十三話 立案と遍歴騎士
動きを確認した翌日、二人は依頼を達成するためにリベルタを出立した。
目的の魔獅子が根城とする廃村はリベルタから徒歩で二日の距離にあり、二人が到着する頃には日が暮れようとしていた。
夜の戦いはこちらに不利なので、二人は野営の準備を始める。
「クロード、魔獅子と戦ったことはある?」
「残骸遺跡で三回戦ったことがあるな」
「その時はどう倒したいの?」
「後衛が援護して前衛の奴らが倒したいって感じだな、特に作戦とかは立てなかった。魔獅子はただ強いだけの魔獣だからというのが大きい」
「力には力でってこと?」
「そういう意味だ、デカい図体のくせに空を飛ぶから少し面倒だがそこは俺に任せろ、フェイは自由に戦えばいい、問題はおそらく魔獅子は一匹じゃないってことだ」
「ん、依頼書には一匹とは書いてなかった」
「フェイも気づいてたか」
「ん、これはわざと?」
「おそらくな、それも含めてフェイを試してるんだろ。討伐対象の魔獣を調べるのは当然だし、小鬼や小猿のような群れる魔獣を除けば大型魔獣は番いでいることがほとんどだ」
「鎧熊もそうだった」
「そうだったな。それでフェイ、何か策はあるか?」
「んー、クロードは二対二で勝てると思う?」
「連携の精度次第としか言えないな、可能だとは思うがそれなら陽動で分断した方がいいと俺は思う」
「クロードは一人で勝てる?」
「正面からは無理だな、俺にそこまでの前衛力はない」
自己分析ができているクロードの言葉にフェイは唸る。
「うーん、クロードは戦わずに逃げる?」
「勝てなくとも負けない戦いをするまでだ、前提としてフェイが負ける可能性は万に一つもない、つまり…」
「さっさと倒して援護に行く」
「ああ、ただ勝負を急くなよ、俺だってそこまで柔じゃないからな」
「分かってる、クロードを信じてる」
二人は作戦会議をしている間にも火起こしと寝床の整備を済ませていた。
「ん?」
「どうした?」
突然立ち上がったフェイにクロードが声を掛けると、彼女は地面に耳を当てる。
「地響き、じゃない、これは馬蹄の音」
「馬蹄の音?、近づいてきてるのか?」
「ん、少しずつ大きくなってる」
この廃村は街道から外れている場所にあるので、通行人という可能性はほぼない。
「どうする?」
「戦闘準備をしよう、数は分かるか?」
「一騎」
「一騎?、余計に分からないな」
もしこの廃村に用がある騎士だとしても単独行動していうのはありえない、騎士は一部の例外を除き常に複数で行動するものだからだ。
クロードは考えるの止めて矢筒から矢を抜き、弓に番える。
「あれか」
暗くて見にくいがこちらへ近付く馬影を視界に捉える。
「フェイ、全て俺に任せてくれ」
「ん」
馬に跨る人間が手網を引き、馬を止める、焚き火の光でこちらに気付いたようだ。
そいつは両手を上げて馬から降りた。
そしてそのまま馬を引き、こちらに近寄ってくる。
「止まれ、それ以上近づくな」
「こちらに敵対する意思はない」
両手をあげたソイツは外套を羽織り、全身を隠していた、唯一分かるのは帯剣していることと盾を背負っていること、そして女だということだ。
「それは分かってる、まずは名乗れ」
「ソル、ただのソルだ」
完全に偽名かつ虚偽を言っているが、クロードはツッコまずこちらからも名乗る。
「俺はクロード・イグノート、こっちは相棒のフェイ・バルディア・ルー、冒険者だ」
「冒険者…」
「何か文句でも?」
「いや、なんでもない」
「騎士は冒険者が嫌いか」
「そんな事は!、あっ」
「やっぱり騎士か、見たところ遍歴騎士ってとこか」
「ち、違う、私はただの旅人だ」
あまりにも下手くそ過ぎる嘘に驚いたが、当たりということだ。
遍歴騎士、単独行動をする騎士と言えばこれしか考えられない。
王国が拡大政策を取っていた時代、国王が地方を監視する為に最も信頼する騎士を派遣したことが起源だとされている、国王直属の大騎士だ。
「お前、ただの冒険者ではないな」
「いや、今のはアンタがカマかけに引っかかっただけだろ」
「だ、黙れ!」
「まぁ、普通じゃないのはその通りだ」
クロードは銀のドッグタグを見せる。
「銀か、納得だな」
「俺はこんな簡単なカマかけに引っかかるアンタが本当に遍歴騎士か疑ってるけどな」
「何!?、私は正真正銘の…って、その手にはもう引っかからないぞ!」
その反応をしている時点で遍歴騎士であることは確定したようなものである。
