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明らかに、歓迎はされていないだろう。
牧野理はため息をつきながら、フェリーから大きな離島に降り立った。眩しい日差しの中、顔を上げると、前方に視界を遮るものはほぼ何もなく、それゆえに島の中心に位置する山はより大きく見える。東京ではこんなに開けた景色に包まれることはないから、素直にぼんやりと見惚れると共に、この島に赴くことになった経緯に思いを馳せていた。
ー彼女は、ここにいれば、あんな事にはならなかったのだろうか。
今となっては、もう確かめようもない。
大学一年生の夏、牧野は見知らぬ田舎に、重い足取りで歩き出した。
牧野は、東京都の〇〇学園に通っていた。親は重度の学歴至上主義であったから、とにかく1にも2にも勉強、と言ったような生活を牧野にさせていた。夜の12時まで塾の自習室に籠り、翌朝また学校に行く。もちろん学校でも友達と話すことは許されておらず、偏差値が高いわけではない00学園の生徒はその姿に困惑していた。(その様子を見て、牧野夫妻は明らかな優越感を得ていた)友達なし、恋人なし、人情なし…クラスメイトから冷徹な勉強マシーンと評価さていた彼だが、牧野自身はそれを承知していた。
ー俺の親が見ているのは、俺自身ではない。あいつらは、育成ゲームのキャラとしてしか俺を見ていない。
だから、俺が難関私立大学に合格してしまえば、彼らのキャラは俺の弟に変わる。彼らは新たに、ゲームの2周目を始めるのだ。いつか、そうなることだけを頼りに勉強していたから、俺には友達なんてできない、高校生の青春なんて無関係だ、と諦めていた。
そんな中だった。クラスメイトの一人、浜崎美智子が自殺した。
彼女は工業団地の側の海の底から引き上げられた。自殺と分かったのは、東京から彼女の実家に遺書が送られていたからだ。彼女の親が気付き、警察に通報した時には、もう手遅れだった。彼女の遺体が見つかった後、誰の口からも、出てきた言葉は同じだった。なぜ彼女が自殺なんてしたのかー
明るくて快活な少女だった。言いたい事ははっきり言う、正義感に満ち溢れた人だった。そんな性格だから、人からの信頼も厚かった。見た目が整っており、女優として芸能活動も始めていたらしい。まさに今から、だった。遺書以外に彼女の死の原因を記したものは無かったため、浜崎の親族以外に彼女の死因を突き止める術は無い。ある友達は狂ったように泣き叫び、ある友達は茫然自失とし、ある友達は彼女の死についてありもしない噂を立てていた。
これは他殺だ、自殺に見せかけて、ファンの人に殺されたんだ、
結局はそれを確かめる術は無いのだから、空疎な議論に過ぎない。全員、どこかスッキリしないまま終えることとなった。
というのも、スッキリしないまま終わる事になった原因はもう一つある。
浜崎の葬式は彼女の地元で行われたのだが、教師一同・生徒一同もれなく葬式への参列を拒否されたのだ。どうやら、彼女の両親は自分の娘の死の原因について学校・ないしは東京の環境が関わっていると思っていたらしく、誰一人として参加させなかった。遺書を読んだのはその親族であるから、浜崎の自殺の本当の原因を知っている。その結果、東京にいる人たちを憎んでいるとすれば、原因は確かにこちらにあるのだろう。しかし、どんなに追求をしてみても、誰一人としてその原因に心当たりがないのだ。そのことを伝えようと、噂では何人かのクラスメイトが彼女の地元に行ったらしいのだが、話すらさせてもらえなかったという。小さな共同体だからこそ、それが住民全体の意思になっているのであろう。誰が行っても門前払いになるのは明らかだった。
そんな中、彼女の死から一年後、牧野の元に浜崎の地元から手紙が送られてきた。彼女の父親・堀木克美から、彼女の新盆にやってこないかという内容だった。
あまり突然の内容に、ひどく困惑した。自分と浜崎は、特別仲が良かったわけではない。同じクラスだったくらいだ。それなのに、なぜ。試しに元クラスメイトに、同じ内容のものが来たかと尋ねてみると、誰一人として招待を受けてはいなかった。恐らく、まだ地元の人々はこちらを嫌悪しているだろう、しかし、自分だけが招待されているのだ。
だから、一回は断った。住民全員が自分を憎んでいる中に、ノコノコ出歩いて行ったら、、何をされるか分かったものじゃない。しかし、彼女の父から返事はすぐに帰ってきた。その中に書かれていた内容に、再び目を見張った。
ー唯一、牧野くんのことだけが娘の遺書に記されている
その後、何度手紙を送っても、一向に返事は無かった。こちらに訪れれば教えてあげますよ、ということだったのだろう。彼らの思うとおり、俺の中のわだかまりは日に日に増すだけだった。
なぜ、勉強ばかりで大して人との繋がりを持たなかった自分のことが書かれているのか、地元の人はなぜ態度を変えたのか、そして何よりー
なぜ彼女は自殺したのか。
結局は強い興味に負け、手紙で彼女の父親に「行きます」という旨を伝えた。幸い、両親は育成クリア済みの俺の行動なんかには興味がないから、お盆の五日間、離島に行くことをあっさり許可した。相変わらずだな、と苦笑いしながら、さっさと荷造りをして、家を出た。