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第四話

 ライラの王都到着から三日目、ライラとエリオスは馬車で王都にあるノルト公爵の屋敷を目指していた。


「いやあ、まさかノルトの長男がこんな突然に、外遊を終えて帰ってくるなんてなぁ」


 そこに響いた声は、ライラたちの向かいに座る、一人の男性のものだ。この人物こそ二人の父であり王弟、大公アドルフである。

 アドルフは初め、ライラと一緒に馬車で来る予定であった。しかし部下に「よそに行くのは仕事を済ませてからです」と、執務室に軟禁されたのだ。

 それを見たライラは「仕事頑張って!」と笑顔で言って――予定通りに出発した。

 こんなやり取りは大公と部下の日常なので、いちいち気にしていられないのだ。そしてアドルフは普段の三倍速で仕事を済ませ、二日遅れで何とか合流したのである。

 その容姿は王家の特徴とも言える見事な金の髪に、晴れた空の澄んだ青の瞳。腰には装飾など殆ど施されていない、大貴族には珍しい武骨な剣が下げられていた。


「前回は前触れがしっかりあったのになあ。まったく、ノルトのジジイも面倒なことしてくれる」


 齢を重ねても童心を失わないその瞳は、アドルフの年齢を不詳にする。

 だが、童心だろうが何だろうが、公爵をジジイ呼ばわりする強心臓の持ち主はアドルフだけだろう。


「父上。帰ってくる時期は本人が決めるものだと言いますし、ノルト公爵に責任を問うのは筋違いです。というかまずノルト公爵をジジイ呼ばわりするのはやめて下さい」

「ま、ただの親父の愚痴だ。見逃せよエリオス」

「もう、父上ったら……」


 王族に準じる高貴な身分だというのに、アドルフのこの軽さ。

 貴族はその性質上、どうしても人付き合いを大事にしなければならない。なのにアドルフは社交の場である夜会などを嫌い、日々を領地でのんびり過ごしている。しかも昨年にはライラたちが成人を迎えたので、堂々と「社会勉強だぞ!」といって代理を押し付けてくる始末である。


「ねぇ、帰ってくる御子息って、確かまだ十五歳でしょ? 八歳のころから外国暮らしだなんて、本当に凄いわよね」

「ノルト家の次子は当主を支える力を得るため、七年間の外遊を義務とする――。武勲のノルト家ならでは、って感じだよなぁ。こんな掟」

「しかも今回は異例中の異例で、わずか八歳からですしね。今までは早くても十四、五だというのに」

「そんなガキの頃からわざわざ追い出したんだ。――真の天才か馬鹿か、どっちかってわけだ」


 アドルフは窓枠に肘をつき、不遜な口調と態度でそう言った。

 その雰囲気に気圧され、ライラとエリオスは思わず口をつぐんでしまった。稀に――本当に稀に見せるこの鋭さが、アドルフが父や大公としての威厳を失わない最大の理由だ。

 アドルフは若い頃、国一と称えられたほどの剣の腕前をもつ。しかし兄――現国王が先代の父王を殺して王位を簒奪した『血の即位式』以来、剣を振るったことは一度もないという。



 血の即位式とは、二十年前に王宮で起きた凄惨な出来事である。

 アドルフらの父王は、初めこそ健やかに国を統治していた。だが、やがて歴史に名を残す賢王となることに執着しはじめる。それは当時のオスト家当主が、王を傀儡として国を意のままにしようと操った策の結果であった。

 政策には理想ばかりが反映され、現実は省みられない。民を潤すはずの水路建設では、多くの民が過酷な労働のために命を落とした。富をもたらすはずの貿易は、特殊な生態のラミナ国民を奴隷として売買する闇組織の介入を招いた。