クロードはフェイに目配せを送り、武器を下ろす。
「それで遍歴騎士がこんな廃村に何の用だ?」
「遍歴騎士じゃない、私はただの旅人だ」
「その旅人さんが何の用だ?」
「この廃村には魔獣が住み着いていると聞いた、一王国民として看過することは出来ない」
「一王国民って旅人じゃないのか?」
「この国が好きな旅人だっているだろ!」
「そうかもな、それで魔獣を討伐しに来たと」
「そうだ」
「それなら問題ない、俺たちはその魔獣の討伐依頼を受けてここにいる」
「そうか、それならば私もその討伐に加えてくれ」
「何?」
「安心しろ、私は強い。お前たちの足を引っ張ることはない」
クロードはフェイに小声で話しかける。
「フェイ、どうする?」
「あり、盾役がいるのは有り難い」
「それには同感だがギルドに外部の協力者を使ったと誤解される恐れがある」
「ん、それじゃあ協力を得るのは無理?」
「そうでもない、要するに善意の協力者だと証明できればいい」
「どうやって?」
「そのためにはソルの身分をはっきりとさせる必要がある」
クロードはフェイの会話を終え、ソルに向き直る。
「申し出はありがたいが俺たちに協力するならリベルタの冒険者ギルドまで同行してもらうことになるぞ」
「構わない、ちょうど私の目的地もリベルタだ」
「あくまで俺たちに協力すると?」
「そうだ、私はお前たちが戦うというのに外からのんびりと見物するつもりはない」
言っていることはとても騎士らしいが本人は旅人だと言い張っている。
「こっちは相棒が昇級したばかりでギルドに色々と試されてる段階なんだ、アンタも隠し事がある身だろ、ギルドに詮索されたくはないんじゃないか?」
「確かに私は隠し事をしているが、それがお前たちに協力をしない理由にはならない」
「分かったよ、アンタが良い奴なのは理解できた、協力に感謝する」
「ん、私からもありがとう」
「礼は魔獣を討伐した後でいい」
一息ついたソルが外套のフードを脱ぐと、真紅の長髪が露になり、同じく真紅の縦長の瞳がこちらを見る。
「ん、良い目」
「ああ、頼もしそうだ」
「え?、あ、ああ、ありがとう」
困惑するソルを他所にクロードは寝床に座ると、背嚢から干し肉を取り出す。
「あむ」
「あっ、おい」
食べようとしたらフェイに奪われた。
「返せ」
「嫌」
「自分のがあるだろ」
「クロードの方が美味しそう」
「同じやつを買っただろう」
「ん、気分の問題」
「気分で人の食い物を奪うな」
クロードはフェイとの激しい徒手空拳の戦いを制して、干し肉を取り返す。
「あー、泥棒」
「どっちがだ」
フェイの食いかけをクロードは迷わず食べる。
「人の食い物を奪うやつはこうだ」
クロードはフェイの額にデコピンを打つ。
「痛い」
「お仕置だ」
フェイがじゃれ合いたいだけだというのはクロードも分かっていたので、フェイを膝の上に乗せて額を撫でる。
「二人は仲が良いのだな」
「「相棒だから」」
「ちょっと羨ましいな、私にとって相棒と言えるのはファロスだけだ」
「ブルルゥ」
ファロスというのは鼻息を鳴らしたソルが駆る馬の名前だろう。
「生意気な馬、自分たちの方が相性が良いとか言ってる」
「ファロスの言葉が分かるのか?」
「んん、そんな気がするだけ」
「びっくりしたぞ、てっきり獣人族は動物の言語が分かるのかと」
「そんな便利な能力はない」
「ソルは旅は長いのか?」
「え?、な、長いと言えば長いと思うぞ」
「何故歯切れが悪い」
「じ、実は一年に一回は故郷に帰るんだ。母との約束で」
遍歴騎士として一年間の仕事を報告するためだろうか。
「今まではどこを旅してきたんだ?」
「今までだと南方の温泉郷とか西方辺境の孤海都市ヴェネスとかだな」
「東方辺境は初めてか?」
「初めてだ、二人はリベルタに住んでいるのか?」
「俺は五年ぐらいだ」
「私は最近住み始めた」
「私はしばらくリベルタに逗留する予定だからどこかで会ったらよろしくな」
「目当ては建国祭か?」
「そうだ、王都とはまた趣の違う祭りだと聞いた」
「貴族、庶民問わず騒ぎたいだけの祭りだけどな」
「クロード、祭りがあるの?」
「毎年の恒例行事だ。領主様お抱えの劇場が庶民に開放されたり、お抱えの劇団がパレードをやったり市場税が一時的に減税されて多くの出店が出る」
「楽しそう、一緒に行こう」
「フェイが行きたいなら付き合うよ」
初めて出会ったソルと会話しながら、魔獣討伐の前夜とは思えぬ夜が更けていった。