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第七話

 ノルト家の宴から数日後、ライラは王都の屋敷でくつろいでいた。

 信頼の置ける家臣にしばらく領地を任せているとはいえ、アドルフやライラも領主の一族、本来はいち早く大公領に帰るべきだ。

 しかし四家の中では最も王都に近い大公領といえども、馬車で片道三日はかかる。そのため休養も含め、今回は十日ほど王都に滞在することになっていた。


「姫様、失礼いたします」


 退屈しのぎに屋敷の自室でパラパラと本をめくっていたライラのもとに、グレーテがやってきた。


「姫様、若君から許可が出ました。左の大通りだけ、なるべく馬車から降りない、ロイを連れていくことの三つが条件だそうです」

「わかったわ。そのくらいは仕方ないわね」


 グレーテが伝えてきたのは、今日のお出掛けについて、である。

 ノルト公爵の宴での報せから、流石のライラも一人で出歩くことは控えていた。しかし、部屋に籠もっているだけでは退屈だ。そこで『大公女らしく』お出掛けしようと思い立ったのである。


「姫様が普通の貴婦人らしい格好で街へのお出掛けなんて、何ヶ月振りでしょうかねぇ」

「……。今年は、初めてかも」

「…………。もしかして何年振り、でしょうか」


 ――しばし、沈黙。

 思わず重い空気が漂ってしまったが、二人はそれを無理やり振り払った。


「あ、あらー! このドレス、綺麗な空色ね! 素敵!」

「そ、そうでしょう? 姫様の瞳の色に合わせたんです。今年の一押しですよ!」


 そうしてライラは見事な衣装に身を包み、今度は大公の紋章が入った馬車に乗って、街に出掛けることになったのだった。



 しばらく馬車を走らせると、王都の大通りが見えてきた。この道は正面の大きな広場から左右に分かれ、左右それぞれにいくつもの商店が立ち並び、王宮前で再び合流する。


(今日は左の通りで……。どこに行こうかしら。こっちなら少しはお店に入ってもいいのよね)


 そこまで考えて、ライラはあることに気がついた。

 自分は『明確な目的地も無いままに屋敷を出てきた』のだと。

 そもそも普通の姫なら、いや、普段の自分でも目的もなくお出かけなどしない。


「……ああ、そっか」


 久しぶりにエリオスたちに会えたのは嬉しい。王都見物だって楽しい。

 だけど、だけどここは苦しい。外出に気を使うことも、エリオスのことも――。


「姫様、どちらに向かいます?」


 そのとき、馬車の小窓から御者が顔を覗かせた。ライラの言葉を聞こうと、広場の隅で馬車が止められる。


「あ……。ええと、今日は左へ行って。エリオスとの約束なの」

「はい、姫様」

「あ、そうだ。ね、何かお勧めの場所とかない?」

「お、お勧めですか?」

「エリオスが贔屓にしている店とかでもいいわ」

「若様の行き着けですか? うーん……。若様、買い物に馬車はあまり使われませんので……」

「そう……」


 一昨年から出仕を始めたエリオス。

 幼い頃はいつも一緒にいたため、最初はそばにいないことに慣れるのが大変だった。今だって寂しいのは変わらない。

 それに、あの苦しい想いの正体は分からない。でも、だからこそ不安で、本当はそばにいて欲しい。


(姉のくせにだらしないわよね……)


 胸の痛みから目を逸らそうと、ふと馬車の外に目をやると、見知った人物が右の通りから出てきた。


「ねえ、ちょっとここにいて。知り合いに会ってくるわ」

「姫様!?」


 姫の突然の行動に戸惑う御者をそのままに、ライラは馬車の外に降り立ち、目的の人物に駆け寄った。


「オリバー殿!」

「えっ……。姉姫様!?」


 オリバーは騎士団員の紋章が付いた衣服を着ておらず、先日とは違い、随分と質素な格好をしていた。

 先日の話しぶりからすると、蒼の騎士団に取り立てられたとは言え、父である男爵の収入と併せても、暮らしは楽ではないのだろう。


「どうなさったんです、お供も付けずに。ご忠告したばかりじゃないですか」


 オリバーはライラの登場に驚いたのか、声が少し上擦っていた。


「大丈夫、馬車で来たから。ね?」

「――成る程。道理で睨まれるわけだ」


 ライラの言葉に、オリバーは安心からか苦笑した。彼が指差した先を見ると、確かに威嚇というのが相応しい目でこちらを睨んでいる御者がいた。


「ごめんなさい、オリバー殿を見付けたから飛び出しちゃったの。ご不快でしょう、お詫びするわ」

「いえいえ。姉姫様をご心配してのことです。気になどしていません」

「そう? よかった」

「それにしても、姉姫様はどうしてこちらに?」


 オリバーはちらっと視線を右に向けた。その先には、オリバーが出てきたばかりの歓楽街がある。ライラはその事には触れずに言った。


「ただの暇つぶしのお出かけよ。今日はエリオスも父上も忙しくて」

「そうですか。――あ、今日のことは秘密にお願いします」

「え?」

「その、ご存知でしょう? この通りに来る男の大抵の目的は。まあ俺は例外で、この菓子が目的なんですけど」


 そう言ってオリバーが指し示した袋は、女性が好みそうな可愛い意匠が施されていた。甘い食欲をそそる匂いが当たりに漂う。


「あら、そのお店! うちの使用人に教えてもらったの。とても美味しかったわ!」

「へえ、そうなんですか。この店、隠れた名店、っていうんですかね。あんなとこに店があるから、まだ広まってないんですよ。その人はちゃんと味が分かるんだなぁ」

「そうみたい。……あのね、エリオスも気に入ってくれたわ」

「あー。隊長、甘党ですもんね。ははっ、隠してるつもりなのが可愛いんですよねぇ。俺も同じとはいえ、ここに昼間から男一人で買いに行ったことがバレると恥ずかしいんで、どうか内密にお願いします」


 オリバーは照れ臭そうに笑いながら頭を掻いた。


「ええ、わかりました。じゃあ、私が馬車から勝手に降りたことも、エリオスに黙っててくれません? 約束はお店だけだから」

「心得ました。うん、交換条件か。なかなかいいですね」

「え?」

「いえ、何でも。――あ、すみません、この後は仕事がありまして……」

「あら、長々とお引き留めしてごめんなさい。お仕事頑張って下さいね」

「ありがとうございます。では」


 そうして城に向かうオリバーを見送ると、ライラは小走りで馬車に戻った。御者はほっとした表情を浮かべていた。


「心配かけてごめんなさい。騎士団の方だったから、ご挨拶したくて」

「いえ……。若様もよくやらかし――。いえ、まあ、……やはりご兄弟なんですね」


 やばい、という表情を浮かべた御者だったが、相手がライラだということを即座に思い出し、苦笑するようにして言い直した。

 双子のエリオスが許すことなら、きっとライラも許すと考えたのだ。


「エリオスが?」

「何か気になることがあると、すぐに馬車を降りられて……。確かに騎士とは言え、元来真面目で正義感の強い、ご立派な方です。騒動を見過ごせずに結構巻き込まれ……あ、このこと若様には内密でお願いします」

「あら、今日は秘密の話ばっかりね。あ、もちろん内緒にしておくから。大丈夫」

「ありがとうございます。それでは観光の続きと参りましょう、姫様。若様行き着けではありませんが、私のお勧めでよろしければ」

「ええ、お願いするわ」


 そうして久しぶりの王都見物を楽しんだ後、晴れやかな気分になったライラは、エリオスに心配をかけないよう、今日は早めに別邸へ戻ったのだった。

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