 そんな状態が続く中、民の不満は増し、あちこちで暴動が起き始める。それを止めるために王は民を虐殺し、一層人心は先王から離れていく。

 そしてついに国が唸りを上げて滅びに向かおうとした時、事件は起きた。

 貴族すら加わった反乱軍が王宮を取り囲んだ時、一人の青年が両手に何かを持って、反乱軍に向かって城内から歩いて来たのだ。

 青年は王の政策に反対して、軟禁されていたはずの王太子であった。王宮を攻め落とそうとしていた反乱軍は、その人物と両手の荷を見て、言葉を失った。

 王太子の両手の荷とは、人の首だったのだ。右手にはオスト家当主を、左手には己の父を。

 血にまみれた彼の言葉に、反乱軍は戦慄する。


『父と奸臣は私が屠った。今より、私がラミナの国王だ。貴様らは私の首も欲するか』


 どしゃり、と投げつけられた王の首には、驚愕の表情が張り付いていた。閉じ込めたはずの息子の登場、その息子に殺される父の叫び。その場面が目に浮かぶ、直視など出来ない断末魔の表情。

 王太子の威圧感や凄まじく、反乱軍は王太子――いや、新たな王に刃を向けなかった。彼に対する畏怖が、恐怖が、刃向うことを許さなかったのだ。

 そして王太子はその場で形式だけ整え、血まみれのまま王へ即位した。反乱軍の貴族と民を承認者として。

 今のラミナは、こうして形作られた。



「まあ、あのジジイが何も言わないってことは、後者だろうな」


 血の即位式の時、アドルフも同様に軟禁されていたはずだが、反乱軍が王宮を解放したとき、何故かその姿は城内になかった。

 そのため真の賢王と現国王が賞賛されるにつれ、まことしやかに噂は流れ出した。アドルフは兄に父殺しの咎も含め、全てを押し付けて逃げたのだと。

 そんな中傷を否定も肯定もせず、アドルフは剣聖とも称されたその腕を封じ、これまでの時を過ごしている。


「父上。公爵への暴言、言い方を変えればいいというわけでは……」


 エリオスは嘆息したが、事実、四家で一番格が高いのは大公のアドルフだ。狼のカタワレを偶然継いでいたアドルフが、王弟でありながら養子に入たってオスト家を継いだことで、四家勢力のバランスを保っている。

 ただ、相手は先王の代からの重鎮であり、血の即位式の最大の功労者だ。現国王を混乱に乗じて救い出したのは、公爵たちなのだから。

 そうした背景もあって、父の言動もほとんどは諦めている二人だったが、公爵たちへの口の悪さだけは未だに悩みの種であった。


「……ノルト家は武功を重んじる家柄です、よほどの腕前なのでしょうね」

「だよなー。四家で剣豪……。騎士団の隊長サマとしては、好敵手出現ってとこだな、エリオス」

「会ってみなければわかりません。そもそも私は手合わせを楽しみにしているだけです」

「おっ、流石は俺の息子。いいこと言うね」

「父上、それは誉め言葉じゃないわよ」

「……おいライラ、そりゃどういう意味だ?」

「そのままの意味。ね、エリオス」

「はい姉上」


 可愛い我が子に、二人してにこにこと笑顔で邪気なく言われれば、アドルフも反論する気力は失せてしまう。そのためアドルフは苦笑して場を流すしかなかった。


 やがて三人が乗る馬車は、ノルト公爵の屋敷に到着した。降車した三人の足元には、馬車と併走していた各々のカタワレが並ぶ。

 三人が広間に入ると、一気に中の視線が集まった。今夜はカタワレも連れているので、よく目立つのだ。

 ただ目を奪われる者、どうにか繋ぎをつけたい者。

 その視線に含まれる思いは様々だが、三人はどの視線も受け止めることなく目的の人物まで歩み続けた。


「おお、来たなアドルフ!」

「どうも、ノルト公爵。久しぶりで」


 三人がまず挨拶をした壮年の男性はがっしりとした体つきで、領主というよりは武人と言ったほうがしっくりくる風貌をしていた。この人物こそ白銀の守護者、ノルト公爵だ。

 ノルト家は北の要衝である北ジフ山脈に接し、北の大国ドグマと、幾度となく先陣を切って剣を交えてきた土地柄である。そのため、広大な領地をまとめる当主といえども文人的性格は薄く、年を重ねた今もその動きに隙はない。

 今夜は自らが開いた夜会とあって、公爵はノルト家の標である、立派な熊のカタワレを隣りに連れていた。カタワレの国ラミナといえど、大型のカタワレはやはり肩身が狭い。誰でもいつでもカタワレをそばに置ける訳ではない。それを連れていることは、一目で権力の証となる。


