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「何だよ、祟りって…」
大の字になって寝転がっていた了は、空を見上げながら言った。
「訳わかんねぇよ。」
了が呟くのを、牧野は膝を抱えながら聞く。またしばらく沈黙が流れる。今度は牧野が口を開く。
「どうする?一回浜崎が行った通り、あの家に帰る?」
牧野は寝転んだまま応えない。牧野も了の考えていることは分かっていた。
ー他の人に言うことなんて、ない。期待してたのなら残念。
浜崎の言葉が頭で再生される。突き放したような口調だった。
「何もないってそりゃ無いだろ…!」
震えた声で了が呟く。牧野は何も言わなかった。何も言えなかった。了がどんなに一年間苦しんできたのか、分かるとは言えないまでも、喧嘩した時に少しは感じた。どんなに辛く、どんなにもどかしい思いをしただろう。その結果があの言葉では、あんまりだ。
ーそれなのに、俺は。
ちょうど今日、この上の神社で放った言葉を思い出す。
ーお前らがそんなんだから、浜崎はここを出て行ったんだよ。
今更ながら後悔した。何と想像力の、思いやりの欠けた言葉だったのだろう。牧野は顔を膝につけ、目を閉じた。放った言葉は取り返せない。
「ごめん」
結局出て来た言葉はそれだった。これでは何を謝っているのかも分からない。顔を上げて、何か付け足そうと思ったら、了がそれを遮った。
「…お前は本当に、美智子の死に関係なかったのか?」
牧野は静かに頷いた。今度は嘘じゃない。了はハッと笑いながら言う。
「じゃあ、お互いに一回ずつやらかしたってことだな。」
牧野もつられて笑う。
「一回どころじゃねえだろ。」
二人とも、むくりと起き上がった。スーツは汗びっしょりで、気持ち悪かった。牧野は了に手を貸し、立ち上がる。
「で、どうする。いつまでもここにいるわけにもいかねえだろ。」
それを聞いて了は、瓦礫で塞がれた前方を見る。動かしてどうこうできる規模でもなく、少しでも動かせば一気に崩れそうである。
「とりあえず家に帰らないことにはな…」
そう言っていると、了のポケットで電話が鳴り始める。
「母さんだ。」
そのまま電話を取ろうとしたので、牧野は了を肘で小突いた。
「音声。スピーカにして」
了は頷き、音声をスピーカにする。通話ボタンを押すと、
「了!今どこにいるの!」
急に電話から大声が流れたので、二人とも耳を塞いだ。堀木母の声だ。
「大切な儀式の途中に、あんたって子は…!!今すぐ帰って来なさい!今どこ!?」
激しく怒った様子だった。爆発があったんだから、息子を心配するのが先じゃ無いのかと思ったが、黙っていた。
「母さん、ごめん。今神社の下に…」
電話はしばらく音を発しなかった。しばらくして、震える声で堀木母は言い出す。
「あんた、もしかして…さっきの爆発…」
「母さん?」
「あんた、なんてことを…!」
「違うよ、別に俺がやったとかじゃ…!」
次の瞬間、堀木母は電話の向こうで怒り狂って叫び出した。了も必死に弁明するが、堀木母は聞く耳を持たない。怒りすぎてもはや何を言っているのか聞き取れなかったが、最後に言った言葉はかろうじて聞き取れた。
「覚悟していなさい!今警察呼ぶから!」
そう言ってブツリと電話を切った。
「母さん!くそっ」
了は憎々しげに携帯を戻した。堀木母の怒り様は、親が子を叱るそれではなかった。まるで、心から憎んだ相手を罵るような口調であり、完全に了を傷つけるための言葉選びだった。
「すげえ怒ってたな。警察呼ぶって…マジか?」
了はため息をついた。
「あの親ならやりかねない。父さんは母さんの言いなりだしな。」
「どうする?大人しく捕まるか?それとも…」
言い終わらないうちに、瓦礫の向こうから声がした。咄嗟に牧野は口を閉じる。
「この向こうにいるのか?おーーーーーい!戻れ、ガキども!」
堀木家にいた親戚の声。それも、一人じゃない。何人も来ている。複数の懐中電灯の光が近づいているのが見えた。
「逃げる。俺はこのままじゃ終われない。祟りだとか訳わかんねぇ事言ってるあいつの、美智子の目を覚ましてやる。」
了はまっすぐな目で牧野を見つめて言った。牧野も頷く。よしっと了は小さく呟く。
「まだ走れるか?牧野。」
「ああ。いける。」
「階段上がって、森の中に逃げるぞ。街に出たら確実に捕まる。」
二人は、階段を駆け上がり始めた。海の遙か向こうで、警察官を乗せたであろうフェリーが走っていた。