困惑とはじめまして
ギリギリセーフ
自殺、それは強いチカラを必要とする。
「っはっ…はっ……!」
しかしそのチカラはきっかけに過ぎず、すべてが使われることもない。始まってしまえばその流れに従うほかはない。
「はーっ…はーっ……ふぅ……」
では、そのチカラはどうなるのか。
概ねそれは魔素となり、その地に滞留するだけだが、
「……なぜ…私は…生きてるの…?」
時にそれは組み込まれた魔法のトリガーとして利用されることもある。
◇◆◇
気づけば景色は一変し、辺りは瑞々しい茶色と目に染みるような緑に支配されていた。白っぽくどこか鬱々とした空気を纏っていたあの場所とは正反対とも言うべきか、心地よく冷えた湿気と生の気配が満ちている。
島にこんな場所は存在しただろうか。島中すべての場所を知っているという自負があったが、それは傲慢だったのかもしれない。
そんなことを考えながら、はじめての感覚を堪能した後、ようやく視線を引き寄せる。
少し大きな岩と張り付いた鮮色のコケ、すんっとしたものが多いが高低、形の様々な草。そして小さくて白い足が敷物のようなコケの上に置いてあり、私へと続いている。
……小さな足?
おかしい。
たしかに、ハル兄様や他の兄弟たちに比べたら私の足は小さいかもしれない。でも、だからといってここまで小さかった覚えはない。さらに心なしか距離も近いような気がする…。
考えられるのはふたつ。
一つは体自体が縮んでいること。
もう一つは体が幼くなっていること。
魔法の影響だとすれば、前者の可能性が高い。後者も不可能というわけでもないが、お手軽にできるものではない。いたずら感覚で使うにはもったいない程に高コストでハイリスクな魔法だったはずだ。…そのために生まれた奴でもなければ。
むむむ…あれこれ考えても埒が明かない。
何か、確認する手立ては
……あるじゃないか。
火を見るよりも明らかな双峰が。
…と言っても手に乗せられるほどだが。
とはいえ、幼い体に懐かしき双峰があったとしたら…まあ、その時はその時だ。
◇◆◆
意を決して脇腹に手を当てる。
すべらかな肌は柔らかく、何一つ抵抗がない。
空気の冷たさもあって少し冷えた指がじりじりと迫ってくる。
しかし、登頂予定の双峰は丘陵の影すらなく、ただ滑らかに肩まで到達してしまった。
信じられない気持ちで目をやると、そこには幼さ故の愛らしさのある白い平原だけが広がっていた。
「ロリだーーーー!」
突然の大声に肩が跳ねる。
声の主がいると思われる方向に顔を向けると、変な男がこちらを見ている。手元の本とこちらと、わくわくとした視線を往復させながらぶつぶつと呟いている挙動不審な男が。
…なんか気持ち悪い。何かがしっくりとこない。男を見ているとそんな感覚に襲われる。
男の外見が悪いというわけではない。むしろ、森にいることが不自然に見えるぐらいには気を使っていると思う。しかし、何かが嚙み合わず、つかれるのだ。
わからないものは、とりあえず保留にしよう。いや、保留にせざるを得なかったと言うべきだろうか。
気づけば、少し離れた位置にいたはずの男が、いつの間にか本をしまい、すぐ近くまでやってきていたのだ。
「君は言葉がわかるかい?話せるかい?ああ、寒いだろう!とりあえずこれを羽織らせてあげよう!」
しゃがんだ男は間伐入れずに話しかけてくる。しかも、手際よく上着を羽織らせながら。咄嗟に離れることもできず、上着に退路を断たれては、こくこくと頷くことしかできない。
「ああ、言葉がわかるのだね!ならば尚更いい!この格好ではいかんだろうから、わが家へ連れ帰ろうではないか!ちょうど君がぴったり着れそうな服が家にあるのだよ。別に君を取って食べるつもりはないさ。(いやしかし、この腕のさわり心地は…)やっぱり、君の腕をすこしバラしてみてもいいかい?」
「よくない!」
何故、腕をバラそうという思考になる!
マシンガントークと身の危険に思わず声が出る。もしかしたら、ヤバい奴なのかもしれない。
「ああ、話せるのだね!最高だ!ますます気に入った!気になるのだが、拒否されてしまっては仕方がない。解体は諦めるとしよう!出来ることからやればいいさ。私の名はフリーズ!さあ、お嬢さん!一緒に行こうではないか!」
フリーズと名乗った男が、こちらに手を差し伸べる。
正直に言えば、拒みたい気持ちもある。なにせ、突然バラしたいなどと言い出すような奴だ。しかし、ここが見知らぬ土地ならばこの誘いを受けた方がいいだろう。きっと、この男よりも無慈悲な存在が溢れているだろうから。伝手も何もない。ならば、この提案に乗るのが一番得策だろう。最悪、逃げ出せばいい。
差し出された手を掴み、立ち上がろうとする。しかし、そう上手く立ち上がることができない。
それに気づいた男、フリーズは「失礼!」と言って抱きかかえる。その手つきは、どこか手馴れているようだった。
◆◇◇
「そういえば、君に名はあるのかい?」
「……ルシャ」
「なるほど!君はルシャと言うのだね!珍しい!これからよろしく頼むよ、ルシャ!」
そんな話をしながら、ルシャを抱えて森を進むフリーズの手は、いつまでも空気より冷たく、皮を剝いたばかりの生木のようにしっとりとしていたのだった。