忖度
すみません、疲れがたまっていて更新することが出来ませんでした。
さらにお詫び申し上げなければならないことがありまして、今回も前回に引き続き朝の日課についての説明回になってしまいました。
ただ前回のエピソードでも申し上げた通り生活を通しての説明になっておりますので多少退屈さはなくなるかなと…。
俺は以前、所謂中小企業と呼ばれる会社の一会社員だった。それはそれは何の変哲もないごく普通のサラリーマンだ。給料は手取りで25万円ほどだが、養うべき家族はだれ一人としていないので十分な貯金が出来るほどには生活が潤っており、正直あまり文句はない。
さらに彼女はおろか友人もそこまで多くはなく、年に数回地元の友人と集まって飲みに行く程度のためイベントごとの出費も大して嵩まない。
ただ、そんな退屈な生活をしているように見える俺でも趣味はあった。――それが二次元の類である。
アニメはもちろんのこと、ライトノベルやゲーム等々に手を出しては没頭した。熱しやすくて冷めやすい、そんな飽き性の俺でも無我夢中になれたのは僥倖であったとしか言いようがない。
それはやはり現実とは乖離した、夢しかない世界というのにどこか憧れていたのだろう。かわいい女の子はもちろんだがそれは必須条件ではなく、俺が特別燃えたのは”魔法”だった。
現実では決してなしえない、神をも思わせる御業の数々。そうして視界に広がるはなぎ倒された敵の骸。
酸素や水素、塩素等々の化学物質なんてものに頼らなくても手からは焔を放ち、傷口からは陽光のような聖なる灯が宿る。昏き地にては優し気な灯篭が集い、生きた屍どもを冥府の門へと追い返す。
そんなどうしようもない、夢幻へと消えてしまうであろう夢に憧れ思いを馳せた―――。
ーーーーーーーーーーー
見慣れた豪奢な天井を視界に映しながら日本でのことを思い出してた。まだ窓から覗く外の景色は薄暗く、空の果てには紫煙の如き揺らめきが顔を覗かせ始めている。
俺は早朝とも言える時刻に起床し、ベッドから上体を起こして自室にあるクローゼットへと向かう。そうして重厚感のある鈍い輝きを放つ木製のクローゼットを開けると、中には装飾華美としか形容出来ないような服がずらりと並んでいた。
正直この服を着なければならないと思うと、どれだけ時が経とうとも慣れることはなさそうだった。毎度見るたびにボタンが宝石になっている上着なんかには辟易する。
ワイシャツなんかもボタンは普通なのに、なぜか所々に金色の蔦のような刺繍が施されていて絶妙にダサい。なんだか日本にいたころの小学生なんかが好んで着そうな見た目をしている気がする…。
「はぁ…」
心の中だけにはとどまらず、ついつい口からため息が漏れてしまう。しかしこれももはや日課なので仕方がない。
飽きれと諦観が心内を支配しつつ寝巻から普段着に着替える。上半身だけでもどうかしているのに、ズボンまで無駄にテロテロしたシルクのような素材でできていてカラスにでも全身喰われにでも行くのだろうかとつまらないことを考えてしまう。もちろんこれも日課である。
そんなことを考えていると、丁度着替え終わった段階でコンコンッと軽快な音が室内に響き渡った。
「失礼いたします」
木製の扉がノックされた数瞬後、そのままノブを回して入ってきたのは俺の専属使用人である”ジョシュア”だった。ちなみに俺が返事もしていないのに入ってきたのは、この時間帯に使用人は家の者を起こしに来るという仕事のためなので無礼には当たらない。そもそも俺が起きているほうが異常なんだし。
「坊ちゃま、お早うございます。また着替えてしまわれたのですね…」
そう話しかけてきたジョシュアの雰囲気は呆れがと諦めが漏れ出ているようだった。しかしそれもそのはず、俺はお貴族様で、お貴族様は自分で着替えたりなどしないのだから。貴族は基本的に身の回りのことを自分でやったりしない。お目こぼしとして下々に世話をさせ、多少の駄賃をやるのが”勤め”だと思っているからだ。
とは言えジョシュアはこの家の使用人であり、月に一度決まった額の給料をもらっているので着替えさせてもらったからと言ってチップをやることはないのだけれどもね。
「そういうなら早く来ればいいだろ」
「もう、意地悪をおっしゃらないでください。使用人がお家の方々を決められた時間以外に起こすのは、火急の要件以外認められていないのはご存知でしょう?」
と、皮肉を言ったらマジレスで返されてしまった。ジョシュアの顔を見るに多分に呆れが含まれているようだ。
ジョシュアが言ったように、お貴族様っていうのは適切な調理をなされた糧食を食べなければ死んでしまうらしく、朝食をとるのに着替えを含めてジャストタイミングになるように使用人は起こしに来る。そのため、急用以外では睡眠を妨げてはならないという規則があるようなのだ。
