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電話が通じなくなった。恐らく了は、電話の電源を切ったのだろう。洋子は、儀式の会場に立っていた。男はあらかたあの二人を探しに出かけ、ここにいるのは子供と女だけだ。先程牧野と了が起こしたであろう爆発があったため、彼女らは家に置いたままにしている。
洋子は苛立ちすぎて、爪を噛んで歩き回っていた。
ーせっかく美智子の新盆なのに。元々牧野と了は儀式を潰すつもりだったんだわ。やっぱり呼ばなければよかった。
洋子は了の部屋に行き、ありとあらゆるものをめちゃくちゃにした。了がお小遣いを貯めて作ったプラモデル、誕生日に買ってあげたラジオ、結局使わずじまいだった電子辞書ー床に叩きつけたり、踏み潰したり。やがて埃が舞い、大方壊せるものがなくなると、洋子は無表情で立ち尽くした。
ーここまで育ててくれたのは誰だと思ってるのよ、この恩知らず。
男はバカで、汚くて、ずる賢くて、腐ってて…
美智子じゃなくて、あの子が死ねばよかったのに。
たまらずに、洋子は牧野の荷物を探しに行った。
神城山の山頂、神城神社は先程牧野が行った神社とは比べ物にならないほど立派である。真ん中には大きな火釜があり、その中の火を取り囲むようにして、何人もの人の姿をした祟りが集まっていた。大人から子供まで、ざっと40人ほどいる。
「また来たか。」
白装束を着た若い男が言うと、本堂から一人少年が出てきた。少年は、体全身に爆弾を巻いている。そこにいる全員を睨みながら、
「浜崎美智子はどこだ。」
と叫ぶ。他の祟りはピクリともせず、黙っている。やがて先程の男が口を開いた。
「そう焦んな。あと、言葉遣いには気をつけろ。」
「早く会わせろ。俺には復讐したい相手がいるんだ。」
少年がそう言うと、男は目を見開いて、両手を伸ばす。次の瞬間、少年は苦しみ始めた。
顔がどんどん赤くなってくる。男は手を伸ばしたまま、少年に近づいた。
「何を聞いてたんだ?お前は。言葉遣いには気をつけろ、と言ったんだ」
少年は倒れ込む。目を見開いて、男を睨むことしかできない。周りの祟りは、一斉に男の元を離れた。やがて少年の意識はほぼなくなり、白目を剥いて痙攣する。男が唸りながら手をむけ続けていると、チャキッと言う音が後ろでした。
「解除しろ」
「解除しろ」
「解除しなければ撃つ」
「解除しなければ撃つ」
二人の子供が男に銃口を向ける。男は咄嗟に手を元に戻した。少年は咳き込み、大きく息をする。体は痙攣したまま、動けなかった。男は膝についた枯れ葉を払う。
「お前らは何だ?おっかねえもん持ちやがって…」
二人に近づこうとすると、ガサっと言う音がした。祟りは全員、目を見開き、整列する。男も一瞬で青ざめて、列に加わった。対照的に、銃を持った二人の子供はゆっくりと整列する。爆弾を巻いた少年はまだ立ち上がれない。そしてゆっくりと、浜崎が歩いてきた。
「おい」
浜崎は何も見ずに言う。静かに怒っている様子が、誰にでも分かった。浜崎は横たわった少年を見る。少年はまだ体の末端が痙攣していた。
「大丈夫か?」
浜崎はしゃがみ込んで、首にそっと手を置いた。少年はゆっくりと、そして必死に頷く。
「ならいい。そのままでいろ。」
男の顔は青ざめたままである。浜崎は立ち上がって、前を向いた。
突然、男の体が燃え出した。男は声にならない叫び声を上げる。浜崎は見向きもせずに呟いた。
「確か、一酸化炭素中毒の…」
男は浜崎に向かって手を伸ばす。周りの祟りは恐れ慄き、燃え上がる男を見ていた。
「大丈夫、触れても熱くはない。ただこいつが熱がっているだけだ。」
浜崎は周りの祟りに言う。男はやっとのことで両手を伸ばし、笑う。浜崎はニコリともせずに言う。
「火を消すつもりか。」
しかし、何も起こらない。男は困惑し、何回も手を伸ばすが、浜崎は苦しまない上に、一向に火が消えない。
「祟りになるに値しないってことみたいだよ。さようなら。」
男は最後に何か叫んだが、その声は届かず、ボンッと言う音と共に消えた。誰も何も言わなかった。浜崎は静かに語り出した。
「別に誰に対してもこれをやるわけじゃないから。ただ、あの男みたいに誰かを傷つける奴が出てきた時には、私が祓う。」
祟りは徐々に、徐々に大きく歓声を上げた。跪いて泣き出す者もいれば、「救世主だ!」と叫んで踊り出すものもいた。
浜崎は後ろで手を組んで、天を仰ぐ。
「これが基本方針ってとこ?ー荒神様。」
浜崎が本堂の奥を睨むと、ちらっちらっと火影に照らされた像の姿が見える。手が九本あり、髪の毛は火のように逆立っている。口が横に大きく、カッと目が開かれた顔が三つ付いている。浜崎は続ける。
「声が聞こえないのに、あなたの思っていることは分かるーこりゃ中々気持ち悪いね」
像は何も話さない。側から見れば、浜崎が独り言を言っている状態となっている。再び荒神が何かを浜崎に告げる。
「ははっ、分かってるよ。誰に対しても容赦はしない。あなたに力を与えられたんだもの、後悔させるような事はしないよ。」
浜崎は一人で引き笑いをしながら、自らの髪の毛をくしゃっと掴む。心なしか、横に広がった荒神の口がさらに横に広がった気がした。そのまま浜崎は階段を下り、森の奥へと消えていった。しばらくして、一人の少女が荒神の象のそばに近寄る。古びれたピンクのTシャツを着た中学生ほどの少女は、荒神の伝える内容を、頷きながら聞く。しばらくして、ニヤリと笑い、口を開いた。
「ーかしこまりました。」