Ⅵ
開いている窓からやや強い風が吹き込んできた。六月初旬。梅雨入りがまだのせいか、吹き込む風もさほど湿気を含んでいないようで、作業服の下の、動いて少し汗ばんだ身体にも心地がよい。
ガラスのテーブルに置かれた鉢植えの胡蝶蘭の花も、やや大きく花弁を揺らしている。
会話が途切れ、何となく気になった由利がその花を見つめていると、
「それ、気になるのか? 欲しけりゃ持って帰ってもいいぞ」
と、矢田部が声を掛けた。
「えっ? ああ、いや・・・」
「どうせ、そんなの金になりゃしないだろうし」
「でも、胡蝶蘭って高いんじゃぁ・・・」
戸惑っている由利に矢田部が説明した。
「花屋で買う時は高くても、そんなモン買い取ってくれるとこないだろうしなぁ。なんにしても生のもんはダメなんだよ。買い取り書のリストに入れておかなきゃ大丈夫だよ」
おもむろに、矢田部が立ち上がってテーブルの上の胡蝶蘭の傍に近寄って行った。
「だけどこれ、珍しいな」
「そうなんすか?」
「ああ・・・。ヘンな花の形をしている。普通、胡蝶蘭って、花が蝶々に似た形をしてるから、胡蝶蘭って言うんじゃねえの? でもこれは、蝶と言うより、なんだか鳥の羽みたいだ」
矢田部は胡蝶蘭の花弁に顔を近づけて、まじまじとそれを見つめた。
胡蝶蘭の鉢植えというと、長く伸びた茎を支柱に巻いて固定し、そこに白い蝶が群がるように花を付けている様をイメージするが、これは小さな花びらが鳥の羽のように幾重にも重なり、大きな二枚の花弁がまるで翼のように見える。そうしてその大きな花が、ぽつん、ぽつんと三つほどまばらに咲いているのだった。
「健人・・・。さっきここに住んでいた女がどうなったかなんて、俺たちには全く関係のない話だって言ったよな?」
矢田部が急に振り向いて由利に言った。
「あ、はい・・・」
見ると、矢田部の顔が妙に真剣な表情に変わっている。
「実は俺・・・、この部屋で起こったかもしれない事件とよく似た話を、昔聞いたことがあるんだ・・・」
「えっ?」
「その話、聞きたいか?」