受け止めたエレグだったが、受け止めきれず、地面にめり込む。
そのまま力を込めようとするが、地面が盛り上がりフェイは後ろに跳ぶ。
地面を破壊して、真っ白な竜が現れ、上空を旋回する。
『驚いたか!、今の私は竜の姿となり空を駆けることができる!、アハハハ!、実に素晴らしい!』
高笑いするエレグの翼を、矢が貫く。
「えぇ!?」
「《貫矢》」
クロードの矢がエレグの片目を撃ち抜き、彼女は真っ逆さまに落下する。
落ちるところへソルとヴァネッサが駆け寄り、両翼の付け根を斬り断つ。
鮮血が飛び散り、ぐしゃりと首が折れた竜は力無く倒れる。
「フェイ、大丈夫か?」
「ん、無事。クロード、さすが」
「ありがとう」
クロードは弓を背負い直し、コダチを抜く。
「さっさと起きろ、起こして欲しいなら別だが」
クロード、フェイ、ソル、ヴァネッサはエレグを囲む。
竜が白化して人の姿に戻ると、片目に矢が突き刺さり、首が綺麗に折れたエレグが立ち上がる。
「痛いなぁ、これほどの痛みを負ったのは久しぶりだ」
破れた翼膜と折れた首が再生し、斬ったはずの翼の付け根も元に戻る。
矢が刺さった片目を眼球ごと引き抜き、捨てる。
「さすがに眼球は簡単に再生しないか、構造が他の部位と違い、構造が複雑だから?、それなら脳が潰されたら再生するかな?、再生しなかったら私は死ぬ?」
ぶつくさと独り言を呟いていたエレグが顔を上げると、クロードたちの剣撃が襲う。
クロードの一撃により、エレグは前髪を失う。
「避けるな」
「避けるでしょ!」
背後からソルとヴァネッサが迫ってくる、エレグは地面を蹴り、真上に跳躍し逃げようとするがフェイに足を掴まれる。
「離してくれると嬉しいな?」
「断る」
フェイはエレグをソルとヴァネッサの方へ投げる。
「!?」
剣を構える二人が待ち構える。
「「"光突"」」
「うぐっ!?」
エレグの胸を二人の突きが貫通し、エレグは地面を転がる。
トドメにフェイが大剣を突き刺す。
「がはぁ!?」
腹を大剣が貫通し、地面に縫いつけられたエレグは血反吐を吐く。
「自分の再生力を知りたがってたよな?」
「う、うん」
「試してやるよ」
コダチを振り下ろしクロードはエレグの首を斬り落とす。
フェイは斬り断たれたエレグの首を持ち上げる。
「死んでない」
「えへ?」
「細切れにして火で炙れば死ぬか?」
「ソル、水に沈めるという手もある」
「魔獣の餌にするという手もあるぞ」
「ちょっとちょっと!、本人の目の前で殺す方法を考えるのは止めてくれるかな!?」
「魔女とやらの生命力は甲虫種並だ」
「さすがに虫と同列というのは承服できないよ!」
生首の状態でエレグは平然と喋る。
クロードは魔女が常識外の生き物であることを再確認した。




