シビトカバ
電車に乗って座席に座っておりますとある駅で私の向かいの席に一人の女学生が座りました。髪の毛は、静電気でしょうか?多少ふわっと、初めての人が作ったソフトクリームのように広がっている、そんな女学生でした。瓶底丸出しの眼鏡をかけており、もう昨今そんな奴いないだろというような野暮ったい感じでした。もちろん私が言っていいセリフではありません。
「野暮ったいな」
とか。だって野暮ったい私がそんなの言えるわけねえ。そんな事言ったら口裂けるぞ。車両の全員が「お前だよ!」って突っ込んでくるだろうと思いました。ですから当然黙っていました。黙って自分の住んでる家を想像して、心はそこに置いてあるというような事を考えていました。っていうかそもそも一般人がJKに話しかけるとか罪なのです。実刑になります。なにせJKはJKの内は紛れもないJKであり、ある種のJKなんかはもう、神童も二十歳を越えたらただの人みたいなものに該当します。JKはJKの内はJKなので、まだ一般人になるのを待たなくてはいけません。
「そんなに野暮ったくて学校でいじめられない?」
向かい席の女学生を見るとそういう心配の種が不安の種くらい心のうちにモリモリと湧いてきましたが、しかし黙ってこらえなくてはいけません。JKです。もしくはJCの可能性もあります。何であっても神童です。実刑です。
「トイレとかで一人ご飯とかするって本当?」
気を抜くとそういう疑問が口から出そうになるのですが、でも私は私で黙っているのが得意な方ですのでありがたいことに言の葉を口から漏らすことも無く黙っていられました。
で、件の女学生は座席に座るや否やこれまた小学生の時の家庭科で作ったのを未だに使ってるのか?と思うようなちょっとした手提げ?ナップサックか?なんだそれ?の中から本を一冊出してそれを熱心に読み始めました。
で、で、まず、まずこれは先に言っておきたいんですが、
「カバンTHE NORTH FACEのやつにしなよ」
って思いました。もちろん言えません。だってそんな事を一般人が女学生に行ったら実刑なんですから。でも、とりまTHE NORTH FACEでしょ?学生ってTHE NORTH FACEのカバンでしょ?いや、今はどうだか知らないよ。でもほら、とりあえずTHE NORTH FACEのカバンだったら誰も何もしてこないっていう事もあるかもしれないじゃん。ちょっと前とか学生指定カバンになったのか?って思うほど誰も彼もTHE NORTH FACEのカバンだったよ?だからTHE NORTH FACEにしたらいいのに。まあ多少高いけどね。うん。と思いました。
そんでやっと次に行けるんですが、
「ああ、ああああ」
って思うほど女学生の顔面と本との距離が近いのです。瓶底が付いてるんじゃないかと思うほど本の面に近いのです。もうそれ速読しているんですか?というような感じです。親だったら心配になる距離でした。親じゃないのに心配になりました。あと首を左右に振って読書しているのかわからないのですが、本を読んでいると段々と髪の毛がまた広がってくるのです。静電気?え?もしかして怨霊の類なの?って思いました。
そんで、そんでこれ、
「そのブックカバー何よ?」
って思うようなブックカバーでした。その女学生の読んでる本のブックカバー。本の読み方が若干特殊なので向かいにいるとブックカバーがよく見えるのです。んで、私だったら嫌だったな。そんなブックカバーだったら。誰にも見せたくないと思うな。そんなブックカバーだったら。もっと普通に本読むな私だったら。有隣堂とかのブックカバーだったらいいけどもさあ。それはさ、それだったらさ、っていうかそれ何?どこで買ったの?ヴィレバン?ヴィレバンだったら多少強引な説明でも仕方ないってなるけど、ヴィレバンじゃなかったらまずいよ。それ。みんな見てくるよ。ねえ?
「ぎいいい」
勿論話しかけることはできません。実刑です。異常者扱いです。しかし私の心は、私のただでさえ少ない心の容量はもう許容オーバーでした。
何?何これ?今どういう状況私?何?あなたspecとかの新作の人?堤さんのさ。あれに出てくる人?撮影してるの?今もしかしてこれ。Paravだけの限定コンテンツのなんかか?
「え?え?」
あたりを見回しましたがそんな感じもありません。もちろんGoProとかなんか隠れた状況でやってるゲリラ的なやつだったら当然私ごときにはわかる訳もありませんし。
「うーん」
女学生は相変わらず特殊なシステム、他の人に呪文配列を解析されないようにあえて特殊に複雑にしているみたいな状態で本を読んでいました。
そして私はずっとその女学生の読んでる本のブックカバーを見せつけられていました。
何だろうあれ?ほんと何だろうあれ?
そういう想いが次から次に上から降ってきました。まるでテトリスの様でした。いや、揃っても消えない所を考えるとお邪魔ぷよ。ぷよぷよの様でした。
そんなブックカバーがこの世にはあるんだ。
なんか右側にシビトカバってカタカナで書いてあって、そんでなんか小さいカバがパッチワークみたいになって左に張り付いている。そして黒い。全体的に黒い。文字は赤い。シビトカバは普通。普通のカバ。いや、普通のカバをよく知らないけども。
何なんだそのブックカバーは。
そして私は小刻みに揺れるそれを、失礼ながらじっと長い間眺めてしまっていました。そしてある時ふとした拍子にある場所に着地したのです。
「コビトカバじゃね?」
という、そういう場所に。
そこがどこなのかはわかりません。私にはわかりません。しかし今それは重要ではない気がしました。
問題はそれをわかってあえてシビトカバにしているのか。それとも単純にそれはそういうものなのか?ヘルマエロマエの様に単にそういうものなのか?あるいは間違ってることに気が付いていないのか?女学生だし、黒とかを好むのはいいよ。学生時代ってそう言うもんだと思う私もそうだったと思う。思い出したら死にたくなるけども。でもかっこいいからって黒を好んだり赤を好んだり、屋上が好きって言ったりするもんだよね。学生だし。そう。そういうもん。わかる。
でも、そのシビトカバはなんなんですか?
何なんですか?
そうしてるうちにシビトカバの事を脳が考え出した。私の脳味噌のおんぼろなタービンがシビトカバをセットして回り出した。回るな回るなって思ったけど、もう回りだしたらしばらく止められない。目を閉じて何とか考えることをストップさせようとしたけど、でももう遅い。
シビトカバ、死を知らせに来るカバ。大きさはコビトカバくらい。性格はカバにしては温厚。でもシビトカバに関連する死者の数は実際のカバによる死傷者数よりもはるかに多い。だって、
「それ死神だもん」
「ふぁあ!」
そこで目を覚ました。電車は終電の川越まで行っており向かいの席で本を読んでいた女学生はとっくにいなくなっていた。こんな事って本当にあるんだなあ。