「御子息達もお元気そうで何よりだ。本日は我が愚息のためにご足労いただき、誠に感謝する」

「なに、俺はいつでも暇なんでね。ちょうどいい外出の機会ですよ」

「――あの」


 気軽ではあるが社交辞令的な会話が続く中、とある人物がその会話を遮った。


「本日は御子息にお会い出来るということで、楽しみにして参りました。ノルト家の方だけあり、とてもお強いそうですね。やはり仕官されるのですか?」


 ――エリオスだ。普段は自分から話しかけたりしないのだが、今日は珍しく話題をふった。馬車ではは興味無さそうにしていたが、やはり今夜の主役に興味を惹かれていたのだろう。


「そうか、エリオス殿は仕官されていたのだな。ご安心なされよ、あいつはまだ仕官させんつもりだ」

「え? 何故ですか?」

「なに、確かに愚息の剣の腕は、我が弟よりも優れている。だがノルトの名を持つ以上、仕官すれば何もせずに地位が与えられてしまう。それは避けねばならん。愚息にはまだ早い」

「そうなのですか……。そんなにお強いとは、驚きました」

「ははっ、あの剣を振るうしか脳のない馬鹿は、打ち負かされて少し大人しくなりおった。そこだけは愚息に感謝しているのだ」


 はっはっは、と心底愉快そうに笑う公爵に、エリオスは何とも言えない、心中複雑そうな表情をした。その心情を察したライラが、すかさず助け舟を出す。


「あの、公爵の弟君は王宮守備隊の隊長であるベルンハルト様ですよね。その~、剣だけ……と言うのは……」


 王宮守備隊とは王宮の門番や番兵など、城の警護を一手に引き受ける隊だ。王族個人に仕える近衛騎士団に比べると華は無いが、隊員は身分を問わず集められ、多生の荒くれぶりも目立つが、真の実力者が揃う王都最強部隊と言われている。

 そんな守備隊の隊長であるベルンハルトは、ラミナでも指折りの剣豪だ。そして、直属ではないがエリオスより地位が上の人物なので、馬鹿と言われては下の者の立つ瀬がない。


「そう言えばそうだったな。だがライラ殿、あれは本当にただの馬鹿だ。位とて陛下の温情により得たに過ぎん。エリオス殿にも苦労をかけるが、適当にあしらっておいてくれ」


 ――いや、そんなこと言われても。

 双子は思わず同時に、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 見えない火花を本人がいないのに飛ばす公爵。ノルト公爵と弟の兄弟仲が悪いのは有名である。


