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第二十話

※本文には残酷描写が含まれます

 もとは誘拐犯の仲間であるオリバーは、もちろんその行き先に心当たりがある。何かあったとき落ち合う、と決められている場所だ。

 途中、ライラを伴う危険も考慮されたが、そもそもここには託す相手がいない。いくらエルが優秀でも、下水道の中では鼻が利かない。

 そもそもエリオスがライラに追いつけたのは、騎士団員の報告を受けて進んだ行程が二割、エリオスの勘による決定が八割の奇跡でしかないのだから。


 そのためライラとエルだけ置いてくことは出来ず、不安でも同行させるしかなかった。

 やがて三人と一匹がたどり着いたのは、かつて下水道管理のために使われていたという小部屋だ。逃亡犯を追っていた騎士は撒かれてしまったのか、もう足音はしなかった。


「出入り口は一つだけか?」

「はい。作業員の休憩所みたいな小部屋なので、広さはあまり。中に物はほとんどありません」

「そうか。ならば、俺を連れていけ」

「は?」


 何を唐突に、とオリバーはエリオスを見る。だが、エリオスはきちんと作戦をたてていた。その作戦とはーー。


「私が姉上のフリをして、オリバーについていく。扉を開けさせれば十分だ。出口を押さえられるからな」

「成る程……。混乱している最中です。薄暗いし、体格の違いも見落とすでしょう。隊長がしばらく縮まっていれば十分です」

「ちょ、ちょっと! 本当にそれで大丈夫なの?」

「ええ、潜入捜査というわけでもありませんし。先ほど言ったように、入り口さえくぐり抜けられればいいのです」


 エリオスとオリバーは、この作戦が通用すると考えている。しかし、ライラは不安がどうしても拭えないままだ。


 もし室内で乱戦になって、二人が逆に捕まってしまったら?

 そうでなくとも、もし敵が部屋から逃げてしまったら?


(そのためには、どうしても応援が必要だわ)


 いま騎士団員たちは、逃亡犯に加え、隊長を探して四苦八苦しているだろう。猪突猛進なところがある弟が、道筋を全て伝えてやってきたとは到底思えない。

 そんな隊長の無事と逃亡犯の隠れ家を伝える為にも、ライラにはやるべきことが有った。


「ねえオリバー、この付近から地上には出られないの?」

「ええ。だいぶ戻る必要があります」

「そう。なら、通気抗はある?」


 その言葉と同時に現れた存在に、オリバーとエリオスはハッとした表情を浮かべた。


「ピ!」

「姉上、それはグレーテの……!」


 ライラの懐から顔を覗かせた金糸雀は、自分の大役を察したのだろう。パタパタと元気よく飛び回っている。


「犯人気づかれたら大変だと思ったから、最初から隠してたの。連れていけって言ったグレーテに感謝ね」

「はは、姉姫様には本当に驚かされるな。通気抗はすぐ近くにあります。地上と連絡を取りましょう」


 その言葉がエリオスも頷くと、手持ちの筆記具に伝言を急いで書き始めた。


「こちらです!」


 オリバーが向かったのは、地上に通じている通気抗だった。子供ですら通れない太さだが、小さな金糸雀には十分だ。


「じゃあ、頼んだわよ」


 金糸雀は『ピイ!』と元気よく返事をすると、エリオスの伝言が書かれた紙を足に結いつけて、地上へ向かって飛び立った。


 その姿を見送ったライラたちは小部屋の前に戻り、侵入の準備を始めた。

 ライラとロイはエリオスたちが部屋に侵入する間、物陰に身を潜めることになった。ライラがその指示に頷き、適当な物陰に隠れようとしたとき。エリオスがライラを制し、その荷物を受け取った。


「お前と、お前がかつて掲げた誓いを信じる」


 そう言ってエリオスは、ライラが持っていた剣をオリバーに戻した。

 これにはオリバーも目を丸くする。こんな最後の最後、しかも自分が裏切れば本当に命が危ぶまれる四面楚歌の状態で、武器を持たせるなど、何を考えてーー。


「超法規的措置だ」


 などとエリオスはぶつぶつと意味の分からない苦しい言い訳をし始めた。

 そんなエリオスの様子を見てオリバーはニコリと笑うと、エリオスとライラの前で膝をついた。


「おい、オリバー?」

「改めて詫び、そして誓います。騎士オリバー・フォン・クラウド。この命に代えても、お二方をお守り致します」


 『命』を賭けるのは、主のみ。

 この宣誓をもって、オリバーの主は王太子からライラとエリオスに変わる。


「……その誓い、受けよう。騎士オリバー」

「……私も、お受けします」


 なぜ、改めて誓うのか。

 ただの礼だけでいいはずだ。でも、オリバーは誓った。だからこそ誓いの重さを受け止め、二人は誓いを受け入れた。



 やがてオリバーが追跡を逃げ切ったフリをしつつ、エリオスとともに仲間のもとへ向かった。いくつかの合い言葉を交わし、室内へ入っていく。

 室内には、数人の男の他、攫われたグレイもいた。どうやら何人かは捕まり、何人かは別の道で逃げたらしい。残った男たちは、これからどうするか意見を出し合っていたようだ。

