花は散り、花はほころび
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翌日、登校班を待たずに、いつもより早くトモキは登校した。
教卓の上には、コスモスが一輪揺れていた。
一学期から、たまに、誰かがこうやって教卓に花を活けている。
以前のトモキは、アイカが切り花を持って来てるのかと思っていた。
根拠はまったくなかったが、花を持ってくるのがアイカだったら良いなと思っていた。
アイカはヒラヒラした花柄の服をよく着ていたし、可愛い女のコは、きっと花が好きだと信じていた。
『もっと周りを見てごらん』
トモキの隣のシノブの机には、シノブのバッグが掛けてある。
シノブも登校しているようだ。
では、教卓にある花は……
昨日トモキが家に帰ると、既に母が正座して待っていた。
母はトモキの頭をペチンと叩くと、叱りもせずに言う。
「行くよ!」
「え、えっ? どこに?」
母はもう一度、トモキの頭を叩く。
今度はゲンコツだった。
「決まってるじゃない、相川さんのトコ!」
母は手土産を既に用意していて、パートに行く時よりも、数倍綺麗な格好をしていた。
トモキは母に手を引っ張られ、そのまま連れ出された。
シノブの自宅の住所をママ友から得た母は、スマホで地図をみながらずんずん歩く。
『相川』の表札に辿り着いた時には、トモキの額に汗が浮かんでいた。
シノブの家は、こじんまりとした平屋建てで、玄関の脇に小さな庭がある。庭には、何種類かの花が咲いていた。
母は、シノブの祖母と挨拶を交わし、手土産を渡す。
そしてトモキの首をつまみ、頭を下げさせた。
「大丈夫ですよ」
シノブの祖母はそう言って、シノブを呼んだ。
シノブは膝下まで丈のある、薄紅色のワンピースを着ていた。
学校でのシノブの服装は、いつも長袖シャツと紺色のズボンだったから、その姿は新鮮だった。
「もう、大丈夫だよ」
恐縮して頭を下げる母とトモキに、シノブは「ほら」と手を見せた。
シノブの手の甲の青い色は、昼よりも小さくなっていた。
「よかったら、どうぞ」
シノブの祖母が、庭を彩る花を切り、母に渡した。
母は嬉しそうに受け取り、深く頭を下げた。
トモキも母に倣って、もう一度頭を下げた。
夜、いつもより早く帰ってきた父が、トモキを叱ることはなかった。
「反省したか?」
「うん……」
「なら、いい」
布団に入ってからも、トモキはなかなか寝付けなかった。
頭ごなしに怒鳴られたりする方が、まだ良かった。
まっちゃんも、母も、トモキの代わりに何度も頭を下げていた。
トモキはがばっと起き上がると、筆箱の中の消しゴムをぎゅっと握ったあと、ごみ箱に捨てた。
朝早く人気の少ない教室で、トモキが片肘ついて座っていると、手を拭きながらシノブが教室に戻ってきた。
シノブはいつもと同じように、長袖シャツとズボン姿だった。
「おはよう」
「おはよう、佐藤くん」
トモキは思い切って尋ねる。
「ねえ、いつも教室に、花を持ってきてたの、相川さん?」
シノブは小首を傾げる。
「うん。そうだけど。何で?」
「キレイだなって、思って。相川さん、お花好きなの?」
「うん。あ、でも、入院していた時、お見舞いで貰っていたバラとかランとかは、あまり好きじゃないかも。なんだか派手で。ウチの庭で季節ごとに咲く、普通のお花は好き」
シノブは入院していたと昨日聞いたが、その経験がないトモキには、言葉を繋げるのが難しい。
「左手……」
トモキの口からは、意図せずに出る単語。
「もう大丈夫。痛くもないし」
手を見せたシノブに、恐る恐るトモキは訊く。
「ねえ、相川さん、血が止まらないの?」
トモキの問いに、シノブは一瞬口を真一文字にする。
「止まり、にくいの。でも、薬も飲んでるし、お医者さんは大丈夫って。あ、そうだ、佐藤くん」
「何?」
「消しゴム、ごめんね、触ろうとして。あの消しゴム、ひょっとして……」
トモキも大きく手を横に振る。
「いや、いいの! ゴメン、気にしないで」
ぽつぽつと二人で話していると、クラスの連中が、そろそろ教室に入ってくる時間になっていた。
いつもの朝の、いつもの学校が始まった。
次回から、話が進みます。
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