「そうそう、愚息はもうこの中にいるぞ。探し当ててみてくれ」

「え?」

「もちろん後で正式に紹介するがな。まあ、軽い遊戯とでも思って楽しんでくれ」


 そう言い残すと、公爵は早々に他の客人のもとへ去っていってしまった。


「遊戯……だって。父上、エリオス、どうする?」

「まったく、『繋ぎをつけたきゃ自分でつけろ』ってことか。ジジイもよくやるぜ」

「よろしいではないですか。見る目がなければ駄目だ、という何とも単純明快な基準です」

「それもそうね。国内に知り合いがいないご子息にはいい手段かも。地位じゃなく能力で友人を篩にかけられるんだし」

「ほぉ~。言うな、お前ら。じゃあ自力で探してみろ、俺はもう目星がついてるんだ」

「「えっ?」」


 まだ広間に入ってそれほど時間は経っていないのに、アドルフはもう今夜の主役を探し当てたという。

 流石は大公、と言いたいところだったが、普段の大公らしからぬ態度が、親への素直な賞賛を送る邪魔をした。


「父上、見栄を張らなくてもいいんですよ?」

「姉上の仰る通りです。今なら冗談で済ませられますから」


 と見事に我が子から不信の言葉を返され、アドルフは大きな溜め息をついた。――あまりの信頼の無さに泣きそうである。


「あのなぁ……。俺はお前らの倍以上生きてるんだぞ」

「ふふっ、冗談よ父上。私たちも自力で探してみるわね」

「おう。じゃあ頑張れよ。俺は仕方なく挨拶まわりに行って来るから」

「はい。じゃあ行きましょう、エリオス」

「はい姉上」


 そうしてしばらくエリオスがライラをエスコートする形で広間を歩いていると、ロイが何か言いたそうにライラの足元にじゃれついてきた。


「どうしたの、ロイ。もしかしてご子息がわかった?」


 まさかと思いつつのライラの問いに、ロイがあっち、とでも言いたそうに鼻先を向けた。その先には目的の人物ではないが、よく見知った姿があった。


「よ、二人とも!」


 その人物もこちらに気付き、向こうからやってきた。


「相変わらず元気そうね、ランス」

「おう、ライラもな」


 この青年は、名をランスロット・フォン・ズュート。二人と同じく四家の出身で、南のズュート家の次男であり二人より四才年上だ。四家の中で最も親しい人物でもある。

 その理由の一つは、ライラたちの亡き母が関係している。母はズュート家の流れを汲む家の出身なのだ。

 その母は産後の肥立ちが悪く、寝込むことが多かった。また、当時はオスト家を継いだばかりでアドルフの権威が盤石ではなかったこともあり、幼いライラたちはズュート領によく預けられていたのだ。そのため、幼い頃は家族同然に過ごしたのである。

 そして二つ目は――。


「けどエリオスは毎日のように王宮で顔合わせてるし、新鮮味ねぇなあ」

「それはこっちの言い分だ色惚け男。挨拶は済んだろう、さっさと姉上の前から去れ」

「おいおい、笑顔でそういうこと言うなよ。幼馴染みだろ?」

「不本意だがな」


 ランスがエリオスと同じ騎士団に属しているためだ。

 彼はエリオスの言う通り、自他共に認める『色(惚け)男』だが、騎士団の団長を務める実力者で、エリオスの直属の上司なのだ。

 しかし兄弟のように育ったために、三人は地位や年齢を気にせず、いつもこんな調子であった。


「エリオス、今は止めなさい。他にもお客様がいるのだし、また今度ね」

「はい姉上」


 ただエリオスは激しさを増し始めた舌戦も何のその、ライラのやんわりとした注意に、何の躊躇もなく従った。その見慣れた光景に、ランスは半ば呆れながらに言った。


「お前、ほんっと相変わらず『ライラ至上主義』だよな……。少しは姉離れしたらどうだ? 俺が色々と教えてやっから」

「即刻消え失せろ色惚け男。貴様の世話になる必要はない」


 エリオスがランスに見せたのは眩しいくらいの笑顔だが、まさに『貼りつけた笑顔』とはこの事だ。表情と言葉が気持ちいいくらいに噛み合っていない。


「てめぇ……。次の出仕を楽しみにしておけよ。上司権限でみっちりしごいてやる」

「望むところだ色惚け男。お前自身の体力と知力で、しごきを最後までやり通したら褒め称えてやる」


 喧々囂々と続く口喧嘩――しかも子供みたい――に、ライラは思わず嘆息した。

 あまり人付き合いを好まない弟にも、気兼ねなく言い合える相手がいることに安心しつつ、果てしない口喧嘩に終止符を打つため、ライラは話題を変えた。


「ねぇランス、あなたのカタワレは? いつも肩に乗っているのに」


 ライラがキョロキョロと視線を動かして探したのは、ランスのカタワレで、可愛らしいイタチである。イタチはズュート家の標だ。


「ああ、あっちのテーブルの上だよ。好物の果物があったんでな。俺の肩より魅力的らしい」

「不用心なことをするな。目を離した隙に何かあったらどうするんだ」


 カタワレが負傷すれば、もちろん半身である片割れも同様の傷を負う。そのため狼や熊などのカタワレのように、自ら戦う力を持たないカタワレを放っておくのは、かなりの危険を伴うのだ。


「なんだ、俺の心配してくれんのか?」

「違う」

「即答かよ。ま、とにかく心配はいらねえよ。こんな宴の場で、ズュートの標に手を出せる奴はいねぇからな」


 そう言ってランスは不敵に笑った。

 確かに、もし何者かが手出しをしようものなら、四家に恩を売りたい周囲の人間が、即座に犯人を取り押さえるだろう。そして何も出来ぬまま、犯人はこの世の地獄を知るのだ。


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