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第十八話

「いや、いやだぁああ!」

「グレイ!」


 男が右の道へ行ったのを確認すると同時に、オリバーはライラの手を引いて左の道へ突き進んだ。

 無理やりグレイと別れさせられたライラは、グレイが心配でたまらず、しつこくオリバーの説得を試みる。


「ねえオリバー殿、もう諦めましょう? 今なら、私も口添えを……」

「……ここまで来たら、すべて無駄なんです」


 ようやく、オリバーが口を開いた。しかしオリバーの表情は、ライラの言葉に説得された、などとは到底思えない悲しさを秘めていた。

 そのまま道を突き進みながら、オリバーは何かを諦めたのか、はたまた捨てたのか、何となしに身の上話をしはじめた。


「俺はズュート領に隣接する、伝統なし・財産なし・資源なし、が揃った男爵の三男です」



 それでも、家族はみんな優しく幸せだった。領民は誰もが領主の父を敬愛し、次代の兄を支えてくれた。母や妹は貴族でありながら、自分たちで台所仕事や服の繕いもした。

 いつも、いつも笑顔があふれていたのだ。


 そんなある日、幼いころから剣の才能を買われてズュートで訓練していたオリバーが、正式に王都の騎士団に入団することが決まった。しかも入団先は騎士の憧れであり最高峰、蒼の騎士団である。貧乏男爵の三男坊が奇跡の出世。当然、家族や領民は心から祝福してくれた。

 遠く離れて暮らす家族に、オリバーも入団当初は頻繁に家族に手紙を出していた。だが、忙しさにかまけて、数年も経つと家族の誕生日くらいになっていた。

 そんな時、父親にちょっとした儲け話がもたらされたのである。


『ズュートでの貿易に投資しないか?』


 貧乏貴族に儲け話、とくれば、大抵は当然怪しむ。オリバーの父も決して愚かではなかった。しかし、本当に儲けが出たら。少しでも財政が潤ったら。そんな欲が首をもたげて、ついに儲け話に乗ってしまったのだ。

 そんな怪しい話を受け入れたのは、初期投資の額が少ないことも理由の一つであった。失敗してもいい、と考えられるくらいの額。

 結果、父はそれなりの収入を得た。その年の冬は、食卓に肉が上る回数が増えたという。

 そうした少額投資を何度か繰り返すうちに、父は投資話を持ち込む男をすっかり信じるようになっていた。


 ある日、いつもの男がこれまでとは比べ物にならない巨額の儲け話を持ち込んだ。


『新しい貿易の話だ。今回は特に儲かるぞ』


 父は男をすっかり信用していたので、投資内容をよく確認しないまま、その話に乗ってしまった。

 その実態は奴隷貿易であり、カタワレを主に扱う禁忌の商いであった。


 当然、父は男に猛抗議した。しかし、今までも知らず知らず加担していたことが男の口から語られる。その事実が知れれば、領地召し上げの上に処刑は確実である。父はあまりの事態に半狂乱となり、母は卒倒した。

 そこでようやく長兄から救援要請がオリバーにもたらされ、事実を把握するに至った。


『最近はだいぶ財政が楽だよ』

『妹の持参金も増やせる。いいとこに嫁げそうだ』


 そんな喜ばしい話とは一転した、驚愕の事実。

 オリバーは、騎士団の地位を失うことを何よりも恐れた。愛しい家族も領民も、今は二番目以下。

 心の拠り所であり、自分の全てを捧げられる存在となっていた騎士団の前には、比べることすらできなかった。

 だが父が処罰されれば、当然自分も除名となるだろう。そうすれば、自分は騎士団から拒まれる。蔑まれる。

 それは恐怖でしかなかった。


「その恐怖を見透かされ、つけ込まれたんです。いつの間にか、俺の下宿先にも男の仲間がいたんですよ。奴隷貿易を手伝え、さもなきゃバラすぞ、ってね。それで俺はズュート領で犯罪者となった貿易商を受け入れ、書類の偽造なんかをしました。俺の領地は小さいけど漁港がありますから、ズュートの目を逃れて商人の乗り降りくらいなら出来たんです」


 さらにオリバーは、ランスたち騎士団の監視役も兼ねた。そうしてどんどん深みにはまり、抜け出せなくなっていった。


「俺は、失いたくなかっただけなのに……。けど、もう全て失ってしまいましたね」


 オリバーは乾いた笑いがこぼした。その言葉と笑みに、ライラは何と返事するべきか答えに窮した。

 その時、後ろから靴の音が響いてきた。人間の足音。いや、これは――。


「エリオス、エル!」


 ついに、エリオスが追い付いた。その足元にはエリオスのカタワレ、エルが寄り添っている。エルはその鋭い牙を剥き出しにして唸り、いつでもオリバーに飛び掛かれる姿勢を取っている。

 オリバーは待ってましたと言わんばかりにエリオスと向き直り、ライラを無理やり抱き寄せると、その首筋に鈍く光る刃を当てた。


「いやあ、驚きましたよ。敵を騙すには味方から、ですね。どうりで相方がすぐに離れてくれたわけだ」

「……姉上から離れろ、オリバー」

「無茶言わないで下さい。……隊長、それ以上近づくと姉姫様の無事は保証できませんよ」

「もう一度だけ言う。……姉上から、離れろ」

「無理ですよ。もう全て、知っているのでしょう? ここまでくれば、俺は除名だけでは済まない。死罪は確実だ」


 だから、捕まることはできない。そうオリバーは言外に語っていた。

 そのオリバーの視線を受けて、エリオスはすらりと剣を抜いた。


「隊長……?」

「……三十七勝八十二敗、九引き分け」

「!」

「俺は隊長という役職だが、剣の実力ならお前のほうが上だ。だから、俺は隊員であるお前を信じて、そして信じてもらえるように日々務めてきた。だが、それも今日で終わりだ」


 エリオスの持つ双剣の片割れが、キラリと光りを反射する。


「――さあ、剣を構えろ、騎士オリバー・フォン・クラウド! 騎士エリオス・フォン・オストが決闘を申し込む!!」


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