胸が痛い
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。
誤字報告、御礼申し上げます。
階段を二回降りると、その先に保健室がある。
保健室のおばちゃん先生は、まん丸顔で、いつもニコニコしている。
トモキは体育や外遊びで、よくケガをするので、一週間に一度は、お世話になっている。
「相川さん、どう?」
まっちゃんは保健室の引き戸を開け、中に入る。
トモキもその後ろから続いた。
シノブは長椅子に座り、おばちゃんから手当を受けていた。
「今冷やしているからね。これ以上腫れなかったら、大丈夫かな」
まっちゃんは、保健室の電話から、シノブの母に連絡する。
「佐藤さん、相川さんに、何か言うことあるでしょ」
おばちゃんに促され、トモキはシノブに謝った。
「ご、ごめん! おれ、わざとじゃない! けど、ゴメン!」
シノブは、手を冷やしながら、コクコク頷く。
「分かってる」
トモキが顔を上げると、シノブは小さな声で言った。
保健室のおばちゃんが、トモキの両肩に手をかける。
「わざとじゃなくても、痛かったよね、相川さん」
シノブはちょっと歯を見せた。
「はい」
シノブの分厚いメガネの縁に、一滴の水が溜まっていた。
泣いていたの?
そんなに、痛かった?
シノブが痛かったというのは、嘘でも冗談でもないのだろう。
そう思った瞬間、トモキの鼻の奥もツ―ンとした。
たかだか消しゴム一つのために、女の子を泣かせてしまった。
「佐藤さん、転ぶと血が出るよね。皮がむけたりして」
おばちゃんの言葉に、トモキは掠れた声で「はい」と答える。
「手や足をぶつけたりすると、青くアザが出来るでしょ。それもね。血が出てるの。皮膚の下に」
トモキはシノブが冷やしている手を見る。
トモキの視線に気付いたのか、シノブは保冷剤をずらし、青アザを隠そうとする。
「私ね、血が止まりにくいの」
恥ずかしそうに俯くシノブを見て、トモキはもう一度頭を下げた。
「本当に、ごめんなさい!」
まっちゃんは、電話機に向かって、何回もぺこぺこしている。
保健室のおばちゃんは、シノブに新しい保冷剤を渡した。
「相川さん、お母さんに連絡したから。具合悪くなるようだったら、迎えに来るって」
まっちゃんは、電話を切ってから、シノブにそう言った。
シノブが「大丈夫なんだけど」と小声で言った。
「それと、佐藤さん。佐藤さんのお母さんにも一応電話させてね。トモキくん、アクシデントで女子にちょっとケガさせたって」
トモキは、ビクっとする。
女の子にケガをさせたなんて言ったら、間違いなく母はキレる。
トモキも泣きそうな顔になった。
結局、シノブはお昼休みに帰っていった。
お母さんではなく、どうやらお祖母さんらしい女性が迎えに来た。
まっちゃんと一緒に、トモキはシノブを見送った。
「先生、相川さん、これから病院行くの? ケガ、そんなにひどいの?」
「あれ、お前しらなかったっけ?」
まっちゃんがトモキに質問を返す。
「相川さん、ちょっと病気があってね。普通なら心配ないんだけど、まあ念のため」
「おれ、相川さんから、血が止まりにくいって、さっき聞いた」
二人は教室まで歩く。
「うん、それはそうなんだ。病気のせいで、血が止まりにくいの。だから体育も見学多いし、毎月病院で検査受けてるよ。四月の最初、自己紹介で言ってたぞ」
トモキは全然覚えていなかった。同じクラスになった人たちのことを、知ろうともしなかった。
一学期はとにかく、隣席のアイカのことばかり見ていたのだ。
そのことに気付いたトモキの鼓動は、いつもより早くなる。
「佐藤さんさあ、足速いし、運動神経良いでしょ?」
急にまっちゃんはそんなことを言う。
「でもさ、サッカーとかバスケとか、あんまり上手くないよね」
「だって、おれチビだし……」
サッカーという単語に、トモキはつい引っかかる。
「いや、身長は関係ないよ」
「そうかなあ」
口を尖らすトモキの脳裏には、校庭を颯爽と駆け抜ける、シュンの姿が浮かんでいた。
「もっとさ、周りを見てごらん。周りのお友だちの話を、よく聞いてみようよ。サッカーとかバスケとか、バレーボールもドッヂボールもだけど、一人で突っ走るだけじゃ、勝てないし、ケガもしやすいからね」
トモキはハッとする。
よく母親に言われていたのだ。
「あんたって、ホント、人の話を聞かないんだから!」
「ほらほら、もっと周りをちゃんと見て!」
まっちゃんの話は続く。
「今日の相川さんのケガだけどね。佐藤さんが、わざとやったんじゃないのは分かる。でも、注意して周りを見てたら、防げたかもしれないぞ」
口調はいつもより優しいまっちゃんだったが、トモキには耳の痛い話だった。
ただ、相手がたとえ、関取のような子でも、自分のせいで痛い思いをさせるのは、ヤダなと思った。
特に泣かせたりするのは、最悪だ。
だってそんなことしたら、自分の胸までが、ずきずき痛むのだから。
現在、学校の保健室では、打撲捻挫等の外傷発生時、冷却・挙上・圧迫・安静といったRICE法による処置が行われています。ただし、公立の小学校では製氷機がないところも多いため、保冷剤によるアイシングになることもしばしばあります。