エピローグ
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1
お爺ちゃん先生こと豊田先生は、有名大学の名誉教授という肩書を持っていた。
その肩書の重みは、トモキたちにはよく分からなかったが、とにかく偉い人だということは感じた。学年主任がペコペコする位なのだから。
なんでも豊田名誉教授は、スーパーなどのお客さんの動きを、日本で初めて分析した人だそうで、今回のトモキたちの発表は、彼のツボにはまったものだったらしい。特に、「チラシを見て買い物に来た人の数」は、良いデータだったとあとで聞いた。
発表が終わった次の日の放課後、トモキたちグループメンバーは、まっちゃんから教室に残るように指示された。
クラスのみんなが帰ったあとに、まっちゃんがやって来た。
その後から、アイカが胸の前で手を組みながら入ってくる。
「佐々木さんが、君たちに言いたいことがあるそうです。ほら、佐々木さん……」
アイカは頭が膝につくくらい、体を折り曲げた。
「ごめんなさい!! 模造紙を黒く塗ったの、わたしなんです」
誰かがひゅっと息を呑む。
トモキは特別驚かなかった。
なんとなく、そうかなと思っていたのだ。
アイカは頭を下げたまま、謝り続けた。
途中から、ぽたぽたと、床に雫が落ちた。
カタンと音がする。
シノブが立ち上がり、すうっとアイカの側に行く。
「どうして、あんなことしたの?」
シノブの声は、アイカを責めてはいなかった。
アイカは顔を横に振りながら、ただ、ゴメンと言った。
シノブはアイカを真っすぐに見つめる。
「アイカちゃん、お見舞いに来てくれたじゃない。私が入院してた時」
アイカはキョトンとする。
「お花を、持ってきてくれたね」
アイカは無言で頷く。
「嬉しかった。丁度、特別治療室から、普通の病室に戻ってきた時だったし。まだ、ベッドに寝たままだったけど」
アイカは鼻をすする。
「あの時ね、もともと花瓶に活けてあったお花、少し萎れていたの。そしたら、アイカちゃん、『ハサミ借りるね』って、萎れたお花の茎を、ちょっと切ってくれて、自分が持ってきたお花と一緒に活けてくれたの」
アイカも何かを思い出したような表情になる。
「そしたらね、萎れたお花、ピンってなって、もう一度上を向いたの。それを見た時、本当に嬉しかった。私ももう一度、学校に行けるんじゃないかって!」
アイカは目を閉じる。アイカの目尻を涙が流れる。
「だから私、今ここにいる。学校に戻って来れた。私を励ましてくれたの、アイカちゃんだよ。そんなアイカちゃんが、理由もなく嫌がらせするなんて、私は信じない」
「あいちゃーん!」
叫んだアイカは、シノブの胸に顔を埋めた。
泣きながらゴメンを繰り返すアイカを、誰も責めなかった。
アイカは誰かに頼まれたのか、誰かのためにやったのだろう。
アイカを使ってふざけたことを行った張本人は、廊下で教室の様子をうかがっていた。
アイカの泣き声とシノブの話を耳にした彼は、俯いてその場を離れた。
「今は話せなくてもいいよ。話せる日がきたら、そっと教えてね」
アイカに向かって微笑むシノブは、まるで陽だまりのような温かさに満ちていた。思わずトモキは見とれてしまう。
そういえば、アイカはシノブを『あいちゃん』と呼んだ。
シノブの苗字は相川だから、『あいちゃん』なのか。
シノブは『アイカちゃん』と呼んでいる。
ここに至って、トモキはハッとする。
消しゴムにかけたおまじない、トモキはアイカを想って、『アイちゃん』と百回書いたのだが、消しゴムが選んだ相手は、アイカではなかったのだと。
2
幾たびか、季節が巡る。
トモキは中学生になっていた。
小学校の隣にある、市立の中学校に進んだ。
五年生の時のグループメンバーも、結局皆、同じ中学校に進学した。
あの発表が豊田名誉教授に認められたため、西口と戸田は時々豊田先生の研究室に通い、大学生らと一緒に、何かの研究に参加している。二人の口振りだと、中学校の勉強よりも面白いらしい。
ユウナは中学でテニス部に入り、一年生の時からレギュラーになっている。いつもこんがりといい色に焼けている。
「おはよう」
トモキが教室に入ると、シノブがトモキを見上げて声をかける。
トモキの背丈は、今ではシノブより五センチくらい高い。
「持ってきたよ」
トモキはカバンから、姉の買った雑誌の切り抜きを取り出す。
「ありがとう! ああ、やっぱり可愛い!」
それは読モ特集記事である。
アイカが目にブイサインを作って映っていた。
彼女は小学校を卒業すると、モデル事務所に所属した。
可愛いを連呼するシノブも、小学校の時よりも顔の輪郭がしまり、メガネを替えてからは、瞳がくっきりと見える。
「なんだよ、アイツ、結構可愛いかったんじゃん」
「関取とか、呼べないじゃん、もう」
中学生になってから、ケンタやヨウイチはそんなことを言っていた。
シノブの話では、病状が良くなってきたので、強い薬を減らすことが出来たそうだ。
顔がぱんぱんに丸かったのは、薬の副作用だったのだ。
「今日、部活行く?」
トモキがシノブに訊く。
二人は写真部に入った。
「うん! 今度シュン君の試合撮りに行くから、打ち合わせしないとね」
あの発表のあと、シュンはいきなり、坊主頭になって登校して来た。そしてスポーツの盛んな私立中へと、一人進学していった。
ところで、トモキとシノブは、隣の席同士である。
だから、授業中、トモキはこんなセリフを言ったりする。
「ねえ相川さん、ちょっと消しゴム貸してくれる?」
了
子どもは本業の対象です。
ネガティブな現象も発生していますが、子どもたちの持つ潜在能力は、大人の想像を遥かに越えていると思うことが、よくあります。
この国に生を受けた子どもたちは全員、幸せに健やかに成長して欲しい。
そんな気持ちで書かせていただきました。
お読みくださいました皆様、評価を下さった皆様、厚く御礼申し上げます。