第一話
「姉上、もうすぐ到着しますよ」
暮れかけた日の下を行く馬車の中。一人の青年が、隣りの席で眠る女性に声をかけた。
「……ん? あれ、寝ちゃってたのね」
青年の名はエリオス。女性は双子の姉でライラ。ともに十八才である。
二人は父の青い瞳、母の黒い髪を受け継いでいた。ただし髪質は、エリオスは女性もうらやむサラサラ、ライラは両親とも違う猫っ毛である。その違いを利用して、幼い頃は髪の毛をいじることで、よく入れ替わって遊んでいた。
今日、ライラは普段暮らしている領地を離れて、エリオスの暮らす王都にやってきた。エリオスは久し振りの再会を喜び、わざわざ途中まで迎えに来てくれたのだ。
「長い時間、馬車に乗っておられましたから。お疲れになったのでしょう」
そう言われてライラが窓の外に目を移せば、夕焼けに染まる屋敷が立ち並ぶ、整然とした街並みが広がっていた。
この偉大な国の名は、ラミナ。現王家が遥か昔、東西南北にあった四つの国を平定して成った国だ。
その四国の王たちは、今も大きな勢力を持つ大諸侯として、古代より連綿とその名と地位を保っている。二人はそのうちの一つ、東のオスト大公家の出身である。
そんな高貴な身でありながら、ライラはよく「お忍び」に出掛けるなど、姫らしくない自由奔放なところが多かった。
一方のエリオスは、貴族の子弟の王道を行く。騎士の花形、王太子直属の近衛騎士団に所属し、第二部隊長を務めている身だ。
――しかしながらと言うか当然と言うべきか、ライラの弟であるエリオスにも、他の青年貴族とは大いに異なる部分があるのだが。
「若君、姫様。御屋敷に到着致しました」
ライラがうたた寝から目をきちんと覚ました頃、屋敷に到着した。従者の言葉ととともに馬車が止まり、久し振りに扉が開かれ、一気に新鮮な空気が流れ込んでくる。その新しい空気を胸一杯に吸い込むだけで、だいぶ気分がすっきりできる。
「お嬢様、お……」
従者が馬車から、まずはライラを降ろそうとして、お手をどうぞ、と手を差し出した――その時。
「わっ!」
従者の脇を抜け、突然、大きな影がライラに体当たりしてきた。
そのため大きな声を上げてしまった上、転びそうになったものの、エリオスが支えてくれたため、何とか最悪の事態は回避できた。
体制を立て直すや否や、ライラは怯むことなく相手を見据えて――お説教を始めた。
「もうっ、ロイ! 飛び出すのは止めなさいって何度も言ってるでしょうが!」
その相手とは、従者を押しのけてライラに頭をすり寄せようとしている巨大な犬――ではなく、純白の狼だ。しかもロイとよばれる狼のほかにも、巨躯の黒狼がもう一頭、馬車のそばに控えている。
「全くもう……」
だがそんな事態を笑えども、驚く者はここにはいない。
何故ならロイという白狼は、ライラの『カタワレ』なのだから。
――カタワレは狼や鷹、蛇や兎などの動物と同一の姿をもち、片割れ、つまりは人間と命を共にする、摩訶不思議な存在だ。両名がどれだけ離れた場所にいても、片方が命を落とせば、もう一方も同時に命を落とす。
また、カタワレは人語を話さないが、かなりの内容を解することが出来る。逆にカタワレの意思は、言語を一切介さない代わりに、片割れに無意識のうちに伝わる。そこには魂の繋がりがあるからだ。
そして人間では髪や瞳の色が遺伝するように、カタワレは大抵、親と同じものを発現する。そのためカタワレは、ラミナでは系譜の証として絶対視された。他国のように長男を選ぶのではなく、家の標とされるカタワレを継げたかが問題となるのだ。
「全くもう……。なんでロイはこんなにお転婆なのかしら」
私はここまでじゃないのに、などと文句を言いつつ、ライラが馬車を降りた。ただその姿は――コートにシャツ、ズボンをはいた上に、剣も帯びている。
女性にしてはスラリと伸びた身長だが、あくまで『小柄な青年』止まりだ。宝石の一つも身につけず、また髪も結い上げないで、首の後ろで緩く括っただけ。だが、その整った顔立ちが、全ての奇抜さを許していた。
「元気なのは何よりですよ。さ、中に行きましょう姉上」
次に降りてきたエリオスも、騎士なので当然、ライラと同じような格好をしていた。
大柄とは言えないが、エリオスは青年らしく立派に成長した身体である。そのため似たような格好であることも手伝い、ライラと並ぶと本当に瓜二つの『兄弟』にしか見えない。
――そう、ライラは「お忍び」も含め、普段から男装して暮らすという破天荒な生活を送る姫であった。