移りゆく友だち
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トモキのグループの取り組みは、比較的スムーズに進んでいた。
「スーパーで、何を調べよっか」
「どのお野菜が、よく売れるとか?」
「お店の人に訊くの?」
「いや、実際にスーパーまで行って、調べて見ないとだな」
クラスでも頭の良いメンバー四人は、今日も次々意見を出し合う。
トモキは口数少なく聞くだけだったが、頭の中に疑問が生じていた。
なんで西口や戸田は、こんなにポンポン考えが出てくるのだろう。
シノブは静かな語り口で、みんなの意見をうまくまとめるし、ユウナも無理なく溶け込んで、言葉数も多い。
そういえば、トモキの母もよく喋る。
『トモキ、どう思う?』
その質問に答えようとすると、結局母は、自分で決めた答えを喋って、本人は納得している。
トモキの父は、母と違っておしゃべりではない。トモキは父に似たのだと思っている。
「どう思う? 佐藤くん」
シノブに訊かれて、トモキはハッとする。
「スーパーで、何を調べたい?」
トモキは母の顔を思い出し、ぼそっと言う。
「チラシ。チラシ見て、買い物に来る人、どのくらいいるんだろう」
四人は口々に、「へえ」「そういう見方もあるな」などと言う。
シノブが小声で「うん、それいいね」と言ったので、トモキはほっとした。
トモキの母が、よくチラシを見ながら、「卵はあそこで買ったほうが安い」などと喋っているのが頭に残っていた。母のパート先のスーパーは、大型店舗と値引き競争を繰り広げている。母はいつもは自分のパート先で、食料品を買ってくるが、『偵察』と言って、たまに大型店舗まで買いに行く。
「どうせなら二つのスーパー比べてさ、どっちのお店のお客さんが、チラシをよく見てるか、調べてみない?」
ユウナの提案に皆賛同した。
結果、大型店舗の調査には西口とユウナ、近所のスーパーの調査は、シノブとトモキが行くことになった。戸田は、調査結果をまとめる役目だ。
その日の昼休み。
トモキは、いつものように、ケンタとヨウイチ、それにシンノスケと校庭に出た。
「グループワーク、超ダルイ」
ケンタが縄跳びを回しながら言う。
「トモキはいいよな」
二重飛びに失敗したヨウイチが、「ほい」とトモキに縄を渡しながら言う。
「え、何が?」
「だって頭イイ奴ばっかじゃん。トモキのグループって。中受組だろ、あいつら」
「ちゅ、うじゅ?」
「中学受験のこと」
シンノスケは地面に座って指で丸バツを書きながら言った。
『いいよな』と言われても、トモキは釈然としない。
席替えが終わったあとは、ケンタもヨウイチも、トモキに向かって、可哀そうだの関取キメエだの、笑っていたじゃないか。
「受験って、まだ五年生なのに?」
「もう、五年生だ」
「あっ」
突然ケンタが声を出す。
「俺、保健室のおばちゃんに呼ばれてた」
ケンタが駆け出すと、「俺も行く」と、校庭に縄を置き去りにしたまま、ヨウイチもその後を追った。
シンノスケがトモキの背中を軽く叩く。
「ケンタさ、塾の成績が落ちて、親からスマホ取り上げられてイライラしてるんだ。気にするな」
トモキはシンノスケに尋ねる。
「塾、行ってるの? シンちゃんも」
シンノスケは、地面の縄を集めながら答える。
「うん。去年から行ってる。親が都内の私立に行けって」
そういえば、トモキの姉が四年生になると、母はワカを塾に行かせるようになった。
ワカは結局、友だちと一緒が良いと言って、近くの公立中に通っている。
母はトモキに対しては、塾とか中学受験とか一言も言わない。言われないのは面倒くさくないものの、シンノスケまで行っているとなると、ちょっとショックだ。
昼休みが終わる前に、トモキはトイレに入った。
トモキが通う小学校は、男子トイレも全部個室化されている。
空いている個室に入ると、隣からヒソヒソ声が聞こえてきた。
「触らしてくれたよ、うん。服の上からだけど」
シュンの声だ。
トモキは思わず、個室の壁に耳を近付けた。
どうやら、シュンは誰かとスマホで話をしているようだ。
「誰でもオッケーなんじゃね? 軽いから。アイカ」
トモキの腹に、冷たく重たいものが流れる。
触らせた?
アイカが?
軽いって何が?
隣の個室のドアが開き、蛇口から水が流れる音がした。
口笛を吹きながら、シュンはトイレから出て行った。
トモキはしばらく、個室から動けなかった。
トモキが教室に戻るのと、担任のまっちゃんが教室にやってきたのは、ほぼ同時だった。
ちらりとアイカを見ると、アイカはシュンの肩に手を置いて笑っていた。
そんな二人の様子を見ると、今まではチクチク胸が痛くなったのだが……
今日はなんだか気持ちが悪い。
「顔色悪いけど、大丈夫?」
小声でシノブが話かけてきた。
「あ、ああ、大丈夫」
シノブはトモキの机の上に、そっと何かを置いた。
消しゴムだった。
「どうしたの? これ」
シノブは俯いて言う。
「佐藤くん、消しゴム失くしたのかなって。このところ、消しゴム使ってないみたいだから。私が触っちゃったから、失くしたの?」
「え、いや、違くて、ええっと」
「だから、失くしたものの代わりです。良かったら、使って」
「あ、ありがとう」
新品の、プラスチック消しゴムだった。
試しにノートの文字を一つ消してみると、消しゴムは鉛筆の跡も残さずに、綺麗に文字を消した。
新しい学校や、校舎の建て替えを行ったところでは、トイレは基本洋式に変わっています。男子トイレも少しずつ、個室化されているようです。
残念ながら、まだまだ和式トイレも多く、学校における男子トイレの有り様は、旧来のままのところが多いと思います。