悪意の色
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トモキたちのグループワークは、順調に進んだ。
トモキとシノブは、トモキの母がパート勤務をしているスーパーへ「取材」に出かけ、母の同僚たちと顔見知りになる。
取材で聞いた内容はシノブがメモを取り、トモキはデジカメでいろいろな角度から写真を撮った。カメラを扱うのは、元々好きだった。
シノブはそのスーパーの常連さんで、パートのおばさんたちから可愛がられていたため、『ここだけの話』をたくさん聞き出せた。
取材に行き来する道中、トモキはシノブと話す機会が増えた。
「相川さんも、受験するの? 中学」
シノブは薄く顔を赤くしながら答える。
「ううん。このまま市立の中学に行く予定」
体の問題があるからと、シノブは付け加えた。何かあったら、すぐに誰かに迎えに来てもらえる距離がいいのだと。
「佐藤くんは?」
「同じだよ。フツウに市立中。『受験なんて、お金がもったいない』って、かあちゃんに言われた」
シノブは笑う。
その笑顔が可愛いと、最近トモキは思う。思うが誰にも言っていない。
『関取』と揶揄される女子のことを可愛いなどと言ったら、周りの男子から何を言われるか分からない。
アイカは、やっぱり可愛いと思う。
フリルやリボンがついているパステルカラーの服装は、女のコっぽいし、アイカが体操着になった時は、胸や脚をつい眺めてしまう。
ただ、シュンの話をトイレで聞いてからは、無理に距離を縮める気はなくなっていた。
十月の初めの頃、グループワークの内容をまとめて、クラス内で発表を行うことになっていた。
五年生の学年主任の先生や、コンピューターを教えてくれる先生も発表を見にくるそうだ。
それぞれのグループは、模造紙に調べたことをまとめ、あらかじめ教室内に掲示する。
「クラスでさ、一番良い発表したものが、五年の代表になるんだって」
模造紙にまとめた表を貼りながら、西口が言う。
「へえ。代表になったら、何かあるの?」
トモキが訊くと戸田が答えた。
「五年と六年の代表になったら、市の大会に持ってって、発表するらしいよ」
ユウナが声を弾ませる。
「選ばれるといいね! ウチラ」
数日後、教室の後ろに、すべてのグループの模造紙が掲示された。
アイカとシュンのグループは、市内のサッカー競技場の写真と、J1リーグ選手へのインタビューで構成されていた。
「俺のお父さん、クラブチームに知り合いがいるんだ」
シュンはアゴを上げて言う。
シュンと仲の良い男子たちが、周りに集まって、「スゲー」とか「決まりだな」とか言っている。
アイカもシュンの横で、にこにこしている。
ただ、トモキにはシュンのグループの出来が、それほど良いとは思えなかった。
スタジアムの写真はどこかの雑誌と同じアングルだし、選手へのインタビュー内容は、スポーツ新聞の記事みたいだ。
小学生が知りたい内容とは、違うような気がする。
「トモキ、どう思う? シュンたちの発表」
戸田に訊かれてトモキはそう答えた。
「佐藤くんだったら、選手の人たちに、どんな質問してみたい?」
シノブに訊かれて、トモキは素直に答えた。
「そうだなあ、『野球部とサッカー部、どっちがモテますか』とか……」
トモキのグループのメンバーは皆笑う。
やり切った、今ある力を出し切った者たちの笑顔だった。
シュンがちらっとその様子を見ていたが、トモキは気付かなかった。
帰りのホームルームでは、明日の三時間目に学年主任らがグループ発表を見に来ると、まっちゃんが言っていた。
トモキが帰ろうとしたら、昇降口で西口に声をかけられた。
「ちょっと、いいか?」
トモキが頷くと、西口はいつもより真面目な表情でトモキに言う。
「俺さ、今回の発表、クラス代表に選ばれて、市の大会まで行きたいんだ」
「それは、どうして?」
西口の眉に力が入る。
「俺、中学受験するんだけど、行きたいのは市立の六年制なんだ。ていうか、そこしか受けない。授業料安いから。市立の六年制は小学校時代に、何か表彰されていると有利になるんだ。俺、運動も絵とかも、表彰されたことなくってさ」
実はトモキは、クラスの代表になるとかは、あまり気にしていなかった。
みんなで意見を交わしながら、何かを作り上げていく過程が面白かった。
ただ、熱心に取材内容をまとめていた西口がそう思っているのなら、少しでも力になりたいと思った。
「わかった」
トモキが言うと、西口の表情が和らぐ。
「じゃあ、明日」
「うん、がんばろう」
翌日、トモキは早めに登校した。今朝はまだ、シノブも来ていない。
正直、グループのメンバーで足を引っ張るとしたら、自分であるとトモキは自覚している。
だから、分担している発表内容を、模造紙を見ながら練習しようと思っていた。
教室の戸を開けて、教室の後ろを向く。
七つのグループの模造紙が、後ろの壁を埋めている。
トモキたちの模造紙は、窓に一番近いところに貼ってある。
そこまで歩いていった瞬間、トモキは目を疑った。
トモキらのグループが貼った模造紙が、真黒な一枚の紙に変わっていた。
墨かペンキか分からないが、みんなで作った発表用の模造紙は、黒い色で塗りつぶされていた。
「うああああああ!!」
トモキは我知らず叫んでいた。
みんなの努力が、熱意が、笑いが、黒く変性していた。
未来への希望までが、悪意の色で消されてしまったのだ。
近年、公立高校が中学部を増設し、六年制の学校に変えていたりします。
トモキらの市でも、そのような六年制の学校がいくつかあり、授業料は安いため倍率が非常に高いです。
次回、完結。