 当然のことながら、男たちは口々にオリバーを責めた。やはり騎士団に情報を流していただろう、と。

 それに対してオリバーは、激しく反論した。


「それならこんな危険なとこに来るわけないだろう! お前らに疑われたら、一対多数でやられちまう。俺が裏切り者なら、とっくに騎士団と合流してるさ」


 この反論は最もな内容であり、命懸けで舞い戻ったのだというオリバーに、男たちも渋々納得するほかなかった。

 男たちは金儲けのために動いているのであり、オリバーのような強制された立場ではない。だから、貴族の誘拐まで判明した今、その処罰と報酬を天秤にかけーーとにかく逃げる。それしかない、と判断していた。

 最後の獲物である二人の扱いは問題だが、まずは自分たちの逃げ道の確保が最重要課題であった。


 男たちとオリバーが逃亡計画を話し合っている間、改めて手を縄で拘束されたグレイが、コソコソとエリオスのもとへやってきた。


(この子供が姉上の言っていたグレイ、か)


 部屋に入る前、エリオスはライラから一つ頼み事をされていた。それは恐らく室内にいるであろうグレイの保護である。その目的は果たせそうだ。

 グレイはたった一つの希望だとでも言わんばかりの表情でエリオスに縋りついてきた。しかし、双子でそっくりとは言っても、エリオスはライラではない。入れ替わっているので、やはり違和感を覚えたのだろう。グレイは少し戸惑った顔をした。


「エ、エリオスさん……?」

「ああ、そうだ。エリオスだ。あと少しの辛抱だ。すぐに終わらせるから」

「……?」


 会話をしている二人を見た一人の男が、エリオスにふと、違和感を覚えた。その正体は何だ、とろくでもない頭をひねっているとき、どこからか高い笛の音が聞こえてきた。


「隅に隠れてろよ」


 そうしてエリオスが、拘束されているふりをしていた手から笛を出し、強く吹き鳴らす。


 ーーピィイイイ!!


「ーーオリバーァアアっ!!」


 瞬時にオリバーの裏切りに気付いて激昂した男が叫ぶも、すでに遅い。

 合図とともに飛び込んできた騎士団員ーー狭い部屋だから小柄で腕の立つ者ーークルトにその指を一閃され、剣を取り落とした。


「ぎゃああああっ!?」

「邪魔です」


 出血死もショック死もしない程度、されど剣を握れない怪我を突然負わされた男は、混乱して叫ぶもクルトに蹴り飛ばされる。

 クルトはただの障害物となり果てた男を進路から蹴り飛ばすと、次の標的の無力化にかかる。

 オリバーとエリオスも剣を抜き、次々に周囲の男たちを制圧していく。聞きたいことが山ほどあるこの事件、証人は一人でも多い方がいい。決して致命傷を負わせないように注意しつつ、エリオスたちは動いた。

 人数的にはエリオスたちが不利だが、彼らは鍛え上げた騎士団であり、しかも不意打ちをかけたのだ。当然、勝負はすぐに決する。


「捕縛せよ!」


 エリオスの号令に合わせ、部屋の外で待機していた他の騎士団員たちが縄を手に持ってやってきた。そのまま、怪我を負った男たちを捕縛していく。

 グレイもその縄を解いてもらい、今度こそ騎士が保護することになった。

 しかし、騎士団の裏切り者であるはずのオリバーが剣を持っていることに、団員たちが困惑する。なにせエリオスの伝言にはオリバー確保の一文もあったのだから。

 そんな『同僚』の様子をみたオリバーは、無言で剣を収め、再びエリオスに膝をついた。


「罪を犯した私に、騎士として、最後の誇りを貫かせてくださった。感謝致します。騎士の証ーー剣を、お納め下さい。エリオス様」

「受け取ろう」


 こうすれば、オリバーは「最後に騎士団に協力した、騎士の誇りまでは捨てなかった」ということが知れ渡る。

 これがエリオスに出来る、最後の手向けであった。


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