だからこそ俺はジョシュアが来るタイミングで既に支度を済ませておいている。理由は言わずもがな、着替えさせられたくないからだ。こればっかりは日本人として羞恥心を感じずにはいられない。風呂もそうだが、父親ですら使用人に体を流してもらったり着替えさせてもらっているのを知ったときは絶望を感じた。
大の大人が、それも男が、性交渉でもなく、大して知らない女性に、裸を、裸体を、布切れ一枚なく、お世話してもらっているのだぞ?―――みんなもぜひ想像してみてほしい。
もしそれがよく知っている女性だとしてもだ。大人がやってもらうなんて気色の悪いことこの上ない。それが例え母親や姉のような存在に着替えさせられたりするのはもちろんのこと、知らない女の人だったら最早言語道断と言っても過言では決してないだろう。
ちなみに母親も着替えさせてもらっているようだ。こちらは同性にではあるが…。まあそれは当然か。麗しき貴族の女性が旦那以外の男性と関係を持ったら打ち首だし、裸を見れるのは旦那だけだという不文律もある。その旦那に限ってはどこぞの女に手を出しても許されるみたいなんだけどね。時々問題は起こるようだけれども、その話はいったん置いておくか。
あぁそれと、適切な調理をされた料理を食べないと死ぬってのはちょっとした皮肉なんだ。ジョシュアみたいなマジレスは間に合ってるからやめてくれ。
「坊ちゃま、そろそろ食堂へ向かいましょう。朝食の支度が出来ている頃かと…」
「そうだね、行こうか」
そう言ってジョシュアが扉を開けて俺が先に退室し、続いてジョシュアが出てきてそのまま先導して歩いていく。これは上下関係上仕方のないことだ。日本でもあったし。
しかし、ジョシュアは俺が頑なに着替えさせるのを拒むため着替えの時間を除いて起こしに来るようになった。これは上長からの許可も下りているらしい。
始めのほうは申し訳ないことにジョシュアが職務怠慢で怒られてしまったらしいが、世話役を交代しても同じことが続いたため元に戻されたようだ。交代で来たのが恰幅のいい中年女性だったときは性癖を疑われたのではないかと心配したが、どうやら母親のような存在のほうがいいのではないか、という話し合いが行われた結果のようで胸の内がかなり軽くなったのは今でも忘れられない。
そうしてあのときの絶望と安堵を味わった日に思いを馳せつつ長く広い廊下を歩いていく。横幅は以前で言うと二トントラックが二台すれ違っても余裕があるくらい広く、食堂までの長さを考えると恐らくではあるが百メートルちょいあるのではないのだろうか。これが家の中だというのだから驚きが隠し切れないね。
そしてそれだけでなく、適度な距離間で並ぶ装飾品はどうやら高級品のようで、壺や花差し、所謂花瓶なんかが並べられている。一目見ても高級品だとわかるそれらは、俺からすると大変趣味が悪いとしか言いようがない。
(あそこに置いてある金色の花瓶なんて…正直必要ないだろうに)
金細工にする意味が分からない。どうも高名な彫刻師が掘った意匠が施されているようだが木製とは違って光を強く反射して輝いているので凹凸が非常に分かりにくく、彫刻のいいところが全く出ていない気がする。
これに関しては完全に素人であるので何とも言えないのだが…。暇だし聞いてみるか。
「ジョシュア、あの花差しどう思う?
「…花差し…ですか?突然どうされましたか?坊ちゃま」
唐突な質問に意図がうまく理解できていない様子のジョシュア。きれいに整えられた眉を少しだけ眉間に寄せており、こちらの顔を振り返って凝視している。
「いや、単純に綺麗かなって思ってね」
「…そうですね。かの有名なデルキア・ソウフラン氏が彫刻した女神のレリーフはとても幻想的かつ象徴的で、まるでそこに顕現しているかのような幻視をしてしまうほど精巧な造りになっており素晴らしい作品であると見受けられます」
「そうか…」
やはりこれは俺が悪かったようだ。目が悪いとは思ってもみなかったが、どうやらジョシュアにはあの花瓶の彫刻が見えるようだしかなり褒めちぎっている。俺の感性はどうやら狂っているみたいだ。これは日本にいたころからなのだろうか。あまり服装なんかのセンスも悪いと言われたことはなかったんだが…。
まさかみんなして忖度していたのか?地元の奴らに限ってそれはないと願いたいところだな…。
「はぁ…」
ついため息が漏れてしまう。まだ一日は始まったばかりだというのにこれはまた憂鬱な気分から始めてしまったものだな………。
ご読了頂きましてありがとうございます。
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