色が変わった
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。誤字報告もありがとうございます。
休み時間が終わって、トモキは教室に戻ったが、既に気力はなくなっていた。
さらに言えば、次の授業は確かグループワークだ。
近くの座席の五人がグループを組むため、ガタガタと机を並べ直す。
トモキはグループワークは苦手である。
自分の意見をみんなの前できちんと言うことに、慣れていないのだ。
一学期は良かった。
進行と取りまとめは誰かに任せ、アイカとおしゃべり出来た。
「ああ、めんどくせえ」
ぶつぶつ言いながら、トモキは唇を突き出し、椅子に座った。
日直と担任がワークシートを持ってきて、各グループに配る。
最初にグループの中で、役割を決める。
トモキのグループは、西口シンゴが司会で、シノブが書記と決まった。
西口はちょっとオタクっぽい男子で、トモキたちと一緒に遊ぶことはない。
あとのメンバー、戸田カツユキと小林ユウナも、一学期は挨拶程度しか、したことがなかった。
よく見れば、みんな成績が良い連中だ。
アウエー感がハンパないメンバーであった。
担任の『まっちゃん』こと、松永が、黒板にテーマを書いていた。
――住んでいる場所の特色と、生活について学ぶ――
教科書には、あまり触れられていないような内容を決めて、調べたことを発表するというグループワークである。
「はい、今日はグループごとに、何を調べるか決めるよ」
「住んでる場所って、何処のことだよ」
やる気はないが文句は言えるトモキが呟く。
それが聞こえたのか、戸田が手を挙げる。
「先生、しっつもーん」
「はい、なんでしょう? 戸田さん」
「住んでいる場所って、区ですか? 市ですか? それとも県? 日本?」
まっちゃんは笑顔で答える。
「良い質問だね! 区内だとちょっと狭いから、市内全体か、県内を考えて欲しい」
戸田はトモキに向かって、親指を立てる。
「だってさ、佐藤」
「トモキでいいよ」
司会役の西口が口火をきった。
「最初に決めるのは、場所の設定を市内にするか、県内にするかだな」
トモキは内心、どっちでも良かった。
どうせ自分には、たいしたことが出来ない。
頭の良い連中でやってくれよと思う。
「市内の特産品とか、何があったっけ?」
「農業にする? 工業にする?」
「生活についてだと、農産物の方が良いな」
「生活に必要な、鉄道とか駅とかは?」
あっと言う間に、ぽんぽん意見が飛び交う。
トモキは、腰がひける。
冷やかしたり、ツッコミしたりする隙間もない。
「ちょっといいかな」
書記役のシノブが片手を挙げる。
「いいよ、相川さん」
西口が答えた。
「決めておきたいことがあるよ。二つ」
なんだろう。
「調べたりする時に、遠出をするかしないか。あと、お金がかかっていいかどうか」
トモキを含めたメンバーは、首を傾げる。
「このグループワークって、来月の授業参観で発表するものだよね。一ヶ月くらい、みんなでいろいろ調べると思うんだけど、市内といっても広いから、電車やバスで出かけないと、いけないこともあると思うんだ」
「ああ、そうだな」
戸田が頷く。
「でも、ごめん。私、あまり遠出は出来ないから……」
「そっか、シノブちゃん、そうだったね」
ユウナがぽんと手を叩く。
え、何で? 相川さん、何で遠出出来ないの?
そんなトモキの疑問を置き去りに、グループの話は進む。
「じゃあ決まり。なるべく歩きかチャリで行ける範囲で調べよう」
「それなら、お金もかかんないよね」
そういえば、徒歩か自転車で行ける範囲とは、トモキの母親がパート先を見つける時の基準だった。
「トモキ、何が良いと思う? あんま発言してないけど」
いきなり戸田にふられて、トモキはビックリした。
一学期のグループでは、ほとんどなかったことだ。
トモキの頭に残っていたのは、母のパート先だった。
「え、あ、スーパーとか」
グループの皆は、一瞬シーンとした。
トモキは顔が赤くなる。
去年までは、授業中、突拍子もないことを発言して、教師からよく叱られていた。
だから、嫌いなんだ。
グループワークなんて……
「うん、それ良いと思う」
シノブが発言した。
トモキは更にビックリした。
自分の発言を最初に認めてくれたのが、クラスで一番頭が良いシノブであるとは。
「テーマは『生活について学ぶ』だもんね。鉄道でも良いけど、スーパーの方が、より生活感あるな」
司会の西口も同調する。
トモキはほっとした。
このグループで、居場所があったことに。
トモキ自身が、認められたように感じて。
教室内を巡回しているまっちゃんが、パンパンと手を叩く。
「はいはい、そろそろグループで決めた内容を発表するよ」
アイカのグループは、シュンが発表した。
「ぼくたちのグループは、市内のサッカースタジアムについて、調べてみたいと思います」
サッカー少年のシュンが考えそうなことだ。
他のグループからは「同じだ」とか「パクられた」とか声が上がっていた。
トモキのグループは西口が発表した。
「地域のスーパーマーケットについて調べます」
まっちゃんは、小さく頷いていた。
チャイムが鳴って、机を元の位置に戻そうとした時、トモキの机から、コロンと消しゴムが落ちた。
気付いたシノブが拾おうとしたのだが、トモキは「触るな」とシノブの手を払った。
シノブの左手の甲が、机の角にぶつかる。
「あっ」
シノブは顔をしかめ、右手で片方の手甲を押さえた。
「ご、ごめん。自分で拾えるから……その」
あわててトモキは謝るが、当たり所が悪かったのか、シノブの手の甲には、徐々に青い色が広がる。
「先生、保健室に行ってきます」
まっちゃんの顔色も変わる。
「わかった。俺も行く。それに」
まっちゃんは、険しい目付きでトモキに指示する。
「一緒に行くぞ。佐藤……佐藤さん」
これも自治体によって多少の差はあるのですが、トモキの通う小学校は、35人学級です。よって、グループワークを行う場合、ひとグループ5人から7人で組まれることが多いです。