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第十一話

 エドゥアルトへの謁見を終え、エリオスはクルトを案内するため城内を連れ立って歩いていた。ランスは午後から出仕してくる団員に指示を出すため、蒼の間へ戻っている。


「――必要なのはこのくらいだな。あとは他の隊の管轄だし、適当に見て回ってくれ」

「はい。……ああ、一つ気になっているのですが、よろしいですか?」

「何だ?」

「殿下のもとへ行く前に、エリオス殿が仰ったことです。何が『面倒』なのでしょう?」


 抑揚もなく淡々と告げられた問いに、思わずエリオスも面食らってしまった。まさかあれを今まで気にしていたとは、思いもよらなかったのだ。


「あ、ああ、それは……。何と言うか、あいつ流の試しでな。だがクルトは合格した、心配はいらない」

「合格、ですか……。するとランスロット殿は、私が殿下に失礼のないよう万全を期してきたか試されたのですね」

「……。そうだ」


 成る程、と独り言のように呟いたクルトをエリオスは凝視した。

 アドルフが言っていた『よほどの馬鹿か天才』、というクルトへの評価。自分もそうだろうと思ってはいたが、クルトは間違いなく天才だ。秀才ではなく、天の才を持つ。


(ランスの思惑を一瞬で把握した)


 自分に訊ねたのは、あくまでも確認だろう。最初から全て分かっていたのだ。単に口に出さなかったにすぎない。

 もし自分であれば何か失礼を働いただろうかと、数日悩んだかもしれない。あの時はランスのやり口に慣れているから、すぐに非難できただけだ。

 その上、自分は試されたと知っても動じないこの精神力。十五歳とはとても思えない。


「……ああ、そうだ、最後に。騎士団は、団長などの職務階級や先輩などの立場以外、身分の上下を持ち込んではならない。俺たちは貴族として最高位だが、クルトは見習いで、一番の若輩だ。そこをよく注意してくれ。俺も君をクルト、と呼ぶから」

「心得ました。敬称なく名前で呼んでいただけるのは、気恥ずかしいですが、とても嬉しいです」

「そうだな、俺もそうだった。家族以外には呼ばれないからな……。さて、これからクルトはどうする?」

「では城内を見てまいります。三つの鐘までには蒼の間に戻ります」

「ああ、分かった」


 そうしてクルトと別れたエリオスが蒼の間に戻ると、室内には誰もいなかった。すでにランスが指示を出し終え、昼番の団員たちも外に向かったのだろう。

 エリオスは自分に割り当てられている机に座ると、陰鬱とした心持ちで書類仕事を片づけ始めた。どこかの上司のおかげで、今日は一日中、書類整理の仕事をしなければならないのだ。


(くそっ、何で今日は城詰めなんだ。姉上は屋敷にいるから良いようなものの……)


 せめてライラを事件に巻き込ませまいと、ライラが行きそうな場所を重点的に回るよう、配下の第二部隊に指示を出してある。

 ランスには『職権乱用って言葉知ってるか』と言われたが、そんなことを気にしている場合ではない。巡回は仕事のうちだ。職務違反でもない。


「隊長、どーも」


 怒りから思わず書類を握りつぶしたところで、蒼の間に一人の騎士が入ってきた。


「オリバー! 遅いぞ、何をやってたんだ。今日は昼から巡回だと言っただろう!」

「ええ、ですが団長に遅刻の許可、もらってますよ。あ、これお土産です」

「そうか。……で、この菓子が遅刻の理由か?」

「まさか。家の都合ですよ。これはただの純粋な土産。何度食べても食べ飽きない、お勧めの一品です」


 昨日も買ったんですよねぇ、とニコニコ笑うオリバーは、一昨日ライラと道端で会っている、と報告がきている。

 ライラに付けた御者は、別邸でも特に信用の置ける人物だ。その報告には、嘘も誇張もなくて――。


(――こんなことで嫉妬するなんて、俺はどこまで小さいんだ)


『姫様から馬車を降りて、騎士の方にご挨拶に行かれました。お名前はオリバー様、と。短い間でしたが、楽しそうにお話されていました』


 それだけで、目の前の男が憎くてたまらない。大切な部下だというのに。


「……分かった、休憩の時にでも食べる。お前はさっさと街に行ってこい」

「了解です。いつも通りで?」

「いや、今回は少し指示を変えている。二番街を中心に回れ。詳細は他の隊員と合流次第、確認しろ」

「了解しました。行って参ります」


 オリバーが部屋を出て行ったと同時に、エリオスは机に突っ伏した。


(姉上、姉上、姉上)


 想うことすら赦されない、至高の人。



 エリオスがこの禁忌の想いを自覚したのは、もう七年も前のことになる。

 あれはまだお互いに子供で、『好き』に多くの意味があるなんて知らなかった頃。

 いつも通りに大公領の城下町に繰り出し、遊び疲れて帰ってきたら、ライラが眠いと言い出した。


『エリオス、私、眠くなっちゃった』

『姉上、ですがすぐに夕食です』

『うん、だから、夕食の時間になったら起こしてくれないかな』

『はい、姉上』

『ありがとう』


 そう言ってエリオスの寝室で、ライラは眠り始めた。

 寝室を分けてからもう二年以上経つが、まだ互いの寝室をよく行き来していた。だから、寝顔なんか見慣れていた。数日前は並んで寝たのだ。

 それなのに、たった一言、舌足らずな寝言で名前を呼ばれただけで。


『……えりおす』


 体の芯が、カッと熱くなった。

 そして訳も分からぬまま、そっと顔を――いや、唇を近づけた。



(あの時、俺は――)


