席が移動した
いつもお読みくださいまして、ありがとうございます。本作は黒森 冬炎氏主催の「移動企画」参加作品です。
1
二学期が始まって早々、トモキは落ち込んだ。
席替えジャンケンで負けたのである。
一学期は出席番号順だったので、佐藤友樹と佐々木愛華は隣同士だった。
アイカは可愛い。
この五年一組では勿論ダントツ。たまに六年生がアイカの顔を見に来るくらい、際立った美少女である。肩よりも長めのふわふわの紅茶色の髪は、アイカの大きな瞳と同じ色。影が出来るくらいまつ毛は長く、くるんと上向きだ。手足はほっそりしているが、体操着になると、膨らんだ胸が誰より目立つ。
五年になって。初めて同じクラスになった上、隣同士の座席になって、トモキのテンションは上がりまくった。
互いを「アイちゃん」「トモくん」と呼べるようになると、小さくガッツポーズをした。
隣の席からチラ見すると、アイカの桃のような色した頬が手の届く範囲にあって、トモキのどきどきは止まらなかった。
それが、二学期になると、視力の問題やら何やらで、思いきり席の入れ替えが起こった。
アイカは目が悪いので黒板から二列目までを希望し、優先的に決まった。
トモキは視力は良いのだが、男子としては小柄なので、アイカの隣を狙った。
アイカの隣を希望する男子は、身長や視力の関係なしに、五人もいた。
トモキはこれまでにない集中力で、勝ち抜いた。
最終決戦の相手は、金澤瞬。女子に人気のあるイケメンだ。
コイツにだけは負けたくないとトモキは思う。
シュンは背が高くサッカーも上手い。なんとなく、気に入らない。
だが。
トモキは負けた。
やっぱり最後、グーを出せばよかった。
右手を天井に突き出したシュンは、いそいそとアイカの隣に机を移動する。
トモキの席はよりによって、相川志乃舞の隣となった。
シノブは頭が良い。
テストはいつも満点だ。
しかし。
可愛くない。
背も女子としては高い方で、トモキよりは五センチ以上高い。
黒ぶちのメガネの奥は糸目。何を考えているのか分からない不気味さがある。
ガタイが良いので、男子からは「しのブタ」とか「関取」とか呼ばれている。
「はあ~~」
思いきりため息をつきながら、トモキは机を持ち上げた。
2
その日帰宅してからも、トモキはウダウダしていた。
姉の和香が中学校から帰ってきて、トモキを蹴る。
「うざい!」
「だってさあ、二学期って行事がいっぱいあるんだよ。運動会でしょ、遠足でしょ。あと、秋の参観日のグループ発表。席が近いと全部一緒なのに」
すねるトモキに、ワカは冷たい視線を向ける。
「だからあ? 何」
「せっかくアイちゃんと仲良くなったのに」
ワカは鼻で笑う。
「アイちゃんって、佐々木の妹でしょ。あいつの妹なら、ギャル道まっしぐらじゃん」
パートから帰ってきたトモキの母も会話にまざる。
「相川さんて、あの成績優秀な子よね。良かったじゃない。勉強教えてもらえるわよ」
あの関取が、俺に優しく教えてくれるわけないじゃん!
「ウチのスーパーに一人でよく来て、特売品買ってくわ。お手伝いもしっかりしてるのね。誰かさんとは違って」
やぶ蛇だ……
「そんなことよりトモキ。あたしの雑誌、勝手に見ないでよ!」
「み、見てねえよ!」
トモキの顔が真っ赤になる。自白したも同然だった。
「い、一回だけだもん……」
うつむいて、トモキは小声で言った。
ワカの買う雑誌に載っていた、『恋がかなう! おまじない』という特集が気になって、ワカがいない時に、ちらっと見たのだった。
ついでに、『今年のイチオシ水着』の頁をじっくり眺めたのは秘密だ。
「はあ~~」
せっかくのおまじない、効果はなかったのかと、トモキは大きくため息をついた。
3
翌日から、トモキの灰色の学校生活が始まった。
そう本人は思っていた。
ある時までは。
黒板を見るふりで、ちらっとアイカを見ると、隣席のシュンと、こそこそ話をしている。
そこだけ光が当たって、クルクルとハレーションを起こしているようだ。
トモキは消しゴムを握る。
『おまじない』の一つに、こんな方法があった。
『消しゴムに、好きな人の名前を百回書いて、誰にも見られずに使い終わったら、両想いになれる』
「佐藤さん! 佐藤トモキさん! あとひとつは、なーんだ?」
まったく授業を聞いていなかったトモキは、焦って立ち上がる。
「えっ? ええっ?」
今は理科の授業中だった。
どうしよう、分かんない! 教科書も開いていなかった。
周囲の級友はくすくす笑っている。
きっと、アイカも……
その時だった。
小声でぼそっと聞こえた。
「温度」
「お、温度です」
担任のまっちゃんは、掌を上下にふって、トモキに座れと指示した。
「はい、正解。植物が芽を出すのに、必要なのは、水、空気、温度だね。よそ見しないで授業に集中しような」
こっそりと教えてくれたのは、関取、じゃなかった、隣席の相川シノブだった。
トモキは横を向き、「アリガト」とシノブに言う。
シノブは一瞬きょとんとした表情だったが、口元がわずかに開き、弧を描く。
シノブの歯は、歯磨きのポスターに出ているモデルみたいに、綺麗に並んでいた。
4
二十分休みに、トモキは三人の男友だち、ケンタ、ヨウイチ、シンノスケと校庭に出た。
今日は高学年のボール遊びが出来ない曜日なので、鉄棒に向かう。
「さっきはよく答えられたな、トモ」
ケンタは鉄棒を持ち、くるくる前回りをしている。
「うん、焦ったよ。でも、教えてもらって助かったあ」
ヨウイチがトモキに尋ねる。
「教えてもらったって、誰に?」
「関取」
ケンタもヨウイチも驚く。
「マジかよ!」
鉄棒の上に座ったシンノスケが言う。
「あ、オレも一学期、あいつによく教えてもらったよ」
シンノスケの苗字は井上なので、一学期は相川シノブと隣同士だった。
そういえば、シンノスケは一学期の途中から、テストの点が上がったような気がする。
「相川ってさ、見た目はおっかないけど、わりと良いヤツだよ」
シンノスケは鉄棒から降りたあとも、シノブの話をしていたが、トモキは途中から聞いていなかった。
校庭の片隅で二人だけで遊ぶ、アイカとシュンの姿を見てしまったからである。
現在の学校においては、男女とも「さん」付けで呼名することが多いため、作中、教師はそのように呼んでいます。また、自治体によって多少の違いはあるものの、公立小学校では基本的に男女混合、あいうえお順の名簿になっております。
なお、作中の小学校での授業内容は、文部科学省の指導要領に準拠しております。