神童
今回は登場人物も新参戦してきて底屈をしのげる内容になっているのではないかなと自分自身では感じております。
新用語も続々と出てきますが、正直他の小説と大差ないので『なろわー』の皆様であれば大丈夫かと思います。
お楽しみいただければ幸いです。
ジョシュアとともに廊下を進んでいくと、ようやく食堂へたどり着く。食堂の扉は普段は閉じていて来るものを拒むが、食事時になると必ず開け放たれるようになっている。これは魔法ではなく手動だが…。
扉が開け放たれている理由としては給仕係が速やかに料理を運ぶためである。今もなおひっきりなしに給仕が入出を繰り返しており、料理を乗せるカートは満帆か空かのどちらかだ。
見慣れた光景に横目をやりつつ俺もジョシュアに連れられながら食堂の中へと入っていく。中に入るとすぐ目に付くのは異様に長いテーブルだ。いったい何人掛けなんだと言いたくなるようなそこに、すでに席についているのは一人だけ。この家の当主である父上こと、”シュバイト・フォン・ルー=ホルンバート”その人であった。
「相も変わらず朝に強いようだな、エル」
「お早うございます、父上。いつか父上よりも先に着席できるよう精進してまいります」
「ふふ、子供は寝るのが仕事なんだ。なんならもう少し寝ていても誰も怒りやしないさ」
そういう父親の顔は優しげな笑みで満たされていた。早起きの精進という謎のフレーズは完全無視するようだ。まあ子供の戯言だとでも思われたのだろう。
しかし、いつ会話をしても溺愛されてるとしか思えないな。兄と妹がいるが、この父親は全ての子に平等の愛を注いでいる。父親として満点としか思えない。まあ俺は父親になったことはないのだけど。
ちなみに、その平等の愛ってのは全て100パーセントだ。この人の奥さんまで含めると400パーセントの愛情を降り注いでいることになるのだが、常に全力で愛しているというオーラを解き放っている。正直嬉しい気持ちよりも重たいと思うほうが増えてきた。日本での親父くらいが丁度いいな。
「まあ”メアリー”はそろそろとして、”ロン”はまだ起きてはこないだろう。父上にエルの近況を聞かせてもらえないかい?」
父親の愛情について考えていると、その張本人が近況報告をするように言ってきた。
メアリーとはこの人の奥さんの”メアリージェン”のことで、ロンとは長男の”ロンバート”のことだ。俺の今の母親と兄貴のことだな。そうそう、言うのを忘れていたが俺は親しい人からは”エル”という愛称で呼ばれることが多い。エレオノールは度々呼ぶとなると長すぎるのだろう。
「承知しました。――最近は史術と地術に力を入れて勉強しております。算術や語学術に関してはある程度できており、魔術も同様なので…その時間は裏手にある森で植物やサバイバル、魔物についての知識を深めております」
それもそのはず、今足りていない知識は歴史と地理だけだ。こればっかりは一から学んでいくしかない。しかし算術、所謂算数や数学は大学までみっちりやったし、語学に関しては記憶を取り戻した日を境に魔術を極めようと難しい書物を読み漁ったので新しい言語だろうとそこそこできるようになっていた。
ただそれを目の前にいる父親は知らない。俺が前世持ちだということを。
「なるほど。教鞭士たちに聞いていた通りか…。最近エルが授業をさぼっていて困るという報告を受けていてな、少し気になったんだ。ただ、これも彼らが言っていたのだが算術や語学、魔術に関する成績は頗る良いらしいな」
この人が言っている教鞭士とは教師のことで、そいつらが報告をしているのを知っていたから正直に話したまでだ。第一語学や魔術は本に載っていることしか教えてもらえないし、算術に至ってはおそらく俺のほうが詳しい可能性まである。この期間に無駄なことをしている暇はない。―――夢にまで見たファンタジー世界なのだから。
「父上、さぼっているのでは決してありません。無為な時間を有為に変えているだけです」
「エル、教鞭士に対して失礼だろう。それにサバイバルなんて学んで何になる?我々は貴族なのだぞ。それを忘れてはならないのだ」
「貴族だからと言って胡坐をかくようなことがあってはなりません。父上は狩りがお好きなようですが、もし途中で護衛と逸れ道に迷ったらどうしますか?森にいるため火の魔術は使えません。延焼の恐れがありますし、森には多数の魔物が住んでおります。護衛だけでなく魔物も寄ってくるでしょうし、生態系を乱すようなことを貴族がするなどもってのほかですからね」
「んんんん…」