 使用人が夕食の報せに来なければ、間違いなくあのまま口づけていただろう。

 あの後、自分が何をしようとしたのかに気付いた時は愕然とし、死も考えた。


 ――自分は姉に欲情したのだ。


 例え幼い自分の行為にその言葉が相応しくなくても、行き着く先は同じだ。そうして自分は恋も愛もよく分からぬまま、姉に心の全てを奪われた。

 ただ、そのことに焦燥はあれど、嫌悪や疑問はない。相手は生まれた時に分かたれた、己の半身なのだから。

 かといって、当然ながら肯定できるような感情ではない。誰にも言えるわけがない。この想い――欲情、劣情が入り交じる想いは、禁忌なのだ。


 焦燥と苦しみは月日が経つごとに増し、想いを押し殺してそばにいることに耐えられなくなった。そして逃げるように王都の騎士学校に入り、卒業後も大公領に帰る道は選ばなかった。

 ライラは悲しんだが、弟の道に口出しはしなかった。

 ――それでいい。そうしたら、いつかただの姉弟に戻れる。そうでなくては、いけないのだ。


「おーい、エリオス」

「……ランス」


 いつの間にか目の前にやって来ていたランスの声に、エリオスは体を起こした。

 ランスは何か言おうとしたようだったが、エリオスの顔を見るなり溜め息をついた。


「何だ」

「全く……。今度は何だ? どうせライラ絡みだろうけどよ」

「な、別に……」

「鏡見てから物言え。今のお前、自殺志願者で通るツラしてるぞ」

「……っ!」

「さっきオリバーが来たな。それか?」


 表情を一見しただけで、ランスはエリオスのことをズバズバと当てていく。この観察力と推察力こそ、ランスが団長たる所以なのだ。


「……あいつが昨日、姉上と偶然会った。それだけだ」

「……ふぅん? ま、そのシケたツラはさっさと直せ。それで城内を歩き回るなよ」

「……ああ。それで、何の用だったんだ?」

「お、そうそう。例の件だけど、書類でも手掛かりが見つかってな。明日の計画にギリギリ間に合った」

「本当か!?」


 ニヤリと笑ったランスは、エリオスに数枚の書類を差し出した。

 それは海洋貿易に関する書類であった。

 ラミナは国の南に港湾都市が集中しているが、それらの多くをズュート家が治めている。そのツテでランスに不審な書類が回ってきたのだろう。

 しかしその書類は荷数、品名、総額、取引先などが形式通りにきちんと書かれていた。エリオスが見ても気になる点はない。


「ランス、これは?」

「一見まともだけどな、これは兄貴経由なんだ」


 そう言ってランスは書類の中から、この貿易に取引先として携わっている人物名を指し示した。


「この名前、偽名だけどすぐに分かったぜ。他の取引とは言え、以前にも使った偽名だからな。こいつは兄貴が以前、徹底的に痛め付けたんだ。もう一回同じことをやろうとする馬鹿さ加減は称賛に値するが、兄貴にも俺にも二度目はない」

「そうか、それでこいつは今度、ラミナではなく取引先にいるのか。で、その不正とやらは何をしたんだ?」

「聞いて驚くなよ。――人身売買さ」

「――!!」


 エリオスは、言葉を失った。

 カタワレはラミナと隣国セバトのみに存在する、摩訶不思議な獣。

 国外ではラミナやセバトから移住した一代に限り、カタワレがいる。国外で命を授かった者は、例え両親にカタワレがいてもカタワレを授かることはない。

 そのためカタワレは他国では非常に珍しく、貴重な存在として扱われ、それを授かるラミナやセバトの民は、神に近いと言われている――はずだった。


「知ってるだろ? 今やカタワレは見せ物として他国の闇市じゃ高額で取引される。見た目はただの動物だからな。ラミナから連れ出しゃあ売りさばくのは簡単だ」


 カタワレは、片割れがいなければ絶対的な証明は不可能だ。無論、普通の動物とは生活の様子が大いに異なる。生殖行動、群れを作らないままの生活、人語の理解力。

 ラミナではそうした様子から、カタワレか普通の動物かを判断する。

 しかし他国は密輸したカタワレを、簡単にカタワレだと承認しない。それは近年のラミナで、重大な国際問題になっている。


 カタワレを失った人々は、いつ命を奪われるかもしれない――しかも大抵が残虐な方法――に怯え、戦々恐々とした日々を送っている。

 不意にやってくるカタワレからの痛みに耐え兼ね、命を断った人も少なくない。


「勿論、俺たち片割れが付くと値段は闇で何倍にも跳ね上がる。片方を傷つけて、もう一方の様子をその目で見て面白がるためにな」

「――ああ。それは大公領でも何例か被害が出ている。じゃあ、今回も……?」

「間違いない。今回は特別規模はでかいが、やり口が同じなんだよ。前回はズュート領、今回は王都。ははっ、俺を嘗めてるとしか思えねぇよな」


 ダン! と机に拳を叩きつけ、ランスは低い声で言った。


「いくら――でも、容赦しねぇ」

「え……?」


 ランスの告げた犯人の名前に、エリオスは驚愕した。

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