俺の問いにすぐに答えは出せないようで、父親は顎に手を当てながら思考の海へと潜ってしまった。ちなみに、口では父上とは言うが心の中までもそんな風に呼びたくない。俺は『貴族なんだから』と言われるのが一番嫌いなんだ。
そうして父親の長考を待っていると、食堂の入り口のほうからハイヒールの軽快な足音が聞こえてきた。コツコツコツと一定の速度で原音は近づいてくる。
「あなた、朝から何を悩んでおいでですか?そんな難しい顔をして」
そう言ってメアリーこと母親は俺の左斜め前の席を侍従に引いてもらって着席した。俺は兄貴の分を一席空けて座っているから左斜め前だ。ちなみに父親は一番上座のお誕生日席と呼ばれるところに腰かけている。
「いや、エルからの質問の答えを考えていたのだが…。揚げ足をとるような回答しか思い浮かばなくてな。そういうことを聞いていないのがわかっているから、困り果てていたんだ」
「ほぅ。して、それはどのような質問でしたの?」
「エルが教請をさぼってサバイバル術を学んでいるというから―――」
そう言って母親に俺との会話を説明した。教請とは授業のことで、母親も少し困ったように俺からの問いについて考え始める。
「あなたが出した答えは位置を知らせる魔具を使用する…とか、魔物を魔術で狩って回って安全を確保するとかかしら?」
魔具とは魔術を行使できるように作成された道具の名称だ。用途は様々だが、どの魔術師であっても魔具は100パーセント持っている。まあこれについては追々語るとして――――。
「ああそうだ。しかし、エルの質問からすると持っていない場合や”ロキソット”将軍のような力任せな解決方法以外について聞きたいのだろうからな。その答えは愚かとしか言いようがない」
「そうね。どのように『生き残るか』、ということについて聞いているのでしょうし…。こればかりはサバイバル術を使って発見されるまで生き残るか、それか生き残りつつ人里を探すかのどちらかじゃないかしら?」
「しかしこのまま教請をさぼり続けるというのは貴族としてよろしくはないぞ?うちの息子が怠け者と揶揄されるのは我慢ならん。ただ実力はあるし、言っていることも本当は正しいのだ。エルは教請なんて受けなくても試験はしっかりと受けているし、さらにさぼって習っていないにも関わらずしっかりと結果を残している。だがな、周りはそうは見てくれないし、そんなこと知る由もないのだ…」
「でしょうね。ただ…エルもその辺りは理解しているのではなくて?この子は聡い子よ、自分が何をやっているのかは一番よくわかっているのではないかしら?」
母親がそう言うと二人の瞳は俺の顔へと向けられた。正直『貴族貴族』と普段からオウムのように繰り返している二人しか知らないため、ここまでしっかりとこの質問を考えてくれるとは思わなかった。
実際予想していたのは魔具を使用した救援という回答だったのだが、五歳児のガキに対しても真摯に向き合ってくれるのはいい意味で想定外の事態だったので驚きを隠しきれない。
「そう…ですね。自分が何をしているのかは十分承知しております。しかし、史術や地術同様、知らない知識を知っている知識に変えるというのは魔術と同じくらい強力な武器になると考えられるので、私は今の生活を変えるつもりはありません」
俺はそう胸を張って応える。大人がここまで真剣にガキのくだらない質問に付き合ってくれたのだ、俺も元大人として正々堂々と向き合わなければならない。
「そうか…。それなら、朝食を食べ終わったら中庭に来なさい。知識は確かに武器になり得るかもしれないが、魔術ほどの重要度はない。貴族たるもの魔術を怠るべからず、この教訓をしっかりと理解し精進しているかどうかというのは教鞭士たちからの報告よりも自分の目で見たほうが早いだろう。『竜の息吹耐性意味成さず』というやつだな。だから、私に見せてみろ。
―――――神童と呼ばれたお前の力を」
ご読了頂きましてありがとうございます。
会話でサバイバルと出てきましたが、なぜ英語が浸透しているかと言いますと実際には違う言語で話しているからです。
冒頭辺りにもあったとは思いますが文字が違ければ読み方も違うわけでして、それを分かり易く翻訳していると思っていただいて結構です。
それと散々主人公は魔法に憧れていると言ってきていますが、この世界では世間一般的には『魔術』と呼ばれています。
次回はついにその魔術について詳しく説明していこうかなと思っております。
バトルも近々……。
ブックマークしていただけると評価ややる気に繋がりますのでほんの少しでもお時間がありましたらよろしくお